第265話 アルヴィンの苦悩
エルフの森を支配しようとしていた魔族六将ファンディアの脅威が消え去り、森は再び穏やかないつも通りの雰囲気を取り戻していた。
――が、一点だけ、いつもと違うことがある。
それは……森に人間がいること。
「ようこそおいでくださいました、ベリオス殿」
「こちらこそ、我らを森へ入れてくださり、感謝いたします」
固く握手を交わしているのは、人間側の代表として森を訪れたベリオス・オーレンライト様と、エルフたちをまとめる長のハーヴェイさんだった。
ちなみに、このハーヴェイさんは、ヒルダのお父さんらしく、かねてから人間との協力体制を確立させ、ともに魔王軍に挑もうと呼びかけていた人物だという。
しかし、伝統を重んじる――というより、悪しき記憶に引っ張られ、未だに人間側との和解を拒んでいた者たちの手により、魔族六将のファンディアに命を狙われていたのだという。
恐らく、彼らの算段ではファンディアにハーヴェイさんを討ってもらい、自分たちはこの森を明け渡して命だけは助けてもらおうとしたようだ。これではどちらが悪しき存在であるか、分かったものじゃないな。
わだかまりのある両種族だが、それも今日で終わりにしたい。
ベリオス様とハーヴェイさんの考えは一致していた。
「これは歴史的な会談となりそうですわね」
「そ、その瞬間に私たちが立ち会っているんですよね?」
「な、なんだか信じられません」
「魔人族である私まで入れてくれたんだから、エルフ側も本気みたいだね」
無事に森へと入れたフラヴィア、シェルニ、ザラ、ケーニルの四人はベリオス様とハーヴェイさんの様子を見てそれぞれの感想を口にする。
その中でも、俺はケーニルの言葉にうなずいていた。
今でこそこちら側にいるとはいえ、ついさっきまで森を支配しようとしていた魔人族であるケーニルを受け入れているのは、度量が大きいというかなんというか……一応、「アルヴィン殿が信頼をしている方ならば問題はないだろう」と言ってくれたが……それにしたって、なかなかこういった判断はできないと思う。
だからこそ、ハーヴェイさんがいかに人間側と協力体制を取ろうとしていたのか、その本気ぶりがうかがえる。彼は感じていたのだ――もはやエルフ族だけでどうにかなる問題ではない、と。
ちなみに、レクシーは貴重なハーフエルフ枠として、会談に参加することが決定しており、今もベリオス様とハーヴェイさんに挟まれ、緊張した面持ちながらもふたりと話し込んでいた。
と、その時、
「この様子なら、人間とエルフの間で同盟が結ばれるのは秒読みですね」
俺たちのもとにやってきたヒルダの言葉に、俺は笑みを浮かべて答える。
「君が望んでいた形になったんじゃないか?」
「私だけではありません。多くのエルフ族の希望通りです。あなた方のような、信頼できる方が森へ来てくれて、本当に感謝しています」
深々と頭を下げるヒルダに、俺は「大袈裟だよ」とまた笑って答えた。
――そう。
先ほどのヒルダの言葉の中にあった、「あなた方のような」という表現が、きっと素直なリアクションなのだろう。
彼女たちは知っているのだ。
人間の中には、まだまだ気の許せない存在もいる。
そして、その最たる存在は恐らく……リシャール第二王子。
エルフとの同盟だけでなく、魔族六将が残りふたりとなったことを機に、世界は魔界への大攻勢へと動くだろう。
「ともに魔王を倒しましょう、アルヴィン殿」
「ああ、頑張ろう」
俺はヒルダと握手を交わす。
――けど、複雑な心境だった。
俺は商人だ。
魔王討伐の作戦には……きっと……
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