第85話『まずは胃袋から!?』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)85


『まずは胃袋から!?』        





 ミリーに言われて二つだけ確認してある。


 イスラム教徒でないこととベジタリアンでないこと。


 イスラムにもベジタリアンにも偏見は無いけど、わたしは牛豚の肉なしでは三日も居られない。二人の生活で別々のメニューなんてやってらんないしね。


「両方ともOKだよ」



 そう答えると、ニンマリ笑って薄い方のノートを仕舞った。

 したがってブットイ方のノートをペラペラとめくるミリー。

 垣間見えるノートには写真とともにレシピが英語まじりの日本語で書いてある。

「料理屋さんでも始める気?」

「ハハ、まさか。渡辺さんちのレパはすごいからね、パパさんは魚屋さんだし、お婆ちゃんの実家はお料理屋さんで、ママさんはレストランやってたし、みんな教える気満々。習わなきゃ損でしょ……はい、これだけの食材買っておいて」

 メモを見ただけでは想像できなかったけど、その量はミッキーを荷物持ちにして正解だった。「やっぱ、ミハルといっしょに帰るよ」というミッキーの気持ちもスケベー根性からだけではなかった。


「いやー、壮観ねー!」


 我が家のキッチンテーブルの上に並べられた食材とその他もろもろは多彩だ。

 野菜やお肉から始まり乾麺に各種調味料も色々、カレールーとか豆板醤があるのでカレーとマーボー豆腐は確定なんだろうけど、ケチャップに塩昆布、チョコレートは意味不明。

「さ、それじゃ分業するからテキパキやってね!」

 ミリーが指示すると演劇部の三人は手際よく下準備にかかる。

 一つ一つは「お湯を沸かして」とか「皮をむいて」とか「みじん切りにして」とか「均等に混ぜて」とかの単純作業。

 その組み合わせも絶妙で、一つの作業が終わると別の作業を指示して、無駄な時間待ちが出来ないようにしている。

 合間にはわたしへの解説と「じゃ、やってみて」と実際の調理もやらせてくれる。

「家庭用のコンロは火力ないから、炒め物はフライパンでいいわよ。手間だけどイモは面取りしといて、そこは余熱を利用して、そうそう、揚げ物は一度にやろうとしないで、野菜は最後に……」

 取りかかった時はミッキーが帰ってくるまでに仕上がるか不安だったけど、三十分もするとあらかた終わってしまった。


 コンロの上にはカレーと肉じゃがとロールキャベツが沸々と煮えていて、テーブルにはチキンライスと唐揚げとハンバーグと玉子焼きが湯気を上げている。


「唐揚げ、ちょっと早くなかった?」

 唐揚げの衣がなんだか白っぽい。

「ミッキーが帰ってきたら、もう一度揚げるの。唐揚げは二度揚げするのがセオリーよ、でもって熱々を食べさせられるってメリットもあるしね、なにより甲斐甲斐しくクッキングしてますって感じがするじゃない」

「えと、それに、ちょっと多くない?」

 ざっと見渡しただけで七品もある。

「ほんまや、俺でもこんなには食わへんで」

 部長の啓介もため息だ。

「これは、最低でも三回分。カレーと肉じゃがとキャベツロールは明日以降ね。チキンライスは冷めてからラッピング、改めて玉子を焼いてオムライスにする。玉子の焼き方も明日以降に教える。ハンバーグは常温にしてから冷凍庫、ソースはそっちの小さな鍋、これも冷蔵庫、乾麺はうどんすきに使うからね」

「あ、デザートは冷蔵庫に、賞味期限は四日はいけますから」

 千歳がいつのまにかデザートの仕込みまでやっている。

「今度は、家に来てやってもらえないかなあ」

 須磨先輩は、次回の実習の予約をする。


「ん、なんだか家庭料理の定番オンパレードって感じね!」


 ミリーの行き届いたメニューに一安心して、なんだか嬉しくなってきた。

「これだけやっとけば、ミッキーも大満足でしょ」

 そう言ってミリーはノートを閉じた。


 閉じかけの中表紙の文字が目に飛び込んできた。


――まずは胃袋から、男を虜にするレシピ百選――


 えと……絶対したくないんですけど! ミッキーを虜になんかさ!


 

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