第287話 惨状

 店を失い、呆然としている俺たちの前に現れたブライス王子。

 

「これは……なんという……」

「ひどい……」


 護衛を務めるエルフの騎士ヒルダとともに、ブライス王子は跡形もなくなった店を見て悲痛な面持ちとなっていた。


「あんなにいい店だったのに……魔人族め」


 身分を隠し、俺たちの店で働いていたことのあるブライス王子。短い間であったが、王族であることを忘れ、庶民として生活できたことを喜んでいた彼にとっても、今回の件はショックなようだった。


 俺たちの店だけじゃない。


 いつもなら活気溢れる声が飛び交っているダビンクの町は、ほとんどの建物が崩壊し、まるで廃墟のようであった。

 あの賑やかな町が、ほんの数時間でここまでになるとは。

 魔人族やモンスターの底力を見せつけられた気分になる。

 同時に、これほどの力を持つ魔人族たちの本拠地である魔界へ乗り込もうとしているリシャール第二王子率いる連合軍への不安が募った。


 聖剣を手にしたリシャール第二王子。

 それ自体は頼もしい限りだが――彼はガナードと違い、実戦で戦った経験がほとんどなかった。

 ガナードはあれで聖剣が力を失うまではきちんと戦えていた。

 しかし、リシャール王子にはガナードほどの……いや、ガナードを超えるだけの力があるのかどうか、それはまったくの未知数であった。


 そう思うと、リシャール王子の魔界侵攻は時期尚早という見方もできる。

 だが、今はそれを理由に引き留められるような勢いではない。各国軍勢も、国民も、リシャール王子が世界を救う真の救世主であると信じて疑わないのだ。


 気持ちは分からなくもないが……やはり不安だな。




 それから、俺たちは今後の話し合いをするため、奇跡的にも魔人族やモンスターたちの手から逃げ延び、破壊されることなく残っているギルドへと場所を移すことにした。


 ギルドでは負傷した人々でいっぱいだった。

 比較的傷の浅い冒険者や町民たちは治療に奔走し、皆、回復アイテムや魔法など惜しみなく使って怪我人を助けようとしていた。


「町に三つある診療所はいずれも破壊された。そのうち、医者のひとりはモンスターに襲われて意識不明の重体となっている」


 悔しげに歯を食いしばりながら、ザイケルさんが現状を教えてくれた。

 さらに、


「アルヴィン! それにみんなも!」


 ザイケルさんの娘で、ギルドの看板娘でもあるリサが、俺たちの無事を知って駆けつけてくれた。――だが、そのリサの頭には包帯が巻かれている。


「リ、リサ! 大丈夫なのか!」

「ちょっと瓦礫がかすったくらいで、これくらいなんともないにゃ! ……まあ、結構な量の血が出るくらい額が割れちゃったけど」


 サラッと言うが、なかなかの大怪我だった。

 よく見ると、包帯には血が滲んでいる。

 それでもリサは、自分よりも深い傷を負った人々を癒そうと、ギルド内を忙しなく動き回っていたのだ。


「君も安静にするんだ。今は平気でも、これから悪化するかもしれな」

「そうですわ」


 俺だけじゃなく、フラヴィアたちや父親であるザイケルさんにも声をかけられ、リサは困ったような笑みを浮かべながら、


「分かったにゃ。そろそろ休ませてもらうにゃ。まったく、みんな心配性にゃ」


 やれやれといった感じに肩をすくめながら、リサはギルドの二階にあるという自室へと戻って行った。


 それを見届けてから、俺たちとブライス王子はギルドの応接室へと移動。

 そこで、今後の方針について協議することとなった。

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