第26話 襲来

「あー、暇だなー」


 デートから一週間後、茜はただいま帰省中。四泊五日で明日帰ってくる予定らしいがそれまで超暇。茜がいないとこんなにも退屈だとは……。早く明日にならねえかな。


 グダグダとベッドに寝転がっていると、スマホが振動した。もしかして茜からか!そう思ってスマホを触ると妹からのメッセージだった。


 難波なんばはるか。俺の二歳下で、北海道の大学に行っている。はてさてどんな要件だろうか。


遥『律兄りつにい、明日家いる?』


律『いるけど、なんで?』


遥『荷物送ったから。サークルで作ったベーコンとソーセージ、あと野菜』


律『ありがとう』


遥『ということで、家居てね。鮮度が心配だから』


律『了解』


 遥は農学部の畜産科学だとか何とか。サークルもそういう系のようで、色々作るらしい。ベーコンとソーセージ作るサークルって凄いな。


 ああ暇だ……。茜、早く帰ってきてくれ……。


* * * *


「ただいま、律さん」


「茜ー!」


 そして、翌日。茜がドアを開けてウチに入ってくる。直ぐさま駆け寄り、抱きつく。


「ちょっ!? 律さん!? 急に何するんですか!?」


「久しぶりに会ったから」


「答えになってませんよ! 離して下さい」


 そう言われると仕方が無い……。大人しく茜から手を解く。俺は寂しかったのに、茜は寂しくなかったのだろうか。そう考えると悲しい。


「まさか律さんがそんなキャラになるとは思ってませんでしたよ……」


「すまん、つい」


「お土産あるんで、はい」


 茜が紙袋を渡してくれる。この紙袋……、結構重いな。そうとう中身が入っているのだろう。いきなり抱きついたのは悪かったな。


「中身は鶏炭火焼、チーズまんじゅう、マンゴープリンです」


「おお、美味そう……。ありがとうな茜」


「いえいえ」


 マンゴープリンと鶏炭火焼は冷蔵庫に入れておいた方が良さそうだな。宮崎の鶏とマンゴーって聞くだけでもう美味そうだ。


「そういえば、茜。今日のお菓子は何か食いたいものでもあるか?」


「レアチーズケーキ食べたいです。プリンみたいなやつ」


「了解」


 コップに液を入れて固めるタイプのレアチーズケーキか。今は二時半だから、今から作れば四時には出来上がるだろうか。早く作ってしまうか。


「あの、律さん……」


「何だ?」


「続き……しないんですか……?」


 いや、今から作るのは止めておこう。物事には優先順位がある。茜がおねだりしてくるなんて鼻血が出るレベルで嬉しい。茜に近付き、再び抱きしめる。


「私が寂しくないわけ、ないじゃないですか……」


「お前、耳元でそれを言うのは反則……」


「さっきは不意打ちされたので……、仕返しです」


 上気した表情。茜の頬はほんのりと赤くなっており、目はトロンとしている。これは……、この表情かおはヤバいな……。止められなくなってしまう……。自分の理性のストッパーが外れてしまう……。


「止めなくて良いですよ……」


「っっ……!?」


 更に茜は目をゆっくりとつぶり、顔を僅かに上へと傾ける。これは……キス待ちの顔!? 良いのか……? やって良いのか……?


