第64話 学園長の願い

今日の授業が何事もなく全て終わり、放課後になった

しかし、いつも通りというわけではなくアルスに対する敵視が増えているように感じた


(理由はわかってるんだがな)


間違いなく朝の出来事が原因だろう

ただでさえアルスの事を良く思ってない人がいる中、あのやり取りで拍車をかけるように露骨な態度を示す人が増えた


「灰色ってだけであんな嫌う必要ねぇと思うけどな」


「別にいいさナオト。あんな態度をとった俺も悪かったんだから」


カインと合流した俺たちは仮想戦闘場に向かいながら話していた

認証を済ませ中に入るとデフォルト状態である白の空間が目に入る


「どうやら早く来すぎたようだね。ウォーミングアップでも先にしとくかい?」


「そうするか。男子は二人ペア、女子は三人でウォーミングアップをしよう」


紅蓮が速やかに指示を出し、場を仕切る

ここでアルスの端末が鳴り、内容を確認した


(面倒だな……)


「悪い。男子も三人でしてくれ」


「どうしたんだ?」


紅蓮が不思議そうに聞く


「学園長から呼び出しを受けた。どうやら書類に不備があったらしい。すぐに戻る」


そう告げるとみんなは納得してくれたので急いで学園長室へと向かった


「失礼します」


中に入るとカレンが一枚の紙を机に置いた状態で待っていた


「ごめんなさいね。この書類のサインが抜けていたのよね」


「なるほど。そういうことでしたか」


無理もない。アルスの入学は期限ギリギリかつ一度、軍を通すというとても手間のかかるものだったので何処かで不備が起きても不思議ではなかった


内容を確認し、サインをするとカレンに渡した


「どれどれ……問題ないわ。ありがとうね」


「では失礼します」


そう言ってあいつらのもとへと戻ろうとした時だった


「ねぇ、少し話していかない?」


カレンがアルスを呼び止めたのだ


「……少しだけですよ」


この人物は意外と頑固で知られている

断ろうとしても空間魔法で強制的に出られなくする可能性も考えられるのでここは従っておくほうが正解だろう


俺がソファに腰掛けると同時に目の前のテーブルにティーカップが突然現れた


「改めて言うわ。あなたには私の夢のためにも優勝してほしいのよ」


前というのはヴェインをこちらサイドに引き込むための茶番の後、具体的には俺の再テストの後だ

その時に言われたのは「次の魔法学戦で優勝してほしい」といった内容だった


もちろん俺は断った

俺が神殺しということを隠すためにも不本意に力を晒すのはできないからだ


「学園長、前にもお伝えしましたがそれはできません」


今回の魔法学戦は選ばれたからには一応努力はするが、本気を出すつもりは全くない


「……灰色という魔力がどういう扱いをされているか、あなたも今朝体験したわよね?」


その言葉に俺を喉を詰まらせた


「アルス君、君は実力で決まる軍に幼少の頃から所属していたからわからないと思うわ。灰色の魔力をもって生まれてきた人たちの現状を…」


「確かに俺にはわからないかもしれないです」


実際、灰色の魔力持ちの扱いについては噂でしか聞いたことがなく俺自体あまり興味がなかった


「灰色というだけで差別を受ける人、CAWの調整技術や魔法の才能があったとしても見向きもされない人、中には親からも見放された人もいるわ」


(学園長が軍を離れた理由って……)


カレンが軍を離れたのは平等な教育を魔力の色関係なしに受けさせたいからだと噂で聞いたことがある

他にも孤児院の運営やボランティア活動といったこともしているらしい


「私はね、灰色だからって最初から諦める必要のない社会、努力さえすれば誰だって世の中で活躍できるチャンスを平等に与えられる社会を作りたいのよ」


「なるほど…」


確かにこの王立第二魔法学院の評価内容は魔法がどうこうと言うよりもそれに付随する技術

魔力操作や術式構築、魔法の発動速度などに重きをおいているように感じる


「そのためには灰色でも魔法学戦という大舞台で優勝することが出来るという証明をしてほしいの」


心の底からこの世の中を変えたいという思いが伝わってくる

第一、カレンはれっきとした色持ちだ。そんな彼女がここまで考えるほどの出来事が過去にあったのかと思う


「つまり俺を革命の旗印にしたいというわけですね」


「その通りよ。報酬も別で出すわ、あとこれも最初に見せておくべきだったわね」


カレンは引き出しから一通の手紙を取り出し俺に渡した

その封を中身を取り出し読んだ


「……なに?」


そこには魔法学戦でこの学園に尽力し、優勝を目指すようにという内容のものが父であるガフートの筆跡で書かれていた


アルスの事情を知っているガフートがなぜこのような指示書を出したのか疑問しかなかった


「情報漏洩の観点からあなたには直接渡さずに私を経由して届けるつもりだったのよ。せっかくの分家出身を無駄にしないためにもね」


(学園長が特級異能者を動かすほどの力があるとは考えにくい。だとしたら最初から仕組まれていたか)


