第53話『地区総会・5』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)53


『地区総会・5』   




 六年前の地区予選はI女学院で行われた。


 地下鉄I駅の階段を上がると四車線を挟んで緩やかな坂道、坂道の向こうにチャペルの尖塔が覗いている。

 坂を上りはじめると、ディンド~ンディンド~ンとタイミングよく鐘が鳴る。

 見え始めた学院は年季の入った緑の中に校舎が静もっていて、その校舎群を従えるようにチャペル。

「あのチャペルが会場なのよ」

 先輩がよそ行きの言葉遣いで教えてくれる。


 なんだか映画の中の登場人物になったような気がした。

 それだけで胸がときめく十六歳の女子高生だった。


 チャペルに行きつくまでに「お早うございます」の挨拶を十回はした。

 学院の生徒さんたちも、ジャージのロゴで分かる他校の部員さんたちもハキハキと挨拶を返してくれる。

「すみません、みなさんのお名前書いていただけると嬉しいです。お友だちになりたいですから」

 受付の生徒さんに奉加帳みたいなノートを示される。


 空堀高校演劇部の下に、一年生 松井須磨。


「わ、素敵なお名前ですね」

「え、そですか?」

「下に子の字が付けば新劇の女王ですね」

 顧問と思しき先生がパンフを渡してくれながらニッコリ笑う。

 松井須磨子どころか新劇という言葉も知らなかったわたしは、でも、言葉とロケーションの雰囲気でポーっとしてしまった。


 チャペルに入ると一学年四百人くらいは優に入る大きさでビックリ。


 着くのが早かったのか、緞帳は開いたままで、一本目の学校の仕込みが行われていた。

 キビキビ働く部員さんたち、トントン組み上がっていくシンプルな舞台装置。

 あーー、わたしは演劇の中にいるんだ!

 頬っぺたと目頭が熱くなってきて狼狽える。

 空堀高校も、ちゃんと加盟が間に合って参加できていたらどんなによかっただろーと悔しくなる。


 え、これで始まるの?


 開会を伝えるアナウンスがあって――あれ?――と思った。

 四百人は入ろうかという会場は……二十人ほどしかお客さんが居ない。

 地区代表の先生と生徒代表の挨拶、審査員の先生の紹介があって、最初の学校が始まった。


 え………………………………うそ?


 びっくりするほどつまらない。



 声は聞こえない、表情は見えない、ストーリーも見えない、観客の反応はない……。

 一週間前にあった文化祭のクラス劇の方がよっぽど面白かった。


 ま、こんな学校もあるわね。


 気を取り直して、残り五校も観たんだけど、ことごとくつまらない。

 比較しちゃいけないんだろうけど、ネットで観たダンス部や軽音、ブラバンの方がパフォーマンスとして格段に面白い。

 オレンジ色のユニホームで有名な京都のブラバンを観たのは、ディズニーランドの動画を観ているところだった。

 行進しながらのステップがいかにもディズニーテイストで、最初はディズニーランドのパフォーマンスかと思った。

 それが、現役の高校ブラバンと分かってビックリしたのは中三の秋だった。

 それからダンス部や軽音なんかを見まくって、高校生の凄さを認識して憧れると同時に――わたしには無理――そう思っていた。

 

 だから、駅からここまでのロケーションと、高校の部活へのリスペクトで、期待値はマックスになっていた。

 だから、置いてけぼりになったようにショックは大きかった。


 もう一つ「あれ?」があった。


 出場校全てが創作劇だ。



 ああ、そいいう地区なんだと納得して、二週間後府大会を観にいった。

 ちゃんとした市民ホールだった。

 でも、キャパ八百余りの客席が埋まることはなかったし、出場校の作品に感動することもなかった。

 観客席は時々反応していたけど、着いていけない、この子たちはオタクなんだと思った。

 

 それからの六年間、演劇部に籍はあるけど、一回も部活には行ってない。


 地区総会は『今年度のコンクール』の話になって来た。

 議長は、一校ずつ指名して、今年の抱負を言わせている。

 昔のことに意識が飛んでいたわたしは、順番が回ってきて立ち上がった啓介の雰囲気にビックリした。

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