第二章
第29話 再スタート
商会を潰してから一週間が経ち――俺たちは無限回廊を進んでいた。
「まぁ、さすがに三階辺りは庭だな」
「毎日、無限回廊に入っていたって噂は本当だったんですね。冗談か何かだと思っていました」
「とはいえ、私達が来ていたのは三階までで、五階より先には進んだことがありません。なので、その先についてはステラさんと同じですよ」
「今回はどこまで行くにゃん?」
「来る前に言ったはずだが……目標三十階、行ければ五十階。だが、場合によっては二十階辺りで引き返すのも有りだな」
食料は十分にステラの倉庫に容れてきたし、物資の問題は無い。あとは実力だけだ。
「んにゃ?」
ネイルの耳がぴくりと反応した。
「どうした?」
「息遣いが聞こえるにゃ」
「……確かに人の気配はあるな」
息遣いと気配を追っていく。三階は隅から隅まで知っている。戦っているような空気でも無いってことは、どこかに隠れて休んでるってことだ。となれば――見付けた。通路の隅で膝を抱えて地面に座り込む冒険者がモンスターに囲まれている。
「ネイル、右を」
「にゃはっ!」
左右に分かれて虫型や犬型のモンスターを斬り捨てれば、無銘刀が血を吸っていくのがわかる。最初こそ奇妙な感覚だったが、さすがに慣れてきた。
さて、男は――無事だな。
「おい、大丈夫か?」
「ん? ……ああ、冒険者か」
俺よりは年上っぽいけど、若い。顎鬚を蓄えて逞しそうに見えるが、その表情は暗く弱弱しい。
「私たちは『ウーンデキム』のチームですが、そちらは?」
ヨミの問い掛けに、男は静かに息を吐いた。
「オレは……『オデキム』所属の冒険者、オビト・ルネ。ドリフターだ」
「俺もドリフターだが、こんなところでどうした? 他の仲間は?」
「いない。オレ一人で修行に来ていたんだが……どうやら才能が無いらしい」
「ドリフターにゃら才能がにゃいこともにゃいと思うけどにゃ~。大抵は能力も強いにゃん?」
おっと、遠回しに俺がぶん殴られた。
「どういう能力なんだ? まぁ、言いたくないなら別に言わなくても構わないが」
その場合はさっさと下の階を目指す。
「……オレの能力は《
「つまり、強い衝撃を弱く出来るし、弱い攻撃を強くも出来る、と。便利だな。というか、使い方次第では最強じゃねぇか?」
「使えれば、そうかもしれないな」
つまり、使えないってことね。まぁ、使えていればこんなところで項垂れてはいないか。雰囲気だけなら出来るものを持っているから、強くなる素質はあると思うんだが……いや、自分でも何様だよ感は十分に理解している。
「じゃあ――俺たちと一緒に来るか? それで何が変わるとも保証は出来ないが、能力を使えるようになる手助けくらいは出来るはずだ。んで、ついでにうちのクランに入るとか」
「……お誘いは有り難いが、オレは『オデキム』だ。だが、もし――もし、生きて能力を使い熟せるようになった時は挨拶に伺おう」
「それじゃあ……一つ稽古を付けようか。オビト、こっちに」
立ち上がったオビトと向かい合えば、身長はそれほど変わらない。だが、体格は良いからそれなりに鍛えてはいるのだろう。
「稽古と言っても、オレは本当に能力を使い熟せていないんだが……」
「それでいい。今から少し本気で打ち込む。《反転》で防いでみろ」
「……わかった。よし、来いっ」
脇腹に目掛けて――思い切り、寸止め。そこから、軽く小突けばオビトの体は衝撃を受けて地面に膝を着いた。
「ふむ……なるほど。確かに切り替えが出来てないな。見てから反応するのではなく、感覚で切り替えるんだ。それには経験を積むしかない。無限回廊に来るよりは、同じクランの冒険者に今みたいな寸止めを織り交ぜて訓練したほうがいい。慣れてくれば、あとは無意識と意識的にを切り替えられれば尚良い」
