第22話 接触

 無限回廊地下三階――地図上、南側の行き止まり。様々なモンスターが無限に湧き続ける繭の巣にてネイルが戦闘中。


「にゃっはっはっはぁ!」


 動きに無駄が無くなったおかげで有り余る体力を使って好き放題にモンスターを倒している。


「……随分と楽しんでるな」


「手助けしに行きましょうか?」


「いや、別にいいだろ。明日は募集した冒険者の面接だし、好きにやらせておけばいい。ヨミの本もネイルの倒したモンスターの残骸を食べられているし、一石二鳥だろ」


「私はそうですが……フドーさんが退屈なのでは、と」


「そうでもねぇよ。俺も頭の中でネイルと同じ敵と戦っているからな」


「……それが強さの秘密ですか?」


「これは単なる習慣だな。イメージトレーニングってのは案外役に立つ」


 まぁ、イメージ内の肉体を現実の肉体と寸分違わず想像できることが条件だが。


「まだまだ掛かってくるにゃ~!」


「いや、そろそろ昼過ぎだし、明日のことを考えて早めに引き上げるとしよう。ネイル! 帰るぞ!」


「んにゃっ、あと一匹! あと一匹だけにゃ!」


「お前、それで昨日最終的に十二体倒すまで満足しなかったの忘れたんじゃないだろうな? もう終わりだよ。ヨミ、煙幕を」


「はい」


 飛んでいった《空白の目録》の口から煙が吐き出され、ネイルは巻き込まれないように後退してきた。


「うぬぬ……まぁ、いいにゃ」


「真っ直ぐ戻るだけでも時間が掛かるからな。帰りがてらに遭遇するモンスターもネイルに任せるから、それで我慢してくれ」


「フドーはいいのかにゃ?」


「俺は別に戦いが好きなわけじゃないんだよ」


「それじゃあいただきにゃん」


「煙幕に毒を混ぜておきました。今のうちに行きましょう」


 そして、地図を頼りに来た道を戻っていく。


失われた地図ロストマップ》――これは便利だ。ジョニーの言っていた通り、無限回廊に踏み入れた瞬間にその階の地図が浮かび上がってきた。階数表示もさることながら、一度でも訪れた場所の情報が記されるのは有り難い。地下一階の髑髏兵の沼地然り、三階の繭の巣も。おかげで虱潰しに探索することができたが、沼地の刀のようなお宝が見つかる場所は無かった。


 まぁ、そうそう簡単にお宝が見つかるはずもない。故に宝なわけだし、何よりここはまだ浅い。より深い階まで下りれば、この地図は今以上に役立つことになるだろう。


 そして、本日も無事に帰還、と。


「まだ時間も早いですし、久し振りにどこかで食事でもして帰りましょうか」


「お肉が食べたいにゃ~」


「帰り掛けにいくつか店があったと思うが――」


 無限回廊入口の建物を出たところで、人だかりを見付けた。囲まれている、というか遠巻きに視線を集めているのはおそらく冒険者だな。様々な種族の中に、腕が立ちそうな者も数名ほど確認できる。


「どうかしましたか? フドーさん」


「ん? ああ、いや……あいつらを知っているか? ヨミ」


「あれは――おそらく『ドゥオ』ですね」


「踏破を目指しているクランの一つか」


「はい。そこの中心にいる長い髪を束ねている女性が三騎聖の一角、女帝・クエイクです」


「三騎聖ってのは?」


「私たち冒険者に序列はありませんが、その中でも飛び抜けた実力を持つ三人のことです。『ドゥオ』は一昨日、新階層到達から帰ったばかりだと聞きましたが……銀狼・ウォルフに、鋼腕・ドルトスまで居ますね。主要メンバーです」


 鎧を纏った女の横に立つ狼の獣人と大柄なドワーフのことか。この時間でここにいるってことは、これから無限回廊に入るってことは無いだろう。待ち合わせか何かか。


「まぁ、俺たちには関係ない奴らだな。さっさと飯を食いに行こう」


「ん? にゃんかこっちに来るにゃ」


 ネイルの言葉に視線を戻せば、『ドゥオ』の一団がこちらに向かってきて――目の前で止まった。


「やぁ、初めまして。君等が最近毎日のように無限回廊に入っている冒険者だね。私は『ドゥオ』のチームリーダー、エレスフィアだ」


 エレスフィア? クエイクってのはあだ名か?


