第45話 殲滅戦


 おとり用機雷艦は、既に惑星イプシロンIaを囲むように全十二基浮かんでいる。


 星系の天頂方向から飛来したゼノだが、その習性から次の移動先は、イプシロンI星系の隣のイプシロンⅡ星系と思われるため、その逆方向に複数のハイパーレーンゲートを設け大艦隊を速やかにゼノの後方に展開できるよう準備した。



 探査艦EP-0011。


「イプシロンIa、表層各所からプラズマガスが噴出し始めました」


 始まったか。ゼノの活動再開の兆候だろう。当初白熱の光球となっていたイプシロンIaだったが、表層部分だけはこの二年間で温度が低下し赤みを帯びてきている。依然溶融状態であることはかわらない。その表層各所から、惑星を囲む小惑星リングに向かって放電現象を伴いプラズマガスが吹き上がっている。


――惑星イプシロンIa、表層各所からのプラズマ噴気確認。ゼノ活動再開の可能性大。


「航宙軍旗艦インスパイアに直接連絡。ゼノ活動再開の兆候確認」





 今俺は、旗艦インスパイアの中央指令室の司令長官席に座って、状況の変化に備えている。人事は尽くしたはずだ。目指すはゼノの完全撃破。パーフェクトだ。


 この艦は旗艦であるため、中央指令室には隷下の艦隊に戦隊毎、個艦毎に直接指示を出せるよう多くのオペレーターが詰めている。また、二百隻の補給母艦の操作も受け持っているため、そちらのオペレーターも多数詰めておりかなり広い指令室だが手狭になっている。


「惑星イプシロンIaを監視中の探査艦EP-0011がゼノ再活動の兆候を確認しました」


「閣下、全艦隊にお言葉を」


 航宙軍司令官アマンダ中将、本作戦限定で俺の臨時副官となっている。アインは、俺の左後ろで控えている。


「ゼノ再活動の兆候を確認した。全艦隊は直ちにハイパーレーンゲートよりエリダヌス座イプシロンI星系に進出。ゼノを撃滅せよ」


 この日のために、日本海海戦の時の秋山真之当時中佐が作文したという有名な連合艦隊出撃の電文を下敷きに用意しておいた言葉なのだが、海の上じゃないので波もないし、宇宙空間に天気もくそもないので、最後のカッコいいところは言えなかった。結局、面白みも何もない駄文になってしまった。


 第2、第3、第4艦隊の各艦がハイパーレーンゲートに吸い込まれていく。殿しんがりが俺のいる第1艦隊だ。


 全艦艇がハイパーレーンゲートを抜け、イプシロンI星系に展開完了したのは二時間後だった。第2、第3、第4艦隊が前方で三角形を描き第1艦隊がその三角形を底辺とする三角錐の頂点となるような陣形を取っている。初撃を与える予定の第2艦隊はその中でやや先行した形になっている。


「全艦隊、イプシロンIaに向け最大戦速に加速」


「インスパイア、最大戦速!」


 艦隊がハイパーレーンゲートを抜け展開した場所は、惑星イプシロンIaから約5AU離れている。最大戦速である光速の30パーセントで二時間半の距離となる。ゼノが光速の15パーセントでイプシロンIaから離脱した場合、捕捉には倍の五時間かかる。




「EP-0011より連絡。イプシロンIaよりゼノの離脱始まりました。EP-0011の観測衛星と同期しました。ゼノの惑星からの離脱数カウント始めます」


「閣下、始まったようです。全艦隊は、このまま最大戦速を保ち、ゼノを捕捉します」


 アマンダ中将が前方のスクリーンを見ながら、解説してくれる。


「おとり用機雷艦、迎撃開始した模様です」


「高強度中性子線多数発生確認。複数のゼノが撃破されています。撃破数カウント始めます」


「機雷艦で一匹でも多く仕留めたいな」


……


「イプシロンIa上空の観測衛星全機信号停止しました」


「機雷艦DM-0001信号停止、質量拡散確認。撃破された模様です……」



「機雷艦DM-0007信号停止、質量拡散確認。全機雷艦喪失しました」


「これまでのゼノ撃破数七二万五千」


「ゼノの進行方向、イプシロンⅡである蓋然性98パーセント以上」


「残存ゼノ二百四十万」



 かなり減らせたようだ。もう二、三隻機雷艦が欲しかったが、補給母艦との兼ね合いで対消滅用の反物質の量が間に合わなかった。これはこれで良しとしよう。


「あとどのくらいで捕捉できそうですか?」


「四時間で捕捉できます」


「攻撃隊の発艦タイミングは任せます」


……


「ゼノ集団最後尾と先行する第2艦隊との距離、0.5AU」


「各艦隊の正規母艦より、観測機発艦開始します」


 戦闘状況を正確に把握するため、母艦より観測機がゼノの集団に向け飛びたっていった。


「……ゼノ集団最後尾と先行する第2艦隊との距離、0.4AU」



「第2艦隊攻撃機隊の攻撃可能圏内にゼノを捕捉したようです。ゼノがわれわれに気付いた兆候は認められません。艦隊はもう少し接近しましょう。攻撃隊を発艦させる前に特殊作戦機を先行させます」


