第86話『えと、一番近い知り合い!』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)86


『えと、一番近い知り合い!』   







 パーーン!


 久々に銃声かと身を縮めたのは自分がアメリカ人だからだろう。

 

 日本人なら銃声なんてドラマやアニメの中でしか聞いたことが無い。

 だから銃声というのは、ズキューン! ズバーン! などとエキセントリックな音がするものだと思っている。

 本物の銃声は乾いた音がする。そう、たった今のみたいに。

 撃たれたことは無いけど、銃声はシカゴでも数回耳にした。ギャングの発砲だったりお巡りさんだったりするんだけど、今のみたいに「パーーン!」なのよ。


 で、それは銃声では無くて、自分の自転車がパンクする音だった。


 カクンカクンと、タイヤのリムが直接アスファルトの路面を噛む衝撃で分かった。



「アチャー😵」



 こういう時にも日本語が出てくるのは、骨の髄から日本に馴染んだ証拠。

 でもね、黙ってりゃブロンドの白人少女、自分で言うのもなんだけど可愛い。

 サエカノに出てくる澤村・スペンサー・エリリに似ている。

 特に今朝は、中学の時のジャージにTシャツ。これって、エリリの定番だったりする。

 こんな街中、困った顔して佇んでいたら高い確率で声を掛けられる。十中八九オトコからね。


 思えば気合いが入りすぎていたんだ。


 美晴に頼まれて家庭料理のあれこれをレクチャーしに行った。面白そうなので演劇部の一同も付いて来て、とても盛り上がった。

 美晴は見かけに反して、ちっとも料理はできない。出来ないくせに居候のミッキーに「飯ならまかせとけ!」なんて請け負ってしまった。お婆ちゃんとお母さんが居ない一週間だけなんだけど、ボロが出ないようにしなくちゃならない。


 日本に来てから書き溜めたレシピノートを持ってって腕を振るったわけ。


 一週間はともかく四日くらいはいけそうな品揃えになった。

 でもね、家に帰ってから気が付いたのよ。

 あの品揃えのコンセプトは『まずは胃袋から、男を虜にするレシピ百選』だった。


 美晴がミッキーのハートを射止めようとか思ってるんだったらピッタリだったわよ。


 でもね、美晴は基本的にミッキーが疎ましい……とまではいかなくても、好意を寄せられるのは勘弁なんだよね。

 わたしの料理を三日も食べたら、男なら――彼女はオレに気がある!――ぜったい誤解する。

 演劇部の天敵である生徒会副会長の美晴だけど、それとこれとは別よ!


 そんなこんなを悩んでいたので、秋晴れの今朝――ヨーシ、今日は自転車でカットブぞ!――てんで、自転車に気合いと空気を……入れ過ぎた。


 ホームステイ先の渡辺さんちに電話すればいいんだけど、きっとパパさんが車で迎えに来てくれる。だけど、それって申し訳ない。

 人間、一つ失敗すると、連想ゲームみたいに過去の失敗の記憶が蘇ってくるんだ。

 で、直近の悪夢である『美晴んちでお料理に励みすぎ』を思い出してしまったわけよ。


 あ、ヤバイ、学生風の二人がこっち見てる。

 日本語わっかりませーん! を装ってもいいんだけど、近頃のスマホには翻訳機能が付いていたりする。


「えと、一番近い知り合い!」


 スマホに呼びかけると一件ヒット。

 なんと、100メートルも行けば美晴の家ではないか!


 大学生風がこっちに歩いてくるので、迷わずに電話するミリー・オーエンであった!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る