第95話『食堂の中二階』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

95『食堂の中二階』       






 うちの食堂には中二階がある。


 食堂の半分はスコーンと吹き抜けになっていて気分がいい。

 残りの半分の半分が中二階、残りが普段は締め切られている同窓会館。

 でもって同窓会館がある東側以外の三方は天井までのガラス張りになっていて、とても雰囲気がいい。

 よその学校は体育館の一階部分だったり、校舎の付けたし部分だったりで、食堂というよりは餌場。

 うちは「ちょっとさびれた」という枕詞がつくけどリゾートのレストラン風。


 六年目の三年生なので、食堂を利用するときは、この中二階に陣取っている。


 一般の生徒に混じると気を使うし使われる。そんなのやだしね。

 それに、中二階だと下のフロアが鳥瞰できる。

 みんな腹ペコだし、列に並んだり席の確保に頭一杯だから、中二階に視線を向けられることも少ない。

 なんちゅうか、学校に住み着いた猫が屋根裏から睥睨しているような感じ……だと千歳は言うのだ。


 猫に例えられたことよりも、中二階の超留年生に気づいていることが面白い。


 ガンバローーー!


 壁一枚隣の同窓会館から鬨の声がした。



 四時間目から組合の先生たちが会議をやっているのだ。選挙が公示されたから、例によって公には言えない選挙運動の話だ。

 勤務時間中に組合活動をやることも政治活動をやることも御法度のはずなんだけどね。

 ま、いいんだけども、部屋を出て中二階の私を見つけてギョッとしたような顔をするのはやめてほしい。

 わたしは化け物でもスパイでもないんだからさ。


 あ……


 下のフロアで千歳がボンヤリしている。

 車いすで食堂に来ても、生徒たちは自然に受け入れている。

 みんな幼稚園や保育所のころから障害を持った子たちと生活している。だから、自然と互いに溶け込んでいる。

 かさ張る車いすがいっしょに居ても嫌な顔はしないし、逆に過剰に構ったりもしない。

 昼時の食堂というのは――昼飯を食うのだ!――というパッションが無ければ列に入れないし、ボンヤリしていては食いッパグレる。


 なにボンヤリしてんのよ?


 目立たぬようにフロアに下り、真横で千歳に声を掛けた。


「あ、須磨先輩……」


 振り向いた千歳の目には涙が滲んでいた……。


「Bランチでいいか?」


 涙には気づかないふりで売り切れの確率が低いBランチを提案、ろくに返事も聞かず、Bランチの列に並んだ。


 気を取り直した千歳は席を確保して待っていた。

「すみません、中二階にはいけませんから」

 バリアフリーの進んだ学校だけど、さすがに食堂の中二階までは及んでいない。

「ドンマイドンマイ、とりあえず食べよ」

 すでにA定食を食べた後だけど、いっしょに食べれば心も開くだろうと並んでBランチを食べる。

 いつもなら――もう食べたんじゃないですか?――くらい聞いてくるんだけど、千歳はボソボソと食べている。


 ご飯を半分残したところで口を開いた。


「わたし……文化祭の舞台には立ちたくないんです」

「え、なんで?」

 危うく唐揚げを落っことすところだった。

「わたしが出たら……ポルノになっちゃいます」


「ポ、ポルノ!?」


 ポトリ。


 危機一髪だった唐揚げを落っことしてしまった。

 

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