第3話 宇宙船の艦長に 2


 アギラカナさんは、俺の前を歩いてマンションのエレベーターホールまで行くと、なぜかエレベーターの上昇ボタンを押した。


「???」


 やって来たエレベーターに、そのまま二人で乗り込むと、今度は最上階、屋上へのボタンを押したようだ。


 ここのマンションの屋上は、通常人が出入りできないようエレベーターホールからの出入り口に電子錠が掛かっているらしいのだが、彼女は「少しお待ちください」と言って、ドアに手を当て何回か持ち手を動かしていたら、ドアが勝手に開いたようでエレベーターホールから屋上に出て行ってしまった。俺もついて行かないわけにはいかないので屋上に出た。


 アギラカナさんの立ち止まった場所の少し先が何だか陽炎のように揺れた。気が付くとそこには、直径で10メートルほど、厚さは、中央部の一番厚いところで3メートルくらい、中膨れの銀色に鈍く光を反射する円盤が現れた。


 何これ? 空飛ぶ円盤? UFO? そんなに幅のないマンションの屋上の上に円盤が着陸している。よく見ると少し浮き上がっているから着陸とは言わないのか?


 実際に重量物がマンションの屋上の上に乗ったらうちのマンションはまずかったかもしれない。


 アギラカナさんはその円盤の方に近づいてゆく。 


「ア、アギラカナさん? 円盤、空飛ぶ円盤、UFOですよ、UFO!」



 結構車も通る通りに面した低層マンションの屋上に銀色のUFO。誰も気付かないのか? どうなってる? 飛んでないからUFOじゃないのか? 浮いているからUFOなのか? UFOが着陸したら何て呼ぶんだろう? 現実逃避してくだらないことを考えていたら、


「地球上の人間で、この状態のを正確に視認できる人間は、山田さんくらいしかいません。危険はありませんので、私について来てください」


 そういいながら、彼女はさらに円盤に近づいていく。そして、アギラカナさんはそのまま目の前から消えてしまった。


 非日常も、身近すぎるとあまり驚かないものなのか?


 覚悟を決めて、俺も続いて円盤に近づいていくと、いきなり視野がブレて気が付くと銀色の部屋の中にいた。


 あれれ? ここはさっきのUFOの中なのか?


 部屋の中は天井ではなく床面が発光していてかなり明るい。


 今俺がいるのは直径5メートルほどの円形の部屋で天井までの高さは3メートルほど。部屋の外周に何カ所か人形ひとがたに似たくぼみがある。見た目は散髪屋さんの椅子のような背もたれの高いシートが縦二列、横三列、合計6個並んでいた。


「適当なシートにお座りください。すぐに出発します。出発後、全周透過モードにしますので景色が楽しめますよ」


 言われるまま、適当なシートに座ると、シートはやはりリクライニングシートだったようで、背もたれが自動で倒れ、体はやや上向きになった。思いのほか背中にフィットして心地が良い。 


 部屋の中が一瞬暗くなり、すぐに明るくなった。気が付くと部屋の壁や床、天井が消え、大空の中に浮かんでいるリクライニングシートに横たわる自分と、その隣のリクライニングシートに横になるアギラカナさん。 


「大気圏をいったん離脱し、地球を周回して、先ほどの出発地点に戻ります」


 そう聞かされている間にも、円盤の上昇は続き、白い雲ははるか下の方に。


 頭上の青空は紺色になり、体をずらして下の方を見ると、東京湾が、関東地方が、丸く見え始める地平線が、やがて日本列島が一望に。次に上を見れば漆黒の宇宙には満天の星。時折、きらめきが見えるのは人工衛星か。


 さらに高度を上げつつユーラシア大陸東部から、インド、アラビア半島、アフリカ大陸、そして太西洋、南北アメリカ大陸も抜け、太平洋を横断し、気が付けば出発地点。時計を見ると十分程度か? 背もたれが元の位置に戻った。


「いかがでしたか?」


 シートをこちらの方に向けたアギラカナさんが俺に感想をきいてくる。


「ビックリしたけど、思ったほどビックリしなかったかなあ。要するに、アギラカナさんは宇宙人?の人。で、僕は宇宙人の人にこの円盤で拉致らちられたってこと?」


 宇宙人の人とは自分で言ってもおかしな言葉だが、ついその言葉がでてしまった。


「最初の質問の答えはYESです。私は、山田さんの言う宇宙人とは少し異なるのでしょうが、現状でのご理解はそれで結構です。二つ目のご質問ですが、拉致ではありません。われわれは、山田さんの承諾なしに何かを行うことはありません。

