第42話 救世主の失態

 救世主ガナード率いる救世主パーティーは窮地に立たされていた。


 度重なるクエストの失敗。

 そうなる前では特に話題となることはなかった問題行動の数々も、ここ最近では王国議会にて、追及の的として挙げられることが増えてきた。そして、その悪態の数々はとうとう彼らを救世主として送り出したエルドゥーク王国の王都にも届いていた。



 この日、救世主パーティーを代表して、リーダーであるガナードはエルドゥーク城へ足を運んでいた。

 通されたのは城内に造られた教会の一室。

 そこでは、ひとりの男がガナードを待ち構えていた。



「最近、随分と調子が悪いようだな」



 渋い表情でガナードを見つめているのは、エルドゥーク王国の国教であるラナート教会において、教皇の次に強い権力を持つ枢機卿・ベシデルだった。

 彼はガナードを聖剣に選ばれた救世主として世に送り出した張本人。その高い地位と強い権力の前では、あのガナードでさえ借りてきた猫のようにおとなしい。


「べ、ベシデル枢機卿……それは誤解ですよ」

「誤解?」


 ベシデルの眼光が一層鋭くなり、ガナードを射抜く。その迫力に一瞬怯んだが、すぐに説明――という名の言い訳を再開する。


「俺たちは何もただ負け続けていたわけじゃないんですよ」

「ほぉ……では、何か深い考えがあって敗北を続けていたというのだな?」

「もちろんです」


 ガナードはキッパリと言い切る。

――だが、もちろん、ガナードに深い考えなどない。アルヴィンをパーティーから追い出してからというものの、思うように事がうまく運ばなかった。――それは単に運が悪いとか、周りが足手まといだとか、そういった、外的要因が積み重なって失敗しているとガナードは本気で考えていたのだ。


「では君は……北の森でのゴブリン討伐失敗をはじめとするこれまでのミスを――作戦上仕方のないことであったというのだな?」

「はい……」

「では聞こうか。――なんのためにそのようなマネをした?」

「動向を探るためです」

「動向?」


 その場の勢いで、ガナードは思わず口走ってしまう。

 一度口にしたことを引っ込められず、ガナードはさらに続ける。


「西側にあるゼラン砂漠に……魔族六将のひとり――《砂塵のデザンタ》が軍を展開していると聞きました」

「……その通りだ」


 重苦しい口調で、ベシデルは告げた。

 魔族六将といえば、魔王軍の大幹部。

 そのうちのひとりである砂塵のデザンタが、人間側へ本格的な侵攻を始める先遣隊として魔界から送り込まれてきたのだ。

 これはまだ世界の誰も知らない超極秘事項。軍勢も、かなり小規模であることから、エルドゥークでは早急に手を打ち、逆に先制攻撃を仕掛けるべきだという意見も多い。だがもし、それに失敗したら――という慎重派の意見が国内で二分しており、現状、身動きが取れない状況だった。


 そんな中、救世主ガナードがついに自らの手で魔族六将に挑むと言いだしたのだ。


 実は、これまでも魔族六将打倒のため、ガナードにはエルドゥーク王国から作戦参加の打診があった。しかし、ガナードはこれに対して「自分たちはまだ発展途上」だとして拒み続けていたのだ。


 この態度にも、王国議会はいい反応を示していなかった。


「……いいだろう、ガナード。では、魔族六将のひとり――砂塵のデザンタ討伐作戦の指揮は君が執るといい」

「えっ!?」

「騎士団の戦力を君に預けよう。それで結果を出すんだ」

「…………」

 

 硬直するガナード。

 救世主が騎士団を率いて戦いを挑むという構図――勝利すれば、人間側の指揮は一気に高まるだろうが、もし失敗でもしようものなら、自分の評判は地に落ちるだろう。ただでさえ、最近は悪評が広まりつつあるのに。


 もはや、これはガナードにとって最後の戦いだった。


 ここで踏みとどまれないようでは、救世主としての地位を剥奪される可能性もある。なんとしてでも、聖剣の力を完全に引き出し、魔王軍の大幹部に勝利するしかない。


「……分かりました」


 やるしかない。

 救世主として、魔族六将を討たなければ、自分に未来はないとガナードは感じ取った。


 ガナードは作戦を練るためパーティーと合流するといって部屋をあとにしようとするのだが、それをベシデルは引きとめた。


「ひとつ、言うことを忘れていた」

「……なんでしょう?」

「君は御三家の各当主と会ったそうだな」

「え、ええ」

「そして、その娘とも」

「はい」


 会うどころか、当主を通してそれぞれの娘たちと婚約状態であるガナード。ベシデルはそこに触れた。


「知らないようなので言っておくが……御三家の各当主はそれぞれをライバル視していてね。お世辞にも仲良しというわけでもないんだ」

「なっ!?」


 それはつまり、ガナードが目指していた御三家の令嬢と婚約するという計画の障害となる事実だった。


「おっと、あともうひとつ……君が失敗したゴブリン討伐クエストだが――あれを達成したのはパーティーから追い出したアルヴィンだそうじゃないか」

「ぐっ……」

「まあ、足元をすくわれないようにしてくれ」


 もし、御三家の娘それぞれにいい顔をしていたことと、パーティーを追い出したアルヴィンが失敗したクエストを達成していたことがバレたら――ガナードにまた新たな悩みの種が生まれた瞬間だった。

 それはつまり、ガナードが目指していた御三家の令嬢と婚約するという計画の障害となる事実だった。 こうして、窮地に立った救世主ガナードは、大きな不安を残しながらも、魔王軍大幹部のひとりである砂塵のデザンタ討伐のため、騎士団を率いてゼラン砂漠へ進撃することになった。

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