第9話 やめて、酷いことしないで

「あのー? フィロさん?」


「なんだ」


「この看板、奴隷専門店って書いてある気がするのですが……」


 おかしい。

 話の流れからして、お手伝いさん的なことをさせられるんだと思っていたんだけど。


「ほう。ちゃんと文字がわかるんだな」


「もしかして、売られるんですかね?あたし」


隷属契約れいぞくけいやくを結ぶだけだ。いいからこい」


 フィロさんは俺の腕をグイッと引っ張る。


「やめてっ! 酷いことしないでっ!」


「ええいうるさい! 変な声を出すな!」


 だって奴隷だなんて聞いていなかったんだもの!

 おかしいわよ! 普通異世界に行った主人公って、猫耳を奴隷にするとか、奴隷を解放するとかじゃない!

 なんで主人公なのに奴隷にならなきゃいけないのよ!


「おまえ、隷属するって言ってただろうが!」


「いや、何て言うか言葉のあやかなーって……本当に奴隷になるとは思わなくて……」


「だったらもう一度問おう」


 フィロさんはシャランと剣を抜き放つと、俺の首筋にピタリと当てる。

 こわいこわいこわいこわい。


「ここで死ぬか、私に隷属するか、好きな方を選べ」


「はい。隷属いたします」


「ふん。情け無い奴だ。だったら最初から大人しくしていろ」


 目にもとまらぬ速さで剣はさやへと納められる。


「ふんだ、かっこつけちゃって。水色のくせに」


「……今なんて言った?」


 やべ。聞こえないようにつぶやいたつもりなのに聞こえちった。


「え? 何も言ってないですよ?」


「今、何色か言わなかったか?」


「いえ? 別に?」


「……そうか。なら良い」


「空耳じゃないですかねー? あー、空と言えば水色が綺麗だなぁ」


 ピューピューと口笛を吹きながら空を見上げる。


「お前! なんなんだ! 何が言いたい!?」


「空が綺麗だなぁって言ってるだけじゃないですか。どうしたんですか?」


「本当にそれだけか!? おい! こっちみろ!」


「ウィーーウィーー」


「そのへんな民謡を歌うなぁ!」


「お店の前で騒がれると困るのですが……おや、フィロ様。今日はいかがされましたかな」


 店の中から背の低い老婆ろうばが出てきた。

 腰は90度近くも曲がっていて、顔はしわくちゃだ。

 何て言うか……魔女って感じだ。


「店長、すまない。少しこいつと言い合ってしまった」


「ふぉふぉふぉ、元気なのは良いことでございます。して、何用ですかな? 奴隷をご所望しょもうで?」


「いや、こいつとの隷属契約をしてもらいに来た」


「ほう。罪人ですかな?」


「そのようなものだ」


 そのようなものではありません。

 人を罪人扱いしないでください。


「そう言うことでしたら、どうぞ中へお入りください」


「ああ、失礼する」


「お邪魔しまーす」


 奴隷専門店の中は薄暗く異臭がただよっている……なんてことは無く、普通に明るくて綺麗だった。


「あ、おばーちゃーん。お客様? お茶いれる?」


「そうさね。3つ準備しておくれ」


「はーい」


 中に入ると明るそうな少女に迎えられる。

 店長の孫だろうか。


「フィロ様。広いお屋敷をご自分だけで管理するのは骨が折れることでしょう。いかがですか? 先程の少女など、元気でよく働く娘でおすすめいたしますぞ」


「いや、間に合っている。結構だ」


 あ、さっきの子も奴隷なの? めっちゃ生き生きしてるじゃん。


「それは残念。では早速隷属契約を行いましょう。こちらの御方にはどのような制約をもうけますかな?」


「そうだな……私の秘密をばらさないこと。とりあえずそれだけで良い」


「破ったときの罰則は?」


「私に知らせが入るようにしてくれ」


 なーんだ。破ったら電気が流れて死ぬとか、首輪がまって死ぬとかじゃないのか。お優しいこと。


「すぐに駆けつけて自らの手で切り殺すから問題ない」


 前言撤回。

 全然優しくないわ。


「かしこまりました。それではお二方、お手を出してくだされ」


 えー、まじで奴隷になるの?

 まぁ制約厳しくなさそうだからいいけど。

 そのうち良いスキルが当たれば解除できそうだし。


 フィロさんは右手を、俺は左手を差し出す。


「それでは、契約をいたしますの」


 お婆さんは俺とフィロさんの手を取り、むぬむぬごにゅごにゅと呟く。呪文かな?

 しばらくすると俺の手の甲に光が浮かび上がり、その光はだんだんとつよくなあついあついあついあちちちちち


「あついんだけどあついんだけどあついんだけどぉ!?」


「おい、そのくらい我慢しろ」


「ふぉふぉふぉ、すぐに終わるのでもうしばしまたれよ」


 激痛って程じゃないけど熱い!

 大丈夫なのこれ!? 大丈夫なの!?


「ほい、終わりじゃ」


 慌てて手を引いて手の甲をふぅふぅと冷ます。

 火傷してないよなこれ……

 手の甲を見ると、薄暗く『フィロ』という文字が。


「あのー。フィロさんの名前が入ってるんですけど……」


「隷属契約をしたのだから当たり前だろう」


 えー。ちょっと中二臭くない? 手の甲って。


「尻に印を入れても良かったんだぞ」


「やっぱり紋様もんようは手の甲って相場が決まってるよなー! なんかちょっとかっこいいかも!」


「ふん」


「それではフィロ様、二千ベルお願いいたしますの」


「ああ、ありがとう」


 フィロさんはふところから銀貨を二枚取り出して婆さんに渡す。

 銀貨一枚千ベルなのかな?


「もし、奴隷が必要な場合には是非ぜひ当店をお訪ねください。ふぉふぉふぉ」


「ああ、その時はまた来る」


 もう用はないとばかりに歩き出すフィロさんに続いて店を出る。


 お父さん、お母さん。ミユキ、汚れてしまいました。

 私はこの人の奴隷として生きていきます。

 親不孝な息子をどうか、どうかお許しください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る