第137話『啓介 災難に遭う』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)


137『啓介 災難に遭う』小山内啓介   






 空堀高校は穏やかな学校だ。


 学校も生徒ものんびりしていて、あまりもめ事めいたことは起こらない。


 この一年で最大のもめ事が、部室棟に湧いたダニ・ノミ事件であったというだけでも分かってもらえると思う。


 人の事には干渉しないというのが不文律なので、うちみたいに演劇をしない演劇部でも存在が許され、仮とは言え部室まであてがってもらっている。


 その演劇部の部長がオレなんだから、オレの中身は純正の『ノンビリ』で出来ていると宣言してもいい。




 その、ノンビリの代表みたいなオレが、生活指導室にしょっ引かれて取り調べを受けようとしているんだから、大変な事件なんだ。




 事の始まりは、昼休みの食堂だ。


 一番人気のランチの列に並んでいる時に事件は起こった。


 ランチの列はランチを始めとする『ご飯系』を食いたい奴が並んでいる。だから、学年や男女に寄る偏りはほとんどない。


 もともと穏やかな校風でもあるので、他校に比べて、わりとノンビリ緩く並んでいる。


 オレの後ろに、一年の女子たちが続いていた。クラスの仲良し同士で、並んでいながらでもピーチクパーチクお喋りに余念がない。


 女子のお喋りと言うのはクラブの三人娘で免疫ができているので、オレには単なる環境音でしかない。


 一年の女子たちは、たとえ食堂の列であっても、必要以上に他人、とくに男子の他人にはくっ付きたくない。だから、オレとお喋り女子たちの間には微妙な距離が空いている。


 たまに松井先輩やお馴染みの生徒会女子たちと並ぶことがあるんだけど、彼女たちには遠慮も油断もない。


 きっちりと感覚を詰めて並んでいる。列が動いた時など、車で言う玉突きになることがある。たいてい肩とか腕がぶつかる。女子でも、肩とか腕だったらどうということはない。松井先輩やミリーは、そういうところにこだわりが無さすぎで、どうかすると、胸でぶつかって来る事がある。むろん、そのままにしているはずはなく、よっこらしょッと、腕を使って押し返してくる。


 反応が「あ、ごめん!」と「気を付けてね!」もしくは無言に分かれるが、ま、そんなもんだ。


 一年の女子たちは、車に例えれば若葉マークで、オレとの間に十分過ぎる車間距離をとって並んでいる。




 事件と言うのは、その十分過ぎる車間距離の中に割り込んできたやつがいたことだ。




 お喋りが中断したことで割り込みに気が付いた。


 振り返るほどじゃないけど、ちょっと首を捻ったところで、そいつが視界に入ってきた。


 野球部の田淵だ。


 同学年だけど、同じクラスになったことはない。たまに練習に励んでいる姿を目にしているので、ユニホームの名前で、いつしか憶えてしまっていた。


「田淵くん、後ろに周った方がいいんとちゃうかなあ」


 穏やかに言って、後ろの一年女子たち目で示してやった。


「え? ここ最後尾じゃね?」


「一年の女子らが並んでると思うねんけど」


「え? この子ら喋ってるだけちゃうん」


「どいたりいや、迷惑そうな顔してるで」


「迷惑て、そうなんか?」


 よせばいいのに、一年の女子たちをね目回しやがった。こういう威嚇をするやつは好きやないぞ!


「野球部やったら、ちゃんとフェアにやれやあ!」


「なんやとお!」


 田淵は『野球部』という言葉で切れてしまった。


 どっちが先だったのか、互いに胸ぐらをつかんで床を転がりまわった。


 食堂の床と言うのは、うどんの汁やらラーメンの千切れたのやらがあって、それが服につくは、鼻につくはで、他の床よりも狂暴になってしまう。


 転がりまわりながらも、ここに演劇部の女子が居たら、仲裁に入ってくれるんだけどと思ってしまう。


 松井先輩だったら、胸ぐらをつかみ合う前にいなしてくれていただろう。


 で。


 けっきょく、どこの誰かだかが通報してくれて、こうやって生活指導の取り調べを受ける羽目になっている。

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