第29話 初仕事

 どうやらガナードと何かしらの因縁があるらしいフラヴィア。

 詳細こそ語らなかったが、俺がガナードの名を出した時、一瞬だが表情が大きく変化した。……まあ、あいつのことだから、何か粗相でもして怒らせたのかな?


 快適な馬車の旅はおよそ二時間で終了。

 俺たちは目的地であるセーズという小さな村へとたどり着いた。


 そこは村全体を頑丈な柵で覆っていて、モンスターの侵入を防いでいる――ように見えるが、正直、あの程度では気休め程度にしかならないだろうな。現に、柵の一部は破損が激しいがそのまま修繕されずに放置されている。無駄な抵抗だと感じているから、手入れが怠っているのだ。


 村へ入ると、周りの人たちがチラチラとこちらを見ている。

 その目に光はなく、どこか陰鬱とした空気が村全体を包んでいた。どうやら、村人たちは心身ともに限界スレスレってところらしい。


「…………」


 あれほどやかましかったフラヴィア嬢も、さすがにだんまりか。

 もっとも、お嬢様にはこういったいかにも田舎って感じの空気が合わないだけかもしれないが。


「まずは村長に会いましょう」


 ネモの提案により、俺たちは依頼主である村長へ会いに行くことにした。




 村長は俺たちの来訪を歓迎してくれた。

 というのも、救世主パーティーが敗北してから、このクエストを受けに来る者が激減したらしく、最近では住み慣れたこの土地を離れようと真剣に議論されているとのことだった。村人たちに元気がなかったのはそのためだ。

 本来は、遺跡調査のため、王国から支援金も出るらしいが、住みついたゴブリンのせいでその話も頓挫し、村は今困窮の只中にいる。


「そういうことだったか……」


 どうやら、想定していた以上にモンスターの被害は深刻なようだ。


「アルヴィン様……」


 言葉数少なく、しかし真っ直ぐに俺へと訴えかけるシェルニ。

 ……最初はネモが勧めるこの村の特産品に興味があったけど、さすがにこの状況を放置しておくわけにはいかないよな。


 問題はお嬢様の方だけど――


「わたくしもお供いたしますわ」


 おっと、意外だな。

 嫌気がさして帰るって言いだすと思ったけど……しかも、何かただならぬ決意のようなものを感じる。


「よし! そうと決まったら早速森へ突撃といきましょう!」


 ヤル気満々のネモ。

 長丁場になるのも嫌だし、早めに行動したいという気持ちは分かる。




 討伐クエストを円滑に進めるため、俺たちはまず作戦会議を開くことにした。

 北の森に住みつくゴブリンはどういうわけだか、他の同族よりも知能が高い。ガナードたちがどう攻めたのかは不明だが、以前、別の都市で知り合った冒険者の話によると、知らぬ間に狭い道へ誘導され、そこで一斉攻撃を浴び、パーティーは壊滅したという話を聞いた。


 そのことから考えるに、恐らくゴブリンたちは住処にしている遺跡周辺にさまざまな罠を仕掛けているのだろう。細心の注意を払って進めば、罠にかかることはない。しかしそれでは時間がかかる。


「どうしましょうか……」

「遺跡の奥が住処というなら、そこにまだ何かを隠している可能性もありますわね」


 シェルニとフラヴィアの懸念はもっともだ。

 

 ならばどうするべきか……答えは簡単だ。


「……全員、戦闘準備を整えてくれ」


 俺はシェルニたちへそう声をかけた。

 三人は不思議そうにしていたけど指示に従い、武器を手に取っていつでも戦える体勢を整える。


「旦那……何をする気で?」


 不安げに尋ねるネモに、俺はこう語りかけた。

 

「みんなが心配している通り、道中でのトラップや戦闘での消耗は極力避けたい。――そこでだ。面倒な回り道はやめて、直接ヤツらの根城へ突入する」

「? それができれば苦労はしませんが……どうしますの?」


 首を傾げるフラヴィアだったが、俺が魔剣の柄に手をかけると、その意図を汲み取って表情が強張る。


「転移魔法を使う」


 そう言って、俺は地面に魔剣の先端をつける。

 すると、俺たちの体はあっという間に白い光に包まれた。


放つのはもちろん、《無剣》――ヴェアリアス・ブレイド。


 今回はあの猿たちを拘束した魔法ではなく、物体を一瞬にして別空間へと移送する転移魔法。ただ、こいつはかなりの魔力を消費するため、普段はあまり使わない。だが、今は俺ひとりでなく、防御魔法に特化したシェルニがいる。それに、実力は未知数ではあるが、名門一族出身のフラヴィアもそこそこ戦えそうだ。ネモだって、決して弱いというわけではない。


「向こうに到着したらすぐに戦闘となる――各自、油断するなよ」

「はい!」

「任せてください!」

「腕が鳴りますわ」


 気後れもしていない。

いい精神状態だ。

 俺は安堵し、魔剣へ魔力を注ぐ。



 眩い閃光が一瞬視界を遮った――次の瞬間、



「ギギッ!?」


 明らかに人でないモノの声。

 転移魔法は成功し、俺たちはゴブリンたちの根城である遺跡への一気にたどり着いた。その結果、周囲はゴブリンだらけなわけだが、


「はあっ!」

「食らいなさい!」


 ネモは愛用の斧で。

 フラヴィアは炎魔法で。


 手近なゴブリンたちへ奇襲攻撃を仕掛ける。

 完全に虚を衝かれた形となったゴブリンたちは散り散りに逃げだすも、


「逃がすか!」


 俺も加勢し、広範囲攻撃魔法で数を一気に減らす。

 遺跡の外にいたゴブリンたちも事態に気づき、集まって来たが――すでに遅かった。

 シェルニが防御魔法で守ってくれているおかげで、俺たち三人は攻撃に専念することができた。ゴブリンは個々の力こそ弱いが、集団になって初めて脅威となる。

 だからこそ、俺たち人間側もしっかり息を合わせて戦う必要が出てくるのだ。


 恐らく……ガナードたちにはこれが足りなかったんだろう。

 ひとりひとりが己の力を過信し、相手も見下した力任せの戦い方を繰り返した挙句、それを逆手に取られてカウンターを決められたってところかな。


 俺たちは同じ轍を踏まないよう、互いをフォローし合いながら、ゴブリンたちを狩っていく。


 結果、戦闘開始から数十分が経つ頃には、遺跡に住みつくゴブリンたちをすべて倒すことができたのだった。

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