「早くしてください」


 茜がここまでやってくれているんだ! ここでやらなきゃ男が廃れてしまう。


 そう決心した俺はゆっくりと、自分の顔を茜に近付けていく。そして、唇に唇を重ね合わそうとして――


『ピンポーン!』


 呼び鈴の音で中断されてしまった。


「誰だ!? 俺と茜のキスを邪魔する奴は!?」


「何言ってるんですか、律さん!? キャラがブレてますよ! 早く行って下さい」


 顔を真っ赤に染めた茜が俺の背中をグイグイと押す。あともう少しだったのに……。まあいい、仕切り直しだ。そう考えて、玄関のドアを開ける。


 そこには、黒髪セミロングの女子が立っていた。どことなく俺の顔と似ている。我が妹が立っていた。


「は? お前何で?」


「お届け物でーす」


 遥が悪戯っぽくニヤリと笑う。それは茜がやると可愛いが、実の妹にやられても全く可愛くない。むしろ、キスを中断されたことも相まって苛つきすら覚えてくる。


「お帰り下さい。今イイところだから」


「やだよ。律兄、家入れて?」


「ダメ」


 ドアを開けたまま、廊下で押し問答を繰り返す。遥を家に入れたら、茜が居ることがバレてしまう。別にバレて困る事でも無いが、なんとなく嫌だ。


「えっと……、律さんの妹さんですか?」


「そうです。難波遥です。律兄のカノジョさんですか?」


「えっと……はい。そうです……」


 後ろからやって来た茜が会話に加わり、ややこしいことになる。どうして茜はこちらにやって来たのか。


「へー律兄おめでとう。ちょうどいいや、私の彼氏も紹介するねー」


「は?」


 ちょうど階段から人がやって来た。身長は百七十センチほどだろうか。顔はすごぶるイケメンだった。シャープな顔つきで落ち着いた雰囲気。まさしく美少年といった感じだ。イイ男捕まえたな、オイ。手に段ボールを抱えているのが少し、気になるところだが。


「初めまして、小坂こさか恭介きょうすけと申します。遥が急におかしなことをしてすみません。遥とはお付き合いさせて頂いています」


「末永く遥をよろしく頼む」


「ちょっと、律兄!?」


 イケメンの上にこの礼儀正しさ……。こう言っちゃ失礼だが、間違いなく上物。遥には勿体ないくらいの男だろう。


「はい、遥は僕が幸せにします」


「恭介まで!?」


 うん、良い心構えだな。やっぱり一級品の男のようだ。


「律さん」


「何だ、茜?」


「とりあえず……、中に入れてあげませんか?」


「そうだな」


 すっかり忘れてたわ。


 そうして、遥と恭介君を中に入れて、荷物を受け取る。恭介君には、とりあえず椅子に座ってもらう。遥は勿論床に座らせる。レアチーズケーキ作りは中止にして、茜のお土産のマンゴープリンを開けよう。


「あの……律さんって呼んで良いですか」


「良いよ。俺も恭介君って呼ぶね」


 もう心の中では呼んでいたけれども。


「ちゃぶ台出す必要ありますよね。僕出しますよ」


 壁に立てかけてあるちゃぶ台を見て、恭介君がそんなことを言う。気遣いが出来る良い子のようだ。ますます遥には勿体ない。


「いいよいいよ。恭介君はお客さんだから、くつろいでいて」


「いえ、律さんの家に押しかけてしまったので……、これぐらいやらせて下さい」


「じゃあ、お願いするね。おい、遥はボケッと見てないで恭介君を手伝うんだよ」


「うっさいなー。相変わらずネチネチと……。お母さんみたい」


 どうしてあのグウタラ妹に素晴らしい彼氏が出来たのだろうか。不思議でならない。

 

 お茶の準備をしていると、茜が台所にやって来た。


「律さん、このカップで良いですか?」


「ああ、それそれ」


「何かスゴいことになっちゃいましたね」


「だな。お預けをくらってしまったな……」


「そういうこと言わないで下さい……」


 照れる茜、超可愛い。あの二人が家に居なければ直ぐにでも続きをやるのに。それにしても俺のテンションが本当におかしい。どうしてこんなになってしまったんだか。


「律兄のしまりの無い顔キモッ……」


「凄いな、律さん……。僕も見習わないと……」


「恭介があんなになったら、私吐く。何あのラブラブな雰囲気」


 非常に失礼なことを言われている気がするんだが……。茜を見ると、ほんのりと頬を赤く染めて、黙り込んでいる。ラブラブと言われて照れるあたり、茜も大概な気がするんだが。


「そういえば、お前等はどうやって来たんだ?」


「車です。僕と遥の二人で交代しながら運転しました」


「あれ? 遥は免許取ってたっけ?」


「入学してすぐに取ったよ。言ってなかったけ?」


 全く聞いていないな。この二人北海道から、宮城へと運転してくるとは……。相当運転慣れしてるようだ。凄いな。


「あと、何で遥は急に来たんだ?」


「ああ、それでね。律兄、お父さんとお母さんに会いに行かない?」


 







 


 

 

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