第百五十六話 左投げキャッチャーな件

 五回表、明来の守備。不破の負傷退場によりセカンドには守、キャッチャーマスクは駄覇が被ることになった。



「おいおい、キャッチャー左投げじゃなねーか」


「こりゃー盗塁し放題だぜ」


 皇帝ベンチの声は当然明来ナインの耳に入ってきた。


 確かに内野手、とくにキャッチャーの左投げはデメリットが多い。


 内野手の場合は一塁に投げる際、体を回転させるためワンテンポ遅れること。そして盗塁などのタッチプレーの際、グラブが右手にはめているため、左から走ってくるランナーへのタッチにタイムロスが生まれることが時に致命傷となる。



 キャッチャーの場合は尚更不利だ。チームにもよるが、全体的に右打者の割合が多い。その中で、送球する左腕側にバッターがいるケースが多いのは単純に投げにくい。三盗の際も体を捻って投げるためタイムロスがあり、内野同様ホームでのタッチプレーも遅れが生じてしまう。


 上杉監督も当然これらのデメリットは理解している。駄覇の中学MVPを獲得した圧倒的な野球センスを信用し、セカンドでもキャッチャーでも起用するのであった。

 


「審判さーん、左投げのミット持ってないからこれで良いっすか?」


 駄覇は普段使ってるピッチャー、内野兼用のグラブを見せた。


「あぁ……別に構わないが」


「どうもっす」


 中学時代はチームのミットを使っていたようで、彼は一つのグラブでピッチャーも内野も、ノックでは外野も守っていたのである。



「おいおい、本当にそんなグラブで俺様のボールを捕れるのかよ」


 マウンド上で東雲が声をかける。


「んー、別に大丈夫っしょ。気にせずガンガン投げてみてよ」


 駄覇はグラブを見つめながら答えた。


「はぁぁぁ? 舐めてんじゃねーぞクソガキ!!」



 東雲は投球練習とは思えない力感でボールを放った。



 ――スパァァァァァァッ!!!



 駄覇のグラブから凄まじい捕球音が発せられた。ミットは捕球した場所から一切ずれていない、いわゆるビタドメというやつだ



「はーいナイスボール。次はなにか変化球見せてよ」


 駄覇は何事もなかったかのようにボールを返球した。


「チッ……! これならどうだよクソガキが」


 東雲はチェンジアップの合図を出してから、すぐにモーションに入った。一球目同様、対バッターのような力強いフォームで腕を振った。



 ――パシィィィ!!!


 ワンバンしかけたボールだったが、危なげなく駄覇はキャッチしていた。


「うん、良いボールっすね。ちゃんと手元で止まって落ちてたので自信持って良いっす」


「その上から目線やめろ、生意気なんだよ」


 東雲は荒々しく返球を受け取った。



 その後の東雲は対打者と言うよりも、いかに駄覇に捕球ミスをさせるかが主になっているのか、際どいコースへガンガン投げ込んでいった。


 厳しいボールの連発に皇帝の六、七、八番は手も足も出ず、三者凡退で五回表の守備を終えるのであった。



 五回表 終了


 皇帝 ゼロ対二 明来

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る