第189話 のどかな旅路
トーレス商会本部のあるサルマーへの道のりは特に険しいものではない。
ただ、とにかく長い。
延々と田舎道を進み、気がつけば荷台にいたシェルニ、フラヴィア、ケーニル、ザラ、そしてフィーユまでもが寝てしまった。
確かに今日は暖かくて思わずウトウトしてしまうが、御者を務める俺としては、寝るわけにもいかない。
そんな俺の視界の端っこで、赤いツインテールが揺れている。
「まったく、みんな緊張感がないわね」
「目的地までずっと遠いし、まだのんびりしていていいと思うよ」
「でも、アルヴィンがずっと起きているのに……」
「俺のことは気にしなくてもいいよ」
「けど……」
唯一起きているレクシーは俺のことを心配してくれていたのか。
「しかし、そうしていると、レクシーはみんなのお母さんって感じがするなぁ」
「お母さん……」
む。
表現を誤ったかな。
レクシーが黙ってしまい、気まずい沈黙が流れる。……間違えたなぁ。レクシーだってまだ十代の女の子だ。お母さんって言うよりもここはお姉さんの方がよかったか。あと、年齢的にも普段の振る舞い的にも、お母さんはどちらかというとフラヴィアなのかもしれない。
「あ、あの、レクシー?」
「何?」
「さっきのことだけど……」
「さっきの? ――ああ、みんなの母親の件ね。なんていうか、みんなまだまだ子どもだからねぇ。社会人歴の長いあたしがお母さんっぽくなっても仕方がないかなぁって」
あれ?
怒っていると思ったが、むしろ口調は軽快だ。……逆に、なんか喜んでいる?
「あたしが母親ということは……当然、アルヴィンがお父さんってことよね?」
「えっ!?」
……なるほど。
そう返してきたか。
「シェルニとザラが娘で、フラヴィアとケーニルは……愛人?」
「そこは姉じゃないのか……」
よりによって、なんで愛人なんだ。
――というツッコミをしようと思ったら、
「すぅ、すぅ……」
静かな寝息を立てて、レクシーも寝てしまった。
「やれやれ」
あんな風に言っていた割には、早い寝落ちだったな。
「さて……みんなが起きないように気をつけないとな」
ある意味、モンスターや野盗に襲われるよりも厄介な展開だな、こりゃ。
俺は苦笑いを浮かべつつ、のどかな田舎道をのんびり進むのだった。
◇◇◇
夕暮れを迎える前に、今日の宿泊先であるビージャン村へと到着。
その頃になると、全員お昼寝から目覚めていた。
「くっ……わたくしとしたことが、暖かな日差しに負けて眠ってしまうなどと……」
悔しそうに拳を握るフラヴィア。
熟睡していたものなぁ。
「日頃の疲れが出たんだよ、きっと」
「それを言うなら、アルヴィンさんの方が……」
「うーん……ガナードたちといた頃の方が激務だったからなぁ」
「あっ」
俺がガナードの名を出すと、フラヴィアが「しまった」という感じに口を手で覆った。
……いや、しまったっていうなら俺の方か。
「でも、あの頃とは疲労の質が違うからね。ちゃんと休めば、疲れはその日のうちに取れて尾を引かないよ」
「そ、そうなんですか?」
上目遣いに尋ねてくるフラヴィア。
……この行為が天然で出来る辺り、フラヴィアは末恐ろしい資質を感じる。
とりあえず、俺たちは村の宿屋へと向かう。
ここは大都市同士を結ぶ中間地点にある村というだけあって、宿泊施設が充実しているんだよな。
「それにしても……やけに人が多いような」
普段の客足を知らないが、村の規模に対して人の数が多い。
その辺の事情も、宿屋で聞いてみるとするか。
――が、このあとにとんでもないトラブルが待ち受けていようとは、この時まったく気づいていなかったのである。
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