第89話『新部室にお引越し』
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)89
『新部室にお引越し』
車いすはかさ張る。
自分も車いすなのに、そう感じるのは申し訳ないんだけど、実際そうなのよ!
「ご、ごめん!」
これで三回目。
ミリーの車いすのデッパリが、またわたしのスカートを引っかける。
その都度十センチほど裾が持ち上がり、斜め前の啓介先輩にわたしの太ももが露わになってしまう。
「い、いや、見えてないから……あ、あ、また……」
啓介先輩は上を向いて、ティッシュを詰めた鼻を押える。
「これで見えてないって、説得力ないわよ、ほれ、わたしがやったげるから」
「いて! 先輩、やさしくして!」
須磨先輩が狭くなった部室をものともせずに啓介先輩の鼻血ティッシュを取り換える。
ミリー先輩と新入部員が並んで小さくなる。
「じっとしてないと換えられないでしょ!」
「い、いや、せ、先輩の胸が……」
「も、もー! 啓介はエロゲのやり過ぎ!」
「「「「ハ、ハハハハ……」」」」
「も、もうやってらんないわ! ちょっと掛け合ってくる!」
須磨先輩は机を乗り越えて部室を出ると二階に駆け上がった。
二階には生徒会室と職員室がある。業を煮やして掛け合いに行ったんだ。
今日から交換留学生のミッキーが演劇部に加わったのだ。
なんでも、休日の昨日、ホームステイ先の瀬戸内美晴先輩の家にまで行って決めてきたらしい。
近所の公園で話をまとめたらしいけど、ミリー先輩は両足をくじくという不運に見舞われて車いす。
でもって、タコ部屋を兼ねている狭い部室は、かさ高い交換留学生とミリー先輩の車いすが加わって身動きもできない。
暫定的に小さい方の机を廊下に出したんだけど、あんまし効果なし。
交換留学生のミッキーは、なんとか身をよじって邪魔にならないようにしてくれるんだけど、車いす自体にに人格が無いもんだから、ミリー先輩が動くたびに、わたしのとぶつかって、二回に一回は、こうして悲劇になる。
「みんなー、引っ越しするよ!」
五分ほどすると、意気揚々と須磨先輩が戻って来て引っ越しを宣言した。
「引っ越しって、どこへですか?」
「二階の角部屋、さ、あんたたちも手伝って!」
廊下の方へ声を掛けると、生徒会執行部の人たちと副顧問の朝倉先生までがドヤドヤとやってきた。
演劇部という看板を出しているけど、演劇なんてちっともやらない。
放課後にウダウダしてる場所が欲しいだけが、我ら空堀高校演劇部なのです。
ほんとは五人の部員が居ないと部活とは認めてもらえないんだけど、我らが須磨先輩ががんばって四人でも部活として認めてもらえるようになった。
だけど、演劇をやってないという事実があるので「もっと広い部屋に替えて!」とはなかなか言い出せなかったし、生徒会も、わたしたちに広い部室をあてがう気持ちは全然無かった。
それが、須磨先輩が掛け合ったとはいえ、ものの五分で引っ越しが決まったのは、ミッキーが入部したから。
「「「「うわーーー!」」」」
ミッキーのことだけでは説明がつかないほどに、今度の部室は豪華だったのよ!
そして、いろんな意味ですごかった!
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