第42話『薬局のオバチャンの名は絵里世』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)42


『薬局のオバチャンの名は絵里世』   







 仮部室がある一階のフロアに腐敗臭は拡散していた。


 最初に発見された時ほどではないが、また演劇部か! と人を怒らせるのには十分な臭いだ。

「さっきの片づけで、袋に穴が開いたんやな……」

 荷物の山からトランクを引き出しながら、状況を把握する啓介。

「とりあえず、そのまんまビニール袋に入れよう!」

 須磨の提案に、ミリーは大型のゴミ袋を出し、千歳が車いすのままで袋の口を広げてミリーが介添えする。


「「よいやっさ!」」


 須磨と啓介の二人がかりでトランクを入れ、千歳が一気にガムテープで封印、ミリーは部室の窓を全開にした。

 四人の呼吸はピッタリ合って、この作業を一分足らずでやってのけた。


「完全なパッキングじゃないから、また臭うやろなあ」

「これだけ話題になったら捨てることも難しいわね」

「とりあえず臭い対策やなあ」

「消臭剤を買いに行きませんか」

「そうやなあ……」


 千歳の提案で商店街の薬局を目指すことにした。


 いつもなら一人が留守番に残るのだが、まあこの臭いの部室に入ってくる者などいないだろうし、一人残るのも罰ゲームのようなので四人打ち揃ってということになったのだ。


「ああ、あんたらかあ」


 新聞から顔を上げると、薬局のオヤジは懐かしそうな顔をした。

 トランク事件の時には野次馬の中に混じっていたし、このオヤジは薬学博士みたいにしているが存外のミーハーなのかもしれない。

「強力な消臭剤が欲しいんですけど」

「はあ、あのミイラ美少女やな?」

「警察から返ってきたときは密閉してあったんですけど」

「片付けた時にパッキングに穴が開いたみたいで」

「あれやったら並の消臭剤ではあかんやろなあ……絵里世!」

 親父は店の奥のカミさんを呼ぶ。エリヨというのはなんだかアニメの少女みたいで、ちょっぴり新鮮な響きだ。

「はい、これでしょ」

 阿吽の呼吸で段ボール箱を出してきたカミさんは、調剤室のドアを斜めに出てきた。

「わたして夏太りする体質でねえ」

「夏だけかー」

「うるさい、ハゲチャビン」

「ハゲチャビン言うたら育毛剤が売れんようになる」

「売れへんのは、そのハゲのせいや」

「おまえかて、ちょっとは痩せならダイエット関連の商品が売れへん」

「ワハハハ」

「うちは明るい薬局がモットーやさかいにねえ」


 漫才のような呼吸は薬局よりも八百屋か魚屋が向いているような気がする。


「消臭剤にもいろいろあってね、干し魚とかスルメとかの魚介たんぱく質の匂いにはこれやねえ」

 段ボール箱から出されたのは昭和の昔からあったような瓶詰だ。

「これは、混ぜるんですか?」

 啓介はボトルが二つあるので見当を付けた。

「そうそう、やり方は……」

 オヤジは眼鏡をかけ直し、瓶を持つ手をズイと伸ばした。

「あんた、店もヒマやから出張したげたら」

「せやな、そのほうが早いか」

「え、出張してもらえるんですか!」

「ハハ、まっかせなさーい!」


 オヤジは桂文枝の口調で引き受けた。

 しかし、文枝を知らない四人には変な薬局のオヤジとしか映らなかった。

 

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