第31話 最初の階層ボス
地下八階――湿地帯。そして、現在は踏み込んだビッグフロッグの巣で奮闘中。
強くは無いが数が多い。
「これ、突破したほうが早いにゃん!?」
「この数じゃあ多分すぐに囲われる。全部とは言わないが、半分くらいには減らさないと無理だ!」
跳ねて、突進して、粘液を吐いて、硬い舌先を伸ばしてくるビッグフロッグは大小様々だが、数にして凡そ百はいる。
「すみませんっ、道は合ってると思うのですが――」
「いや、たぶん最短距離を選んだからだと思うが――悪い! 撃ち漏らした!」
「大丈夫です。私が――雷帯魚」
電気を纏ったピラリアがビッグフロッグに突っ込んで噛み千切っている。ヨミはどんどん凶悪そうなものを作り上げているな。
数こそ多かったものの危なげなくビッグフロッグの巣から脱出した。
「はぁ……中々の数だったな」
「数だけだけどにゃ~」
「ステラ、道はどうなってる?」
「え~っと……あとは道なりに進めば階段に辿り着くはずです」
「では、進みつつ休憩できる場所を見付けましょう」
ヨミも次の階のことを加味しているようで何より。俺だけだと生き急ぐネイルを御しきれないからな。
湿地帯の中の乾いた中州――御誂え向きの倒木もあるし、ここでいいだろう。
「時間的にも食事をしたら仮眠を取ろう。ステラ、食べ物を」
「あ、さっきのビッグフロッグの肉も回収しておいたのですが……」
「じゃあ、それ食べるにゃ!」
「私が火を起こしますね」
着々と準備を始める三人を横目に、静かに息を吐いた。
「……カエル、かぁ……」
「苦手かにゃん?」
「いや、それそのものは大丈夫なんだが」
「フドーさんのいた世界では食べる習慣無いんですか?」
「少なくとも俺のいた国では日常的に食べるものでは無いな。だが、まぁ、鶏肉に近いとも聞くし、いい機会だ」
捌いたビッグフロッグの肉を串に刺し、ヨミの用意した火で炙っていく。さすがにカエルなだけあって肉汁滴る、というわけにはいかないが、塩を振ったおかげか香ばしい匂いが漂ってきた。
「そういえば、ステもビッグフロッグは初めてかもしれません」
「では、まずはフドーさんとステラさんからどうぞ」
差し出された串に刺さった肉を受け取って……改めてこれがカエルの肉だと思うと若干の躊躇いがあるな。
「……いただきます」
一齧り――弾力はあるが筋っぽさはない。油っぽさもなく食べやすいが、特別に美味いかと訊かれれば……普通かな。
「美味しい、ですね」
「まぁ、そこそこだな」
「じゃあ、ボクらも~」
食事を終えて、数時間の仮眠後――地下九階への階段を降りていた。
「ヨミ、階層ボスの情報はあるのか?」
「はい。あります。九階にいるのは三つ首のモンスター、ケルベロスです」
「ケルベロスか……また最初の門番っぽいモンスターだな」
「フドーのいた世界にもケルベロスがいたのかにゃ?」
「いや、実際にいたわけじゃないが、逸話や伝説は色々とある。地獄の門番だとか、三つ首はそれぞれ違うブレスを吐くとか、同時には起きていられないとかな」
「似ている部分はあります。三つ首はそれぞれの炎・氷・雷のブレスを吐き、影を操る、と。無限回廊では一度倒した階層ボスは復活しないそうですが、ケルベロスだけは何故か毎回復活するので、下層を目指すチームは必ず戦うことになるそうです」
まさに門番だな。
「倒し方の情報は?」
「そこまではさすがに……最初の階層ボスなので、自力で倒して見せろ、ということではないでしょうか」
「然も有りなん……とりあえずは役割分担だな」
「ボクが前衛にゃ!」
「俺とネイルで前衛だな」
「私とステラさんで後衛ですね」
「弓での援護なら任せてください」
それぞれの役割を理解したところで――地下九階、宙に浮いているような円形の試合場。下はどこまでも続く深淵。落ちたら間違いなく死ぬな。
細い通路を慎重に進み円形の試合場へと踏み入れれば、足元からゾワッと総毛だった。
「っ――来るにゃ!」
ネイルの声に反応してヨミとステラが後方へ下がると、目の前の地面に影が広がって、その中から三つ首の狼――ケルベロスが這い出てきた。
