第141話『先輩のレクチャー』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)141


『先輩のレクチャー』小山内啓介 






 空堀高校のグラウンドは地平線が見えると噂されるくらいに広い。


 その広いグラウンドの真ん中に無事にヘリコプターは不時着した。グラウンドが広いので、そんなには大きく見えない。北浜高校が合同練習を申し込むだけのことはある。


 せやけど、ヘリコプターが巻き起こす風ははんぱやない。


 女子のスカートが翻るのは、まだ御愛嬌。グラウンドの砂がトラック一杯分くらいは吹き飛ばされてしもて、白線で引いたダイヤモンドがベースごと吹き飛ばされる。なんとかホームベースは残ったけど、試合再開には時間がかかりそう……と思ったら、警察やら消防やらが来て現場検証があるとかで、九回の裏にして試合は中止。


 試合の相手は京橋高校やった。


 府立高校で一番グラウンドの狭い北浜高校が、校舎の建て替えにともなってよその学校のグラウンド使うための名目で合同練習を申し込んできて、素直に受けたら、北浜のボール拾いにしかなれへん。


 そこで、マネージャーの川島さんらが奮闘して、府立高校の二番目にグラウンドの広い京橋高校との試合になった。負けた方が北浜にグラウンドを使わせる、つまり北浜の球拾いをやることになった。


 昔取った杵柄で、川島さんの策略でピンチヒッターに立ったところでヘリコプターの不時着というわけや。


 緊急の校内放送でグラウンドに居てるもんは校舎に引き上げならあかん。


 さっさと逃げよ!


 そう思ったら、車いすのトラブルで取り残されてる千歳が目に入った!


 ミリーと須磨先輩が付いてるけど、車いすを動かすどころか千歳を連れていくこともでけへん。


 えらいこっちゃ!


 バットを放り出して三人のとこに全力疾走、俺がやる!


 そう言って、千歳を抱え上げて避難した……。




「というわけですよ」


「ふーーーん……」


 須磨先輩はつまらなさそうに缶コーヒーを飲み干した。


「こんな感じでええでしょ」


「まあね……」




 今度のヘリコプター不時着事件で、PTA新聞から取材を受けることになっているのだ。PTA新聞担当のオバサンは元新聞社勤務だったとかで、取材能力に長けているだけではなく、引退後も系列の週刊誌なんかにも寄稿していて、まあ、その道のプロなんだとか。


 だから、あらかじめ整理しておかないとどこから突っ込まれたり、色の付いた記事を書かれかねないというのが先輩の心配で、先輩相手に予行演習というわけなんだ。




「千歳をダッコして、校舎に着くまでのとこ、もうちょっと聞かせてくれる」


「そんなん、ほんの一分ほどやから……無我夢中で、気ぃついたら本館の玄関やったし」


「……でもね、みんな直ぐ近くの南館だった。本館まで逃げたのは啓介と、あとちょっとだけだよ」


「それは……ほ、本館の方がより遠いし、ほら、保健室とかも近いでしょ(;^_^……というか、夢中やったんで憶えてないんですよ」


「じゃあ……わたしの想像でトレースしてみるわね」


 そう言うと、先輩は腕と足をを組んで俺と同じ姿勢をとった。




 無我夢中で、そのあと校舎の中に行くまでは記憶がない。


 というのは嘘だ。


 千歳を抱え上げると思いのほかの軽さに衝撃を受けた。


 この年頃の女の子は見かけよりも重たい。妹とケンカするとプロレス技をかけられることがある。本気になってはいけないので、たいていやんわりと投げ飛ばして終わりにするんだけど、妹はもっと重たい。


 やっぱり車いすの生活が長いから腰から下が萎えていて、その分軽くなってるんだろう。


 右の腕(かいな)に感じた千歳の足腰は華奢過ぎて、人形を抱いたみたいに頼りなくて、それでも、血が通っていて暖かくて、それに、なんだかいい匂いがして、ドキドキして。


 クンカクンカ……なんてしちゃいけないから、顔は横向けて息は必要最小限に、でも、人を抱えて走るんだから、やっぱり激しく呼吸はしてしまうわけで。


 千歳も自由の利く手を回してしがみ付いてくるし、もう息のかかる近さに千歳ん顔が迫って、なんか、ちょ、ヤバくって……。




「ちょ、先輩!」




「なに、もうちょっと描写したいんだけど、千歳のオッパイがムギュって胸に当って狼狽えたとことか」


「う、狼狽えてませんから!」


「狼狽えてたよ、だからトチ狂って本館まで走ったんだし。そんなに否定したら、かえって勘ぐられるわよ」


「いや、だーかーらー(^_^;)」


「啓介、あんた童貞だろ」


「なっ」


「こういうとこ突っ込まれるとオタオタするだけだから。ね、取材で触れられたら、面白おかしく誘導されて、実際以上に熱っぽく書かれてしまうって。思うでしょ?」


「そ、それは……」


「するとね、啓介も千歳も、実際以上に自分の気持ちを誤解してしまうって」


「誤解?」


「あの子を……千歳を好きになるのは、もっと覚悟がいる。あの子の人生丸抱えしてやる勇気がね……」


「そんなことは……」


「アハハ、だーかーらー『夢中やったんで憶えてないんですよ』なんて言わないで、ありのまま喋った方がいいよ。その方が、余裕があって、シリアスな突っ込まれ方しないから。ね」


「は、はあ」


「じゃ……あ、飲んじゃったんだ。ごめん、コーヒー買ってきてくれる? お代はレクチャー代ってことで(o^―^o)」


「はいはい」


 俺は、食堂前の自販機まで走っていくのだった……。




 

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