「初めまして。私たちは『ウーンデキム』のチームです」


「ああ……ジョニー氏の。名前は知っている。君がヨミくんで、そっちの獣人がネイルくん。そして――特異点、フドーくん」


 特異点? 初めての呼ばれ方だな。


「なんの用だか知らないが、これで挨拶は済んだな? 行くぞ、ヨミ、ネイル」


 ここは人目が多いし、こういう注目の集め方は良くない。逃げるが勝ち、というより関わらないに越したことは無い。


「――君に御前試合を申し込む」


 その言葉が俺の背中に向けられていることに気が付いて、足を止めた。


「……ヨミ、御前試合って?」


「観衆の前で行われる見世物試合、でしょうか。基本的に殺しは無しで、断ることもできますが……」


 そりゃあ俺も受けるつもりは無いが。


「あの女帝がドリフターと御前試合だと?」


「こりゃあ見逃せねぇな」


「おい、うちのクランの奴らに連絡しろ」


 ざわつく周囲の反応から察するに、断れる雰囲気でも無い。


 とはいえ、考え方次第か。明日は面接があるし、多少なりクランの名前が知られれば有能な冒険者を集められるかもしれない。


「つーか、断れないようにこの状況を仕掛けたんだろ? なら、その申し入れを受けよう。いつだ?」


「君に任せよう。今日は無限回廊から戻ってきたばかりだろう? 明日――いや、一週間後でも良い。万全の状態で――」


「いつでもいいなら、今からにしよう。そっちがいいのなら、だが」


「ほう……いいだろう。では今より三十分後、南側にある闘技場にて御前試合を行う。準備を整え、待っていろ。フドーくん」


 そっちから仕掛けておいて、待つのは俺かよ。まぁ、別にいいけどさ。


「三十分か……飯でも食うか?」


 去っていく『ドゥオ』の面々を見送っていれば、険しい顔をしたヨミが溜め息を吐いた。


「これはマズいですよ。まさか女帝と戦うことになるなんて……」


「フドーばっかりズルいにゃ!」


「代われるもんなら代わってほしいが」


「そういう話ではなく。相手は現代の冒険者の中で最強と評される一人ですよ? さすがにフドーさんでも勝てるかどうかわかりません」


 そんなレベルで語られるとは。随分と買い被られているな。


「別に勝つつもりはねぇよ。殺しは無しなんだろ? だったら、いくらでもやりようはある」


「ボクも戦いたいにゃ~」


「帰ったら相手してやるから、今は落ち着いとけよ」


 呆れと不安混じりのヨミも、戦いたくてうずうずしているネイルも、どっちの気持ちもわかるからさっさと終わらせるとしよう。


 ……一つ確認しておくか。


「ネイル。女帝のレベルはどれくらいだった?」


「うんにゃ、わからにゃいにゃん」


「ん? ネイルの能力は相手のレベルが見えるんだろ?」


「そうにゃん。でも、相手によっては戦いの体勢に入っているか殺す気が無ければ見えないにゃ」


「実力差的な話か?」


「んにゃ。気が付いたんにゃけど、ボクよりも強過ぎるとレベルが表示されないにゃん」


 意外と不便な面が見えてきたが、それでも能力の質自体に変わりがないからネイルの中では大した問題でもないのだろう。


 まぁ、女帝のレベルを教えてもらったところで強いことはわかり切っている。


 問題はどうして俺に目を付けたのか――そんなに目立つことをした自覚は無いんだが。あるとすれば、ドリフターなのに没スキルで、これまで冒険者が所属していなかった『ウーンデキム』に所属し、頻繁に無限回廊に出入りしている、ってことくらいだ。単純な強さならネイルのほうが、能力的に戦ってみたいのはヨミのはずだろう。俺なら、わざわざ俺と戦おうとは思わない。


 まぁ、今回に関してはこちらにも利点があるから良いが――これ切りにしてもらいたいところだな。

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