　人間の世界は、人間には心がある、という前提のもとに成り立っていると思われる。なぜそう考えるのかという方向で説明しようとすると、なかなか難しそうなので、もしそうでなければという方向で論を進めようと思う。

　もし、人間には心がない、それは脳が作り出す単なる幻想にすぎない、という前提でこの世界が動いているとすれば、人と人との関わりはなくなるはずである。人と人の情報交換は、単なる情報の出力と入力ではない。そこには必ず余計なものが存在する。例として挨拶が挙げられる。何のために挨拶をするのかと問われて、すんなりと答えられる人は少ない。けれど、それは単なる情報交換という観点でしか見ていないからで、人間の心という部分にフォーカスすれば、意外とすんなりと答えは導き出される。

　人間が挨拶をするのは、そうしたいからである。したいとは、つまり欲求で、欲求とは心である。「あの人に会いたい」とか、「一緒にいたい」という表現には、「したい」が使われているが、これは欲求を取り立てて差し出しているのではない。自分の欲求を相手に伝えることで、心が通じ合うと信じているのである。