 俺は、作戦のことは口出ししないと決めているのでアマンダ中将の声にただ頷く。


 正規母艦全十六隻から、各母艦に四機搭載された大型高速攻撃機を改造した特殊作戦機六十四機が発艦していく。特殊作戦機は各機一発の特殊弾を搭載しており、その特殊弾をゼノの集団後方から撃ち込む手はずだ。特殊弾は四基が一組となりゼノの集団の中を後方から前方に向けて通過していく。四基を一組としたのは、各特殊弾の重力スラスターが作り出す重力井戸を重ね合わせ、より強力な推力を得るためだ。



「……全特殊作戦機、特殊弾を発射しました。旋回して帰投します。特殊弾は全弾正常に進行中」


「ゼノ集団の分布形状、球形から収束始めました。紡錘形に収束しています」


「閣下、作戦第二弾もうまくいきましたね」


 俺の思い付きも役に立ったみたいだ。特殊作戦機が発射した特殊弾は、船殻と同じ材質で出来た長さ40メートル、直径5メートルの超重量の円筒で、中に推進用の重力スラスターとそれを動かすための装置が入っているだけのものだ。ゼノ集団を追い抜いていった特殊弾をゼノが追いかけることで集団を収束させつつ縦長にしたわけだ。



「……ゼノ集団最後尾と第2艦隊との距離、0.25AU」


 アマンダ中将が俺の方を向いて頷いた。


「全攻撃隊発艦せよ」


 宇宙空間に煙が流れるように全攻撃隊十万戦闘単位、一戦闘単位当たり一機の有人攻撃機とそれに随伴する無人攻撃機八機、合計九十万機の攻撃機がゼノ二百二十八万を殲滅するため飛び立っていった。


 先行する第2、第3、第4艦隊から飛び立った七万五千戦闘単位、計六十七万五千機がゼノの縦に伸びた大集団の後方から食らいついていく。


 初撃は、ゼノの集団の斜め後方から第2艦隊の二万五千戦闘単位二十二万五千機によって一斉発射された一機辺り六発、百三十万発余りの対消滅誘導弾だ。


 無数の誘導弾が次々とゼノの集団の後方から最後尾のゼノに着弾し、対消滅反応の閃光が戦闘空間を後方から前方へと埋め尽くしていく。撃破されたゼノは中性子線をまき散らせながら消滅していく中で、有人攻撃機が数百機、その高強度中性子線を浴びたが、短時間であったことと、無人攻撃機が身を挺してそれ以上の被曝から有人機を守り切ったため撃破された有人攻撃機は今のところない。今の攻撃で集団の後方、全体の3分の1以上を失ったゼノであるが、そのままイプシロンⅡへの進行を継続している。


 初撃による誘導弾の対消滅反応による戦闘空間の閃光と擾乱が収まったタイミングで、第3、第4艦隊から発艦した合計5万戦闘単位四十五万機から二百七十万発の対消滅誘導弾が放たれ、間をおかず、ゼノの集団に着弾していった。空間そのものが焼き尽くされるかに見えた対消滅反応の閃光が収まった時に存在するゼノは十万を切っていた。


 そして、第1艦隊から発艦した二万五千戦闘単位二十二万五千機から発射されたとどめの対消滅誘導弾がゼノの残存集団に降り注ぐ。




 俺の目の前のモニターには、観測機から得られたゼノの撃破数とこちらの被害状況が表示されている。

 ゼノの撃破数:312万4124

 有人攻撃機 :0(1286機が高強度中性子線が直撃被曝し何らかの損害を受ける。小破判定)

 無人攻撃機 :1162(高強度中性子線の直撃から有人機を守るための盾になり喪失)

 特殊作戦機 :0

 正規母艦  :0

 補給母艦  :0

 軽巡洋艦  :0

 駆逐艦   :0

 重巡洋艦  :0

 機雷艦   :12


 人的損害無し。パーフェクト。この結果は二年の月日をかけてじっくり準備出来たからこその結果だ。しかし、ゼノの数が一千万だったらどうなっていた? 一億だったら。たまたま、探査艦EP-0011がゼノを発見してくれたから、攻めの対応が出来ただけだ。これが惑星を背にした受け身の対応だったらこの結果は違ったものになったろう。


 早期にゼノを発見するため、更に、恒星間の最短パスに沿っての探査を進めなければいけない。



「作戦終了。攻撃隊全機帰投せよ」


「アマンダ中将、故障機の収容を急がしてください。

 みんな、よくやってくれた。ご苦労さま」





 アギラカナでは無人の観測ステーションが次々完成し、恒星とその最も近い恒星を結ぶ直線上に複数個設置されていく。徐々に警戒網の範囲が広がっていった。


 太陽系近傍には、ゼノの影は今のところない。



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