第62話『いろいろアリゾナミュージアム』
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)62
『いろいろアリゾナミュージアム』
そうなの? ま いいけどね え あ うん
三人三様だけども、気乗りがしないという点では一致している。
すべては俺が悪い。
ワイキキビーチでクタクタになるまで遊んで、飛行機の疲れもあったんで晩飯もそこそこに寝てしもた。
「一応、明日のスケジュール決めなくっちゃ」
須磨先輩の一言でスマホを取り出す。
この旅行の行先は、ダウンロードしたアプリに条件というか、その時の思い付きを書くと相応しいコースをセッティングしてくれる。
初日はシステムがよく分からなかったので、ミリーのスマホだけでやってたんやけど、四人それぞれ別々に打ち込めると分かった。
俺は日米親善と入力してしもた。
なんやムルブライト奨学金とか銘打ったったし、ちょっとはムルブライトさんの顔たてなあかんのとちゃうやろか、そんな気分。
それが、なんや上位のキーワードやったみたいで、そこに決まってしもた。
アリゾナ記念館
オアフ島にある沈没戦艦アリゾナの上と隣接する陸地にあるミュージアム。
アリゾナはただの沈没船とは違う。
1941年の真珠湾攻撃で日本海軍がボコボコにして撃沈した戦艦で、二千人以上の犠牲者を船内に閉じ込めたまま水深20メートルそこそこの浅瀬に沈んでる。
女子らはもとより興味ないし、なんちゅうてもリメンバーパールハーバーの総本山みたいなとこや。
日本人としては、いささか気が滅入る。
「沈んだアリゾナからは、いまだに油が浮いてきて、それが日本のスネークアタックをいまだに非難しているように感じられる」
中学の公民で先生がスライド見せながら言うてたとこや。
「ほんとに油が浮いて来てる……」
アリゾナを跨ぐドーム型桟橋の中央、桝形に切られた床の下にアリゾナの中央部分が望める。須磨先輩が覗き込んでいる。
興味のなかった女性陣も海の上の墓標のような記念館、海面からわずかに覗く赤さびた上部構造、近寄ればエメラルドグリーンの海、手を伸ばせば届きそうなところに横たわる船体。おのずと厳粛な気持ちになる。
「わたしも見たい」
千歳が言うので、須磨先輩と二人で介添えして立たせてやる。
……これが重い。
なんせ腰から下が完全に不自由な千歳。完全に全体重を支えてやらなんと立っていることもでけへん。
それに、立たせてやるためには腰と腋の下を支える。なんちゅうか、女の子のこんな場所を触ることなんてありえへん。
ミリーがおったらよかったんやけど、一つ向こうの犠牲者銘板を見に行っておらへん。
「船が泣いてる……」
感動した千歳は、しっかり見ようとして俺の方に体重を寄せてきた。
「ちょ、危な……」
「キャーーー」
支えきれずに共倒れになりかかる。
ガシ!
大きな手が俺と千歳を同時に支えた。
「オー ダイジョブデスカ」
片言の日本語に振り返ると身の丈190くらいの白人のオッサンがニコニコしている。
「「あ、あいがとうございます」」
千歳と須磨先輩がハモってお礼を言う。
オッサンの後ろには同じようにニコニコした黒人のオッサン。
「オー センキュウー フォウ ユア……」
事態に気づいたミリーが戻ってきてオッサン二人に礼を言ってくれる。
なんや意気投合して四五分喋って大笑い。わけ分からんうちにオッサン二人がグローブみたいな手ぇで握手してきてバイバイになった。
「海軍のオフィサーなんだって、アリゾナの上で日本の若者を助けられて嬉しかったって言ってた」
「オフィサー?」
「海軍の将校さん、ま、若いから中尉さんくらいかな」
「え、若いのん?」
「うん、二人とも二十代前半だよ」
「「「へーーー」」」
心の中でオッサンをオニイサンと訂正する。須磨先輩は同年配と分かって複雑な顔。
「陸のミュージアムもぜひ見てくれって」
陸のミュージアムは展示とシアター。正直気はすすまへん、ふだんは意識せえへんけど、リメンバーパールハーバー、日本のことをクソミソに書いてる展示物なんか見たくない。
真ん中に在りし日のアリゾナの模型、首を巡らせると意外なことに空母赤城、甲板には出撃間近の攻撃機や雷撃機やゼロ戦がビッシリ並んでる。
俺は『艦これ』とか『はいふり』のオタクやないけど、アリゾナ以上にていねいに作られてる赤城が意外。
説明はどれも英語なんで、ちょと安心。
「なにが書いてあるの?」
聞かんでもええのに、須磨先輩がミリーに聞く。
「えと……ま、いろいろ」
やっぱり俺らには聞かせたない内容があるようで口ごもる。
「うわ!」
千歳がビックリするんで見上げたら、実物大の艦攻が今まさに魚雷を放っているのがぶら下がってた。その前には停泊する太平洋艦隊。いやはやド迫力の展示ではある。
このコーナーでもミリーはあいまいな説明しかしてくれへん。ま、いたしかたない。
日本人のだまし討ち!
低いけど鮮烈な言葉が聞こえてきた。声の方向から俺らに言われたような気がした。
振り返ると、アジア系の数人が俺らにきつい目ぇを向けてくさる。
「関わらない方がいい」
ミリーに言われて外に出る。
「誤解がないように言っとくね」
外に出るとミリーが真面目な顔で言う。
「展示も説明も、とっても公平だったよ。日本軍の攻撃が非常に高度に訓練されていて優秀だったことや、攻撃が軍事目標に限られていて、市民には被害が無かったことなんかを冷静に書いてあったよ」
「「「え?」」」
なんとも意外やった。
それやねんやったら、その場で説明してくれたらよかったのにと思た。
「わたしらの後ろにアジア系が居たでしょ」
あー、あいつらか。
「なんだか、とっても挑戦的でさ、まんま訳して、三人が反応したら刺激するんじゃないかと思ってね」
なるほど、それでも「日本人のだまし討ち!」と言うやつらや。
それだけ言うと「美味しいもの食べにいこ!」須磨先輩の一言で気持ちを切り替える四人であったのだ。
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