第140話『九回の裏!』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)140


『九回の裏!』小山内啓介 






 大阪都構想の投票を二週間後に控えた日曜日のグラウンド。


 台風が有りっ丈の雨を降らせたあとは、どこにしまい込んでたんやと思うくらいの真っ青な青空が広がって、上空にはなにかの取材のためにヘリコプターがのんびりと飛んでいる。その秋空の下、空堀と京橋二校の練習試合が行われている。


 そして……八回の裏になろうと言うのに双方一点も得点が無い。




 甲子園やったら、実力伯仲、双方攻守ともに優れたプレーが続き互いに得点を許さない……てな感じで、選手も応援団も熱が入るんやろうが、この試合はあかん。


 書くことも憚られる凡ミスばっかりで、互いにランナーを出して得点につなげることができない。


 力んでないと言えば多少マシなんかもしれへんけど、とにかく覇気が無い。


 よし とか おお とか かっとばせえ とか どんまい とかの掛け声が散発的に起こるんやけど続かへん。


 かっとばせえ! と、ちょっと厳しい目の声が掛かってなんとかヒット。


 バッターは一塁ベースを踏むんやけど、どうせ得点には結びつかへんいう気持ちがアリアリとしてて、川島さんが手をメガホンにして「よし!」と発声しても――まあまあ――ちゅう感じで手を挙げるだけ。


 次のバッターは易々と三振に取られて――残念!――という感じと違って――やっぱりなあ――になる。


「くっそお!」


 そんな中で、田淵一人が熱い。


 さすがはエース……と思うんやけど、頭だけカッカして、余計にミスが増えるばっかし。


 マネージャーの川島さんはスコアをつけるほかは、さっき「かっとばせえ!」とげきを飛ばした以外はベルリンでもめてる少女像みたいな穏やかさで座ってる。


 しかし、腹の中は煮えくり返ってるのが、ついさっき分かった。


 田淵がツーアウト一二塁の、ひょっとしてという局面であっさり三振に終わった時。


 ボキッ!!


 穏やかなまま、鉛筆を握りつぶしてしもた(^_^;)


 え? 鉛筆の折れを握った手ぇから血が滴り落ちてる……。


――ごめんね、小山内君――


 口の形だけで謝る川島さん。


 俺を代打に使ってたらという思いやねんやろなあ。笑顔を返すんやけど、ちょっと引きつってたかもしれへん。


 ちなみに、空堀に監督は居てない。


 顧問兼監督が春に転勤して以来、顧問は茶道部の女先生。実質的に野球部を引っ張ってるんは川島さんと田淵や。


 ネット脇には演劇部の三人が見に来てくれてる。


 積極的に知らせたわけやないけど、食堂でのイザコザはけっこう話題になってて三人の知るとこになってしまったみたいや。


 ビジュアル的には三人とも目立つ。


 須磨先輩は六回目の三年生で、もう大人の魅力。千歳は車いすにチンマリと収まって可愛らしく、ミリーは掛け値なしの金髪碧眼の美少女。


 三人を見慣れた空堀の生徒はともかく、京橋の生徒はアニメの中から出てきたヒロインみたく眩しいオーディエンス。


 三人は野球部の応援ではない。


 グータラ部長の俺が昔取った杵柄っちゅうか、川島マネージャーの色香に迷って中学以来のバッターボックスに立ついうので、ただただ珍しいもの見たさで来てる。


 せやから、俺がバッターボックスに立つ以外には興味がないんやと思う。


 この三人がキャーキャー言うてくれたら、京橋の連中、気をとられて隙ができるかも。


 


 言うてるうちに九回の裏。気持ちが抜けた空堀は九回の表で京橋に二点を許した。




 そして九回の裏、空堀は再びツーアウトランナー一二塁。


 と、川島さんの手が上がった。


「バッター交代、小山内君!」


 ゲ、ここでか!?


「小山内君、お願い、ホームラン打って!」


 バッター交代を宣言した足で俺の前に立って手を合わせた。


 小山内ガンバレエエエエエエエ!


 演劇部の三人娘も黄色い声をあげて敵味方の注目を集める。


 ち、気楽に言ってくれるぜえ!


 俺は、バットを二回スィングさせて、闘志をフルチャージ!


 バッターボックスに向かうと、絶好のシャッターチャンスと思ったのか、上空で取材中のヘリコプターの爆音が大きくなってきた。


 バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!!


 え、ちょっと近過ぎないか!?


 え? え!? 


 グラウンドに居る者みんながビックリしていると、すごいボリュームで校内放送が流れた。


『ヘリコプターが緊急着陸します! 緊急着陸します! グラウンドに居る人は、ただちに校舎内に避難、ただちに避難! 避難してくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』


 俺は、バットを持ったまま呆然とする。


 二秒ほど間があって、京橋も空堀も、一目散に校舎に駆けだす。


 俺も逃げよう……と思ったら、演劇部の三人に目がとまった。


 え!?


 千歳の車いすがトラブって、三人とも身動きが取れなくなっている。


 俺は、バットを振り捨てて、三人の所へ駆けだした!




 


 


 

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