 それで、この円盤ですが、現在木星近傍で作業している母船との連絡に使用しているものです」


「へー、母船もあるんだ。で、母船って何ですか?」


「はい。母船は、かなり大型の宇宙船で、いろいろなものを建造し製作することに特化した宇宙艦、いわゆる工作艦です。現在はある建設工事を行っています」


「それじゃあ、アギラカナさんはどこから来たの?」


「私自身は、惑星型宇宙艦アギラカナから来ました」


「惑星型宇宙艦?」


「はい。惑星に匹敵する大きさを持った宇宙船です。事実、直径12000キロのこの地球よりも大きいですよ」


 何かよくわかんないけど、ま、良いか。昔、宇宙船「地球号」ってあったなあ。


「それで、僕が組織のトップとはどういうことですか?」


「惑星型宇宙艦アギラカナの艦長に就任していただくということです」


「? 地球より大きな宇宙船の艦長? 船長?」


「アギラカナは宇宙艦ですので艦長です」


「宇宙艦?」


「われわれは、恒星間航行能力を持つ輸送機械を、宇宙船と呼んでいます。その中で、軍籍にあり武装した宇宙船を航宙艦、特に大型のものを宇宙艦と呼んでいます」


「軍籍とはどういうこと?」


「惑星型宇宙艦アギラカナは星間連合王国アーセン航宙軍所属の軍艦です」


「何で、民間人の僕が軍艦の艦長になれるの?」


「残念ながら、連合王国はゼノと呼ばれる宇宙生物との戦いに完全敗北し滅亡しました。アーセン人もおそらく絶滅したものと推測されます。惑星型宇宙艦アギラカナだけが残った形です。この宇宙のどこかしらに、連合王国の残滓ざんしが生き残っている可能性はありますが、この地球以外では確認されていません。


 そういうわけで、私は、生身のアーセン人ではなく、それに似せて造られた、生体ドロイドまたはバイオノイドと呼ばれる疑似生命体です。


 現在アギラカナは管理AIとわれわれバイオノイドにより運営されていますが、アーセン人による明確な指示がない限り、敵対勢力に対して積極的戦闘行動をとることが許されていません。これは連合王国の上位規約のため、我々では変更できないものです。


 今回、アーセン人の末裔と見なされる山田さんを艦長に迎え、その上位規約を変更していただき、われわれに明確な指示を出していただこうとした次第です」


 生体ロボット! これには驚いた。この人、誰が見ても人間だよ。 


「地球以外では確認されてないということは、地球がそのアーセン人に関係しているの?」


「地球人類の遺伝情報には間違いなくアーセン人の遺伝情報が取り込まれています。過去のいつかの時点で混交したものと考えられます。地球人類のなかで最もアーセン人の遺伝情報を持っている人物を今回見つけ出すことができましたので、その方をアーセン人の正統後継者、上位規約を変更しうる存在として、アギラカナの艦長にお迎しようとしているわけです」


「それがこの僕?」


「そうです。山田さんが七十億を超える地球人類の中で最もアーセン人の遺伝情報を持つ地球人なのです。


 アーセン人の遺伝情報を持っている人物を探し出すため、われわれは、十日ほど前にこの地球にナノボットを散布しました。


 このナノボットはこの惑星上の全ての地球人類に取り込まれました。宿主にアーセン人の遺伝情報量が一定量以上あると、ナノボットは宿主の体内で活性化します。それ未満ですと、何も起こらずそのまま自壊後体外へ排泄されます。


 地球人類に取り込まれなかったナノボットも散布後十二時間以内に自壊しています。


 ナノボットが活性化した場合は、宿主の体内で一定量増殖し、宿主の病変等を治癒ちゆ、正常化させるよう働きます。また、宿主の脳内物質分泌器官に働きかけ、精神的安定度も高める働きも行います。


 さらに、その遺伝情報量がアーセン人の子孫であると認められる水準を超えた場合は、次のステップとして宿主体内に特殊な生体器官を形成し、我々の専用の探知装置で、その位置が特定できるようになります。宿主本人から見た場合、その生体器官の働きで、運動機能等が向上します」


 説明乙。 



 俺のことをアーセン人の遺伝情報を最も・・持つ地球人と言っていたということは、ほかにもそういった人間がいるってことか。俺ほど適格じゃなかったか、艦長職を断ったのか。


 とにかく、それでこの人が俺のところに来たわけだな。


 目も最近良くなったし、体調もすこぶる良い。特殊な器官がどういったものかはわからないが危険なものではないのだろう。


 それに俺は今現在、無職のプー太郎。多少の資産はあるが、特に今の生活に未練があるわけじゃない。


 これは、俺にとっては、すごくいい話じゃないか?


「わかりました。そのお話、受けさせていただきます」


「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけると思っていました」


 なに、この人、笑顔がかわいいじゃないか。

 


 ちょっと待てよ、少し前の話で何か気になったことがあったような?


『軍?』『敵対勢力?』『攻撃行動?』 ちょっ、ちょっと待てい!……。




[あとがき]

2020年5月24日、日間ジャンル(SF)で1位となりました。ありがとうございます。



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