「っ――そうか。オレにはまだ早かったんだな……」
「そういうわけでも無いが、準備不足ってだけだ。じゃあ、俺たちは先に行く。一人で戻れるか?」
脇腹を抑えながら立ち上がったオビトは、大きく深呼吸をして肩を落とした。
「ああ、何度か来ているから安全な道はわかっている。済まなかったな」
手を振り別れようとした時、ステラがオビトのほうへと駆け寄っていった。
「ステも、昔は能力が上手く使えませんでした。理解したんです。自分に出来ることと出来ないこと――まずは、それからです」
「出来ることと、出来ないこと、か……可能な限り、やってみよう」
そして、俺たちは地下四階へ。
一階から三階に比べれば確かにモンスターも多少は強くなるが、前に五階まで行ったことを思えば大したことは無い。それに何より俺たちには《失われた地図》がある。複雑な道でも最短最速で進むことができる。
「んにゃ~……」
まぁ、戦いたいネイルにとっては物足りないかもしれないが。
地下四階から地下五階へ。本番は以前は進めなかった六階から先だ。戦いは少ないに越したことは無い。
「本当に強いんですね……それも三人とも」
「ん? 信じてなかったのか? ステラ」
強いだろ? ってことではなく。戦えるって意味で。
「いえ、そういうわけでは無いんですが、思っていた以上に苦労が無いな、と」
「それは主にネイルとフドーさんのおかげです。私はほとんど戦闘には参加していませんから」
「それを言うなら俺だって何にもしてねぇよ。ネイルがほぼ一人でやっちまってるからな」
「にゃっはっはぁ。それにゃのに前と違ってまだまだ元気いっぱいにゃ」
モンスターとの戦闘回数が以前よりも圧倒的に少ないとはいえ、疲労感もほとんど無い。これなら、休憩なく次に進める。
「さて――ここまで来ましたね」
五階から六階へと下りる階段の前で、一息吐く。
「ここからは俺たちにとって未体験の階になる。実際、地下六階からはモンスターの強さが跳ね上がるらしいし、慎重に進もうと思う。ネイルの鼻と、ヨミの能力で警戒を頼む」
「あとはフドーの気配読みもにゃ」
「まぁ、善処はする。問題は陣形だな。俺とネイルで前線を張れば、後ろが手薄になる。状況によっては後ろから攻めてくるモンスターがいないとも限らないから――かといって俺とネイルが前後で分かれると索敵的な意味で機能しなくなる。何か案はあるか?」
問い掛ければ、ステラは静かに弓を手に取った。
「あ、あの……ステも、戦えます」
「索敵という意味でしたら、私の能力を使いましょうか。《空白の目録》」本を取り出したヨミがページを捲った。「――ウォッチドッグ」
そう言うと、ヨミの影の中から這い出るように真っ黒な犬が姿を現した。いや、狼か?
「それは?」
「魔狼の嗅覚と別の索敵能力を組み合わせたら出来上がりました。攻撃能力はありませんし、一度でも攻撃を受ければ破壊されますが、モンスターが接近すれば吠えます」
「へぇ……それはまた便利な――おい、ネイル。ヨミの能力にまで警戒するなよ」
「んにゃにゃ……わからにゃいけど、ぞわぞわするにゃ」
犬と猫か。動物的な反応だろうが、そんなことに付き合うのも時間の無駄だな。
「よし、気合いを入れ直せ。ここから地下十階まで、気を抜く暇は無いぞ」
とは言ったものの、個人的にはのんびり行きたいものだ。戦える戦えないは別にしても、モンスターとの遭遇も、戦闘も極力少ないに越したことは無い。しかし、口には出さない。
戦いたいネイルと底を目指すヨミ――ああ、そういえばステラの明確な目的を訊いていなかった。まぁ、今はまだいい。先は長い。ゆっくりと……は、出来そうにないな。
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