第66話 砂漠の村の青年

「はあ、はあ、はあ……ありがとう、助かったよ。君たちは命の恩人だ」


 黒髪にバンダナを巻く褐色肌の青年。

 名前はゴルロフと言い、ある目的を果たすためにこのダンジョンへ潜っていたのだという。


「それで、ゴルロフ。君はなぜここに?」

「……実は――」


 ゴルロフは静かに語り始めた。




 彼はこの砂漠のダンジョンの入口近くにある村の出身だという。

 入口といっても、俺たちが入ってきたところとは別の場所にあるもので、曰く、このダンジョンには全部で五つの入口があるらしかった。

 話を戻そう。

 ゴルロフはその五つの入口のうちのひとつ――通称・東口の近くにある村で生まれ育った。

 広大な砂漠地帯のど真ん中にあるオアシス周辺に栄えた村なのだが、最近になってその村――というより、砂漠にある異変が起きているという。

 それは魔族の大量発生だった。

 これまでも、モンスターの類が村近くに出没するということは何度かあった。

 しかし、今回の相手は武装し、中には魔法も使える者までいたという。


「……魔王軍か」


 そういえば、前にザイケルさんが言っていたな。

 ここ最近、魔王軍の動きが活発になっているらしい。


「…………」


 俺は魔剣に手をかける。

 俺の師匠である聖騎士ロッド・フローレンスは、魔王軍幹部である魔族六将のひとり――氷雨のシューヴァルと戦った経験がある。

 あの時も、シューヴァル率いる魔王軍がある都市に攻勢を仕掛け、大きな被害をもたらした。その戦力差に、各国の騎士団は尻込み状態だったが、師匠は多くの仲間を率いて救出に向かい、見事シューヴァルを退けることに成功した。


 ――だが、結局、あの戦いを最後に師匠は前線から身を引いた。

 師匠は完全に燃え尽きていたのだ。

 俺に魔剣を託し、その扱いを叩き込んでくれたけど……どうやら、俺が最初で最後の弟子だったらしい。


 ……それにしても、妙だな。


 ゴルロフの話では、かなりの数の魔族が魔界からこちら側の世界に侵入していることになる。だが、かなり甚大な被害が出ているにも関わらず、どうも救世主パーティーをはじめとする各国騎士団の動きが鈍い。


「……ゴルロフ」

「な、なんでしょうか?」

「騎士団や救世主パーティーはどうしているんだ?」

「えっと……騎士団については、なんとか最後の防衛ラインを死守してもらっていますが……正直、突破されるのは時間の問題かと」

「ふむ。じゃあ、君はなぜダンジョンに?」

「少しでも戦力になってくださる方を探そうと……冒険者の中には、騎士団の人間よりも強い方がいるそうなので」


 涙交じりに訴えるゴルロフ。

 これは……俺が考えていたよりもかなり切羽詰まった状況らしい。


 まったく、ガナードたちは何をやっているんだ?

 こういう時こそ、救世主の見せ場であり、本来果たすべき役割だろう。

 

 ……あまり考えたくはないが、臆して逃げ出したってこともあり得るか?

 だとしたら、ゴルロフの住む故郷は間違いなく――


「……分かった。俺が行こう」

「えっ!? ア、アルヴィンさんが!?」

 

 驚くゴルロフ。

 まあ、彼からすれば、俺なんてただの商人なわけだし、戦力として見られないというのは理解できる。


 けど、俺はただの商人じゃない。

 魔剣使いの商人だ。


「ゴルロフさん、彼の協力は素直に受け入れておいた方がよろしくてよ?」


 状況を見守っていたフラヴィアが後押しする。


「確かに彼の現職は商人ですが……魔剣士としての実力はピカイチ。それはこのフラヴィア・オーレンライトが保証しますわ」

「っ! オ、オーレンライト!?」


 さっきの三倍くらいの勢いで驚くゴルロフ。 

 そりゃあ、いきなり目の前に領主の――それも、エルドゥーク国内では御三家と呼ばれる超名家のお嬢様だっていうんだから無理もない。


「もちろん、わたくしたちパーティーも同行させていただくつもりですが――みなさん、それでよろしいですか?」


 フラヴィアはシェルニ、ドルー、レクシーの三人へ目配せをする。

 それを受け取ったシェルニたちはグッとサムズアップして立ち上がった。


「行きましょう!」

「ここで会ったのも何かの縁じゃ」

「そうよね」


 よし。

 これで準備は整ったな。


「そういうわけだから、案内してくれないか――君の村に」


 冒険は一時中断。

 俺たちは人助けに乗り出した。

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