第36話 一難去ってまた

 覆い被さる温もりに目を覚ませば、俺の腹を枕にして眠るネイルがいた。


「あ、フドーさん。目が覚めましたか?」


「ヨミ……ここは?」


「地下十五階です。迷路の中に隠し部屋があるのを見つけて、そこでテントを張りました」


 十四階から十六階まで続く巨大迷路――地図を持っている俺たちにとっては普通の道と変わりないが、故に隠し部屋も見つけられたということか。


 体に痛みは無いが、怠さが残る。ネイルの頭の下にある腹には大蟷螂の鎌が突き刺さっていたはずだが、今は服にすら穴が開いていない。


「……ステラとグランは?」


「ネイルと交替で、外で見張りをしています。隠し部屋とはいえ、他にもここに辿り着ける冒険者がいるかもしれませんから」


「そうか……色々と訊きたいことがあるんだが――」


「フドーさんを抱えてきたのはグランさんです。眠っていたのは凡そ一日程度で、傷はすでに塞がっていると思いますが……どうですか?」


「ああ、確かに傷は塞がっているようだが……どうやったんだ?」


「フドーさんには私の付与の効果が無いので物理的に治しました」


「物理的?」


「はい。大蜘蛛によって得られた人体と同化する粘着性の糸と、大蟷螂より得た鋭い針。そしてステラさんが持っていた樹肉の木片を使って、グランさんが傷口を縫いました」


 御誂え向きだったモンスター二匹と、手先が器用なドワーフがいたことで救われたか。


「……そうか」


「あ、そろそろネイルを退かしましょうか?」


「いや、大丈夫だ。特に重くもない」


 あの時の痛み――熱さと冷たさ――死の感覚は確かに本物だった。油断も慢心も無かったつもりだが、どこかで死ぬことは無いと高を括っていたのだろう。


 死への恐怖――というよりは、不安が大きかった。俺が居なくなった後のネイルやヨミは大丈夫か? と。ステラとグランを仲間に引き入れた義務もある。それを放っていく不安……二度目は無い。改めて、気を引き締めることにしよう。


「んぬぬっ――にゃっ!」不意に目を覚ましたネイルが頭を上げると、俺と目が合った。「フドー! 起きたにゃ!」


「ああ、おかげさまで。なんとかな」


 ネイルの頭を撫でながら猫耳をほにほにと弄っていれば、外から足音が近付いてきてテントを開けた。


「目覚めたのか!?」


 入ってきた二人は、俺の顔を見るなり安心したように大きく息を吐きながら肩を落とした。


「おお、グラン、ステラ。どうやら二人のおかげで俺の命が繋がったらしい。ありがとう」


「いや、手前など何も……」


「ステも、本当に何も……荷物を運ぶくらいしか出来ないので」


「それのおかげで助かったんだ。使った材料分は地上に戻ったら穴埋めするから言ってくれ。グランにも、命を救われただけの恩は返す」


「いえ、ステはもう色々なものを貰っているので」


「手前も、見返りは必要ない」


 そう言うとは思っていたけれど。


「俺たちにはそれぞれ役割がある。そして、なんであれしたことに対する対価は貰うべきだろう。少なくとも、俺のいた世界ではそういう風に出来ている。大抵の場合はな」


「……そうか。考えておこう」


「では、フドーさんも目を覚ましたことですし、食事にしましょう。ステラさん」


「はい」


 失った血と肉を補うように、ステラの用意した保存食と無限回廊で手に入れたモンスターの素材で食事を済ませ――一日のブランクを取り戻すために早速、テントの外で刀を振り始めた。


 そう簡単に腕が鈍るほど柔な鍛え方はしていないが、不動流にとって重要な脱力に違和感が残るようでは先の戦いに影響が出る。


「ふぅ――」脱力からの、振り抜き。「うん。まぁ、問題は無いな」


 意外と体だけでなく心も平常を保っていた。


 考えるべきは俺自身のことよりも、モンスターのことだ。この世界にいるモンスターのほとんどは俺の居た世界の知識の中にいるモノが多い。極端なことを言えば攻略法があるし、何よりも既知の事実で組み立てていける。