体長約三メートル。黒毛で、鋭い牙と爪。それに加えてブレスを吐くとかチートだな。
「フドーさん以外に攻撃力と防御力の付与を! 私が動きを停めます!」
ケルベロスの足元から生えてきた蔓が四肢に絡み付いた。
「今のうちにゃ――」
「――ウォオウッ!」
雄叫びと共に蔓はバラバラに千切れて、自由になったケルベロスが駆け出してきた。
「俺がやる」噛み付いてくる頭を避けて、右の前脚を斬り落とす。「っ――手応えがねぇ」
斬り応えが無かった、ではなく――本当に霞を斬ったかのように何も無かった。振り向けば、斬り落としたはずの脚は無く、影が模るように新しい脚が現れた。
「フドー! 交替にゃ!」
退いた俺と入れ違うように飛び出したネイルの拳が中央のケルベロスの顔を殴り飛ばした。打撃は効くけど斬撃は効かない感じか。そうなると俺は完全に役立たずなわけだが――
「ネイル離れろ! 左側が何かを吐くぞ!」
「んにゃっ!」
追撃しようとしていたネイルが離れると、左側の顔が口を開いて氷のブレスを吐き出した。直撃したらヤバそうだが……氷に雷に炎? だとすると、俺にも戦い方はありそうだ。
氷を吐き出したケルベロスは、今度は隣の二匹の首が炎と雷を口の中に溜め始めた。同時にも吐けるわけか。
吐き出そうとした瞬間――右側の頭の眼にステラの矢が刺さり、中央の頭にはヨミの宙に浮く拳が顎下を叩き上げて口の中で暴発した。
「ブレスは私達が止めます!」
「なら、ネイルはデカい一撃のために備えておけ。俺がケルベロスの動きを停める」
「でも、フドーの刀効かないにゃ!」
「そりゃあ、刀によるだろ。
無銘刀を仕舞って、代わりに鈍刀を取り出した。この刀は鈍らだが、その代わりに――斬ったら斬った分だけ動きを遅くできる。
ブレスはヨミとステラが止めてくれる。なら、気を付けるべきは爪のみ。振り下ろされる足を避け、斬って――後ろに回り込んで、斬って。動き自体は遅くなってきたが、やはりダメージは与えられていない。
「にゃにかするにゃ!」
ネイルの言葉に半身を下げてケルベロスの様子を窺えば、ゆっくりと浮いた足が地面に着いた瞬間、影が這うように広がって棘が飛び出してきた。
俺とネイルは避けられた。が、ヨミは脚を刺されて地面に膝を着き、ステラは腕を切られて弓を落とした。防御力付与で致命傷は避けられただろうが、これでブレスを防ぐ手が無くなった。さすがは門番、確実にこちらを殺しに掛かってきている。
そして、二人に向かってブレスを溜め始めた。
「こっちだ! ワン公!」
思い切り地面を踏み込んで音を鳴らしながら呼べば、三つの首が全てこちらを向いた。
「フドー!」
「大丈夫だ! ネイルはその時に備えろ!」
鈍刀から黒刀へと持ち替えて――ブレスを吐くまでに斬り落とせるのはおそらく二つ。それならと炎と氷の首を落とせば、残された頭が俺に目掛けて雷を吐き出してきた。
「〝フドーさん〟!」
重なった声はしっかりと聞こえている。体に電気が走った痛みこそあれ、痺れは無い。自分自身でも忘れかけていたが、俺は全状態変化を無効に出来る。そして、そのまま突っ込んで残った首を落とす。
すると、再び影が伸びて再生しようとしたが、そこに力を溜めていたネイルがやってきた。
「ん~、にゃっはっ!」
振り下ろされた拳の衝撃波でケルベロスの体が押し潰されて、ベチャと地面に血のような黒い影が広がった。
「ふぅ――念のためだ」持ち替えた鈍刀を地面に突き立てれば、広がっていく沼が影を呑み込んでいく。「ヨミ、ステラ、無事か?」
振り返れば、二人は傷口に塗り薬を塗って飲み薬を飲んでいた。
「大丈夫です。薬は多めに持ってきているので」
そういう意味じゃないんだが、まぁ、無事なら良い。
「とりあえず下の階に行くにゃ」
「だな。俺がステラを」
「ヨミはボクが背負うにゃん」
そうして、俺たちはようやく十階へと辿り着くのだった。
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