「……わかりました。から指示が出ている以上、全力を尽くします。ただ、その過程で学園長の依頼を達成するので報酬はいりません」


「ふふ、わかったわ。呼び止めたお詫びに仮想戦闘場前まで転移してあげるわ」


するとドア前に魔方陣が浮かびあがる

俺はティーカップの中身を一気に飲み干し立ち上がる


「ごちそうさまでした。美味しかったです」


「普通はもっと味わうものだけどね……」


魔方陣に足を踏み入れると景色が一瞬で切り替わり、認証画面の前に立っていた

端末をかざし、中に入ると、白い空間ではなく闘技場のような場所へと姿を変えていた


ーーー


「やっときたわね!」


近くの観客席にいたリーナが手を振る

階段を上り、リーナたちのほうへと向かうとそこには見慣れない生徒もちらほらといた

紅蓮がその中に混じり、真剣に下のほうを見ていた


「紹介します。この人がアルス・クロニムルです」


「ほう、結構な男前ね」


褐色肌の長身の女性が値踏みをするように見てくる


「おっと、忘れていたね。私は三年のルディ・ギルバートだ」


(ギルバートということはロザリアと同じ家系か?)


ルディが自己紹介を終えると同時に轟音が仮想戦闘場に鳴り響く


「どうやら決着したようだな」


下から見下ろせる闘技場では床に突っ伏したボロボロのカインと無傷のロザリアの姿があった

その二人がいる左右には一つずつ戦闘エリアがあり、魔力の壁で仕切られている

現在進行形でリンとナオトが見たことのない生徒と戦っているが押され気味に見える


「カインでも手が出ないってやっぱり化け物ね…」


リーナが悔しそうにする


「次は……ちょうどいい! アルス君、君が出るんだ!」


ルディが俺を名指しした


「ちょっと待ってください。今はどういったことをしてるんですか?」


いきなり戦えなんて無茶ぶりにもほどがある


「今はそれぞれの力量をわかりやすく見るために一対一という形で実戦をしてるんですよ」


いつの間にか戻っていたロザリアが答えた


(わざわざ違う学年で戦わせているのは同学年だと戦い方に慣れているからか)


「理解しました。そういえばカインはどちらにいますか?」


ロザリアが戻ってきたということはカインも近くにいる思うのだが


「どうやら受けたダメージが大きかったらしく、あそこの観客席で寝かせています」


指をさした方向を見るとカインが横たわっていた


(物理的ダメージが全て精神ダメージに変換されるとはいえ、あそこまでやられたら立ち上がることさえ厳しくなるのか)


「相手は……」


ルディが誰にしようか決めようとしていると一人の女子生徒が手を挙げた


「私が出てもよろしいですか?」


「シズク君か。さっき戦ったばかりだが大丈夫なのか?」


「問題ありません」


「シズクが自分から言い出すなんて珍しいですね」


「せっかくの機会なので後輩たちに近距離戦闘のコツを伝授しようかと……」


そういった会話を他所に俺はカグヤへと声をかける


「ちょっといいか?」


「はい? どうしましたか?」


「ここでは言いにくいからあそこでいいか?」


俺とカグヤは人気が無さそうな場所に移動した


「事情が変わった。今回の魔法学戦、優勝を狙う」


「……もしかしてガフート様からの指示ですか?」


「察しがいいな。だからCAWは使わない」


「え、CAWってあの二丁拳銃ですよね?」


ケースにしまったCAWを持ってきていたのだが今回は使う気がない


「あれは特定の魔法を使うことだけを考えたCAWだ。だから普段使いには向いてないんだ」


「そんな仕組みだったんですね……」


一通り情報を共有し、アルスはルディのもとへと向かう


「ん? どうしたんだ? 望月ならもう下に行ったぞ?」


「CAWが不調なのでCAWをお借りしたいです」


「借すといっても備品のCAWを渡すことになるし、ほとんど調整できないが大丈夫なのか?」


「大丈夫です。武器種は刀でお願いします」


「わかった」と言うとルディは端末を操作し刀を出現させると俺に差し出した

魔力を流し使用感を確かめる


(複雑な術式はなく、簡易的なものしか埋め込まれてない感じか。ちょうどいい)


「さて、頑張るとするか」


そう言って階段を降りるアルスは少しばかり嬉しそうだった


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