第91話『わたしの車いす生活』 

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

91『わたしの車いす生活』      





 地震になったらエレベーター停まるんですよ。


 揃って入ったエレベーターの中で、気楽に千歳が言う。


「てことは、閉じ込められるわけ!?」

「そうですよ」

 お尻のあたりがゾクゾクしてきた。高いビルのテッペンから下を覗いたような、あの感じ。

 

 ……………………。


「先輩、ボタン押さなきゃ動きません」

「あ、そか」

 後から乗ったもんだから、ドアの真ん前。狭いエレベーターなので車いすが二台入ると身動きが取れない。

「二階だから押せるけど、上の階だったら手が届かないよ💦」

「左側に車いす用のボタンがありますよ(*^-^*)」

「あ、ほんとだ!」

 車いすなんて初めてなんで、いろいろな発見がある。


 捻挫(両足)をこじらせて車いすに乗ってるのよ。


 松葉杖でも大丈夫なんだけど「知らないうちに負荷をかけるから」というドクターの勧めなんだ。

 世界が変わるよね、車いすに乗ってると。

 視線の高さが子ども並になるので、ちょっとワクワクする。今の車いす用のボタンとかね。

 教室の椅子は取っ払ってもらった。いちいち車いすから普通の椅子に替えるのは冗談かと言うほど煩わしい。

 教室への出入りも考えて、廊下側の一番後ろになった。

 でも、車いすがドデンと来ると、後ろのドアの半分が被ってしまうので、すぐ前の関さんが座席ごと引っ越していった。

 なんだか申し訳ない。


 身障者用のトイレは無駄に広いと思っていたけど、そうでもないことをことを実感。

 一度使っただけで、松葉づえで普通の個室を使うことにした。


 自販機が使いにくくなった。


 だって、一番下のボタンしか手が届かない。

 わたしの好きなデカビタは上の段にしか並んでいないから。


「はい、先輩」


 二階の新部室に着くと飲み物が欲しくなって、どうしようかと思っていると千歳が「任せてください!」と買いに行ってくれた。

 この際だから、なんでもいいやと思っていたら、千歳はきっちりデカビタを買ってきてくれた。

 自分用に買ってきたのも上の段にしかないペットボトルのお茶だ。

「え、どうやって?」

「伊達に三年も車いすに乗ってませんよ」

「千歳は魔法が使えるの……?」

「へっへー(^▽^)/」

 千歳とは、もう半年の付き合いだけど、こんなに嬉しそうな千歳は初めて。

 やっぱ、ハンディキャップを一時的とはいえ共有していることは大きいんだと思うし、千歳の一面しか見えていなかったとも感じる。

「部室棟がよく見えるわね……」

 工事が中断したままの部室棟。わたしが演劇部に入ったのは、そもそも部室棟の解体修理を見たいからだった。

 まんまになっているのは、やっぱね……。

 気持ちを切り替えて千歳に振る。

「二人も車いすになって、文化祭に演劇って出来るのかなあ?」

「車いすという点では大丈夫ですよ……ほら」

 スマホを出して動画を見せてくれる。

「お、根性ね!」

「でしょ、ノープロブレムです!」


 スマホには、先週から骨折のため車いすになりながらも元気に舞台に立っている黒柳徹子さんが映っていた。


 新部室はとってもいいんだけど、集まるのが遅くなった。

 前の部室は、生活指導のタコ部屋も兼ねていたので、松井須磨先輩の住み家でもあった。

 須磨先輩の魅力なのか、あの狭い部室になにかあるのか、面白いところだった。


 標準より十分遅れてみんなが揃った。気が付くと午前中残っていた雨が上がって、少しだけ晴れ間が見えてきた。 

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