 大蟷螂も、節足動物の特徴を念頭に置いておけば、最後の不意打ちも防げたはずだ。


 つまり、モンスターは慎重且つ確実に、全力で殺す。


 まぁ、戦いに関して特に苦労はしていない。強いて言うなら、やはり刀が足りていないのだろうが――一先ずは手持ちで対応していくしかない。


 無銘刀はおそらく万能だ。長さと重さを変えられるから間合いも速度も自在に変えられる。黒刀は頑丈。つまり、硬度の高いモンスターや刃毀れしそうな数の敵を相手するには有用だろう。斬れ味の無い鈍刀は素早い敵の動きを遅くできて、蜘蛛の牙は昆虫類などのモンスターに有効だ、と。


 武士が四本の刀で心許無いとはおかしな話だが、少なくとも俺の能力は《刀収集家コレクター》だ。コレクションするのが本能的な欲求だとすれば、不思議に思うことも無い。


「フドーさん、そろそろ出発しましょう」


 呼びに来たヨミの後ろで、ステラがテントを仕舞っている。


「体は平気かにゃん?」


「ああ、もう大丈夫だ。行こうか」


 布陣は変わらず、隠し部屋から外に出ればレンガを積み重ねたような廊下に出た。


「これが迷路か。あまり変わらないな」


「まぁ、有限回廊も元を辿れば無限回廊ですしね」


「それもそうか。で、ステラ。道は?」


「把握済みです。行きましょう」


 ステラのナビに従いながら、狭い廊下を進んでいく。出てくるのはロックロックのような鉱石系のモンスターばかりで俺とは相性が悪いが、代わりにネイルの力押しとは相性が良い。


 難無く迷路を進み十六階へと下りていると、不意にグランが口を開いた。


「しかし、クランのギフトと言うのは便理なのだな。フドー達には書かれている地図が見えるらしいが、ステラが開いている紙を手前が覗き込んでも白紙のままだ。底を目指すのであれば、これほど有用なものもあるまい」


「単体で見ればそうだけどにゃ~。ボクとしてはもう少し面白いものでも良かったにゃん」


「極端なことを言えば、無限回廊の底に興味があるのは俺だけで、他の三人は違うからな」


「そういえば聞いていなかったな。手前が無限回廊に挑戦したのは――その時の仲間たちが富と名声を欲したからだ。手前自身は抑止力のため、生かすため、守るために付いてきた、が……結果この通りだ」


 そんなことだろうとは思っていた。富と名声を求める冒険者は、おそらく仲間を失ってもまた別のチームを組んで無限回廊に挑戦する。それほどまでに無限回廊という場所は魔力に近い魅力を持っているのだろう。


「ボクは強い相手と戦うためにゃん!」


「私は行方不明の父を探すためです」


「ステは特に……でも、フドーさんたちの役に立ちたいので」


「そうか。まぁ、各々ということだな」


 目的なんて関係ない。個人的には仲間を裏切ったりしない冒険者であれば、誰であろうと共に行動することに否定はしない。……実力が伴えば、の話ではあるが。最低限でも自分自身を守れるくらい――と、今の俺に言う資格は無いな。


 地下十六階――巨大迷路の最終階。


「ステラ、地図はどうだ?」


「少し複雑で入り組んでいますが、問題はありません。気になるのは階段へと続く手前の大部屋ですね」


「大甲虫や大蟷螂のようなモンスターがいる可能性が高い、か。まぁ、考えても仕方がない。出くわしたら全力で戦う。それだけだろう」


 出くわしたら、全力で――なんて言葉を無責任にも放った自分をぶん殴りたくなる。


「これは少々……手前ですら身震いがする」


 盾を最大にしたグランの後ろで、ステラも弓を握り締めている。


 殺気立つネイルに、本を取り出したヨミは大きく深呼吸をした。


「ヨミ、説明を頼む」


 と言わずとも、目の前にいるモンスターが何かはわかる。


「あれは岩竜――岩の竜、です。小型なのは見ての通りですが――数が……」


 天井を覆い尽くすほどの小型の岩竜が、およそ三十体か。これはさすがに――ゲームバランスが悪過ぎる。

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