第48話『エリ-ゼのために・3』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)48


『エリ-ゼのために・3』   




 平気な顔をしているけど気にはなっている、六回目の三年生をやっているわたし松井須磨は22歳、来年の三月には23歳だ。


 当たり前なら大学の四回生で就活の真っ最中、もっと当たり前なら大学を出て仕事をしている。同期には結婚して子持ちの子もいるらしい。

 

 こないだ久々に職員室に行った。

「失礼します」

 一礼のあと顔を上げてビックリした。


 空堀高校は古い学校で、有形無形の因習が残っている。

 その一つが職員室の席次。教頭が一番奥に席を占め、その前に三つの島。島の奥が学年主任で、以下は年齢と着任の順番。担任なんだからクラス順に並べばいいのにと思うが、そうはしない。

 で、一番ドアに近いのが非担任学年係という名のパシリ席。つまり、最若年の新任教師の席。


 その席に座っていたのが、最初の三年生のクラスメート朝倉さんだ。


 朝倉さんは一年休学していたので一個年上だ。

 わたしは直ぐに気づいたが、朝倉さんは気づかないのか「どの先生に用事?」と小首をかしげる。

「演劇部の松井です、〇〇先生に部活の用件です」

 そう返事して一礼したが「はいどうぞ」としか返ってこなかった。

 忘れられているか、22歳の制服姿が痛々しくて知らんぷりを決められたのかは分からない。


 こりゃ、もう卒業しなくっちゃなあ……とだけは思った。


 

 それよりビックリしたのが薬局のオジサンだ。



 ミイラ美少女人形のいきさつを昔語りされて、しみじみビックリ。

 六十過ぎのオジサンが、四十三年前に部長の谷口さんといっしょに作った創作劇が『エリ-ゼのために』なんだ。

 谷口さんが本を書き、オジサンは人形を作った。

 難渋している時に転校してきたのが日独のハーフで、その名も三宅エリ-ゼ。

 創作劇はポシャッタけれど、谷口さんとエリ-ゼさんは、本書きが縁で付き合うことになった。

 それだけでも十分に青春ドラマなんだけど、もっとビックリした。


 雨止みを待っていたオジサンに傘を持ってきた奥さんに「あ、すまんエリーゼ」と返事していた。


「それから色々あってね……結局は俺のカミさんになりよった。名前は22歳で帰化したときに絵里世て漢字を当てて、読み方も『えりよ』にしよったんや」

 そう言って、オジサンは雨の中、商店街に帰っていった。


 結局はオジサンの奥さんになって、どう見ても空堀商店街の薬局のオバチャン。

 そこに落ち着くためにはいろんなドラマがあったんだろう……久々に感動した。


 四十三年ぶりに『エリ-ゼのために』を完成させてお芝居にしてみたいと、演劇部らしい衝動が湧いてきた。


 帰り道、商店街を通って駅に向かう。



 前を朝倉さんが歩いている。

 ちょっと足を速めて朝倉さんと並んでみる。



「あ……」

「ども」

 間の抜けた返事をしてしまう。

「あ……演劇部の」

 生温く反応してくれるけど、反応は先日の記憶で、五年前の同級生のそれではない。

 

 一礼して朝倉さんを追い越す。


 薬局の前に来ると自然と目が行く。

 オジサンとオバサンが詰まらなさそうに店番をしていた。

 

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