第19話 日本政府


 頭を悩ませる道連れは多いに越したことはないと、日本国総理大臣、跡辺真治は先ほど終わったばかりの非公式会議を再度招集した。跡辺はこのあと国民に状況を説明するための国営放送を使った緊急放送を一時間後に予定している。跡辺真治は会議まえ官邸のトイレでちゃんと用をたしていることは言うまでもない。


 招集されたのは、次の四名。


 内閣官房長官、井出義久。

 防衛大臣、山野次郎。

 財務大臣、朝尾一郎。

 外務大臣、五木恒造



 まず総理大臣の跡辺が話を切り出した。


「いやー、一難去ってまた一難。最初のは、何もできませんでしたからノーカンかもしれませんけどね。マーケットの方も世界的にめちゃめちゃになっているようですね。朝尾先生いかがですか?」


 旧派閥の先輩でもあり、総理経験者でもある朝尾に対し跡辺が話を振ると、


「そーだねー。頭の上に宇宙船。こんなの誰も想定してない状況だからな。だからといって想定外ですみませんじゃ国民のみなさまにすませられないからなー。明日は土曜でマーケットがお休みなのが救いだよ。とりあえず、宇宙船の方は何とか意思の疎通をはかるしかないんじゃないですか。山野さん、自衛隊の方はどう?」


 防衛大臣の山野がそれを受け、眼鏡を外して日の丸の染め抜かれたハンカチで拭きながら、


「いま出している指示は、情報収集だけです。レーダーなどを照射した場合敵対行為とみなされる可能性もありますから、光学的な観測のみに留めさせています。今のところ分かっているのは、特殊な電磁波はあの宇宙船から照射されていないことと、表面に幾何学的な模様があること。正確に国会議事堂の真上に滞空しており、宇宙船の底面の位置がきっかり海抜100.00キロであることですか」


「国会議事堂の上空であるということは偶然なのでしょうか?」


「そちらは、大きさが大きさですので何とも言えませんが、何らかの意図がありそうです」と、山野防衛大臣。


「きっかり100キロということは、その宇宙船の中の存在は、地球のキロメートルを理解しているということでしょうか?」


 跡辺の言葉を肯定する山野。


「おそらくそうなのでしょう。そういった意味では、先方との意思疎通の可能性は低くはないと思います。しかも、その100キロという数字は、カーマン・ラインと呼ばれて、宇宙空間と大気圏を分ける仮想のラインの高さで、領空の上限とされています。宇宙船の底面が海抜100キロと言うことは、あの宇宙船はわが国の領空を犯していないことになります」


「それもまたすごいですね」誰からともなく、驚きの声が漏れた。


 井出官房長官が、「そこまで、われわれのことを理解しているような存在でしたら、何か平和的な文言もんごんで通信を試してみてはどうでしょう。そういった文言もんごんは五木さんの外務省で作っていただければいいでしょう」。と提案する。


「それでは、五木さん、外務省で妥当かつ穏便な通信文の作成をお願いします。それを日本語、英語、フランス語で放送しましょう。確かキロメートルはフランスが起源でしたよね?

 山野さん、彼らといっていいのかわかりませんが、あの宇宙船は地球を侵略するような物騒な連中じゃありませんよね?」


「おそらく総理のおっしゃる通りだと私も思います。もし好戦的な存在ならば、上空に留まらず、有無を言わさず攻撃したでしょうから」


「山野さん、もしあの宇宙船から宇宙人がわれわれを攻めてきたら自衛隊はわが国を防ぎきれますか?」


「おそらく、鎧袖一触がいしゅういっしょくにもならないと思いますが、最善の努力はします」


「分かりました。とにかく平和的接触を試みる以外手はないようですね」


 最後に井出官房長官が会議をしめくくり、


「まとめますと、外務省の方で先方に伝えるメッセージを日、英、仏三カ国語で作成すること。メッセージの内容は、日本国は平和的な話し合を希望するということでよろしいですね。それができ次第、国営放送の電波に乗せて先方に送りましょう。

 そういえば、総理、自衛隊の防衛出動等の展開はいかがしますか?」


「先方に敵対意思があると取られてもいけませんから、別命あるまで待機ということにしましょう。自衛隊のほうは山野さんよろしくお願いします」


「了解しました」


「あと、山野さん、在日米軍の動きはどうですか?」


「われわれと同じく待機中と思われます。横須賀の第7艦隊は一度は出港準備に入ったようですが現在は中止したようです。その後目立った動きはありません。われわれ同様、空の上のあれを刺激したくないでしょうし、動きようがないというところでしょう」


「念のため、米軍には積極的な行動は控えるよう申し入れしてください」


「承知しました」


「それでは総理、よろしいですね。非公式会議を閉会します。皆さんお疲れさまでした」


 発言のなかった外務大臣の五木だが、頭の中では、大臣になるのはもう一期あとの方が良かったなあと思っていた。





「国民のみなさん、総理大臣の跡辺真治です。今も皆さんの頭上に浮かんでいる巨大な建造物、あえて宇宙船と呼びましょう。

 その宇宙船に対し、政府は情報収集を急ぎつつ、平和的話し合いを行うよう呼びかける準備をただいま行っています。準備ができ次第国営放送を通じ呼びかけを実施します。現在宇宙船は静止したままで何の動きもありませんが、もし侵略的意図があるならば、すでに行動を開始しているはずであります。先方がわれわれと平和的接触を望んでいるものと考えてもいいでしょう。

 私はわが国の陸、海、空三自衛隊に対し待機を命じておりますが、万が一問題が発生した場合、速やかに対応する予定です。政府は全力で皆様の生命と財産をお守りすることをお約束いたします。国民のみなさん、政府よりの新たな発表があるまで不要不急の外出は避け、自宅で待機していただくようお願いします。それでは短いですが私からのお知らせを終らせていただきます」


「これで、内閣総理大臣跡辺真治による緊急放送を終ります。

 日本国営放送、NKHでした」





 俺は、自分に与えられた、艦内の仮執務室にあるモニターでテレビ放送を見ている。日本政府の出方は予想通りで平和的接触をこちらの方からもちかければ飛びついて来るだろう。これで、九割がた交渉は成功したようなものだ。まさに大砲でおどす砲艦外交だ。ただ違うのは、日本国と俺たちはWIN-WINの関係をこれから作っていくということだ。 あまりじらしてパニックが起こってはいけないが、夜間、明日の朝までは国民に目立った動きはないだろう。



[あとがき]

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