第57話『そんなこと考えてたんだ』
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)57
『そんなこと考えてたんだ』
創立百年を超える府立高校は、われらが空堀高校だけではない。
それら百年越えの高校の多くに戦前からの建物が残っている。
百年前というと、日露戦争の勝利から十年を経過し、折からの欧州大戦の好景気に沸いた大正時代。
日本は一等国という晴れがましい空気が横溢しており、今の時代からは想像がつかないだろうが、軍縮と教育投資への熱が高まった時代である。
軍人が軍服のまま市中に出ると、極端な場合『税金泥棒』のような目で見られ、ついには軍人の定数も削減されるようになった。
削減は召集される兵だけではなく、職業軍人にまで及び、失業軍人対策のため軍と文部省が話あい、中学校以上の学校に配属将校が派遣されるようになった。
つまり、教育が軍事の風上に立った時代であった。
大阪でも、元来高かった教育熱に拍車がかかり、新設の中学やら高等女学校に最先端の施設や校舎が建てられた。
つまり、空堀高校の部室棟のような校舎は、他の学校にも建てられていた。
むろん百年の歳月の中で取り壊されたり手を加えられたり、その文化財的な価値を損なったものがほとんどだが、いくつかの府立高校には空堀並みの状態の良さで残っている。
北浜高校のA号校舎、下寺町高校芸術棟などが、にわかに注目を浴びている……というのはマスコミ的表現。
創立百年越えの学校は、いわゆるナンバースクールで、二十一世紀の今日でも進学校として名をはせているものが多い。
それに、卒業生の中には大臣経験者の政治家や経済金融界での著名人も多く、新発見の文化財級校舎保存の声が上げやすい。
北浜高校の声が大きくなってきた。
卒業生の中には五人の大臣経験者始め百人を超える現役国会議員や地方議員を擁し、それも与野党の枠を超えた広がりを持っている。
それらが、A号校舎の保存運動に乗り出したのである。
空堀高校は別名『大阪府立庶民高校』である。
驚くほど卒業生の中に政治的経済的な著名人が居ない。
伝統的校舎保存の先鞭をつけた空堀高校であったが、北浜高校などの後発組に押され追い越されてしまった。
あおりを食った空堀高校の工事は中断のやむなきに至ってしまった。
「ま、中止いうわけやないから見守ってならしゃーないなあ」
ミリーの二度目のご注進にため息をつく啓介である。
ミリーは中止になると思い、この二日余り走り回っていた。
「しかし、ミリーの行動力ってすごいわね」
須磨も寝っ転がらないで話を聞いている。
「アメリカ領事館までいくんだもんね」
千歳はミリーが領事館でもらってきた新茶を淹れながらホワホワと感心している。
「でも、ちょっと複雑なのよね……」
頭の後ろで手を組んで上半身をそらせる。
「ミリーさんの胸カッコいいですね……」
「え、あ、そっかな……」
「どーして、あたしの胸と見比べるんかね」
須磨は、胸をつぼめてしまう。
「あ、そういうんじゃなくて、気に触ったらごめんなさい」
「思いふける時に、しょぼくれへんいうのはええことちゃうか」
「へへ、そっかな」
「乗せられちゃだめよ。啓介はそうやってミリーのオッパイ鑑賞しようって腹だから」
「ち、ちゃいますよ!」
「見物料とろっかなー」
「ゲホゲホ」
「複雑ってなんですか?」
「んーーー、部室棟の工事が終わったらどーしよーかなーって思ってた自分がいたわけですよ。工事終わったらここにいる意味なくなるでしょ」
「そんなこと考えてたんだ」
意外に先を考えているミリーに感心する三人であった。
ミーーンミンミンミン ミーーンミンミンミン
中庭の蝉が思い出したように鳴きだした。冷房の効いた四階の図書室なので、窓は締め切りのはずなんだけど、思わず窓が開いているのではと目を向けるほどだ。
そう言えば、夏休みが目前、夏の盛りではあった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます