訓練と初めてのスクリプト
「どうした?驚いたかね?」
「あぁいえ、大丈夫です」
「ところで相談なんだが……行く宛がないならワシの弟子にならんか?」
「弟子……ですか?何故、です?」
「単純な話だよ。ワシの知恵や技術を伝えたくても並の相手でが伝えきれない。だが、お嬢ちゃんは才覚はありそうだからな。それにこのまま神力の制御が拙いままではいずれ死ぬだろうし記憶の手掛かりを探すにしてもこの世界の事を知っておいた方が良いだろう」
それも一理ある話だ。
神力の制御をなんとかした方が今後の事を考えると必要な技能だ。
それにこの世界の事をある程度、知っておかないと何かと躓くかも知れない。
例えば、自分の知らないような法律に引っ掛かり逮捕、拘束されるなどだ。
この世界の常識を一から自分に教えてくれる者がそう多くはないはずだ。
なら、この機会を最大限活かすしかない。
こうして、アリシアはリバインの弟子になった。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
アリシアは走り込みをしていた。
しかも、ただ走り込んでいる訳ではない。
全高50mほどの純金で出来たローラーを引きずり、1000mを3分で走り込んでいる。
森の木々をローラーで踏み倒し、アリシアが通る度に獣道のように整備されていく。
バインが用意した訓練用の動き易い服に着替え、これを1000m×50セットくらい行う。
いや、正確には少し違うのだが……ゴール付近ではリバインがアリシアの速さを逐一計っていた。
今は丁度、50セット目の終わりだ。
「3分4秒。もう一度、やり直し!」
これの繰り返しだ。
つまり、1回でも3分を超えるとこのセットメニューを何度も繰り返すのだ。
もう、10回は繰り返している。
一見、するとかなりのスパルタに見えるが、アリシア自身はこれが普通に思えた。
「疲れたか?」
リバインは皮肉ではなく客観的に聴いてきた。
彼は皮肉を交える者ではない。
アリシアの限界を見極めようとしているのだ。
「まだ、やれる……」
アリシアは脚を震わせながら、ローラーを手に取り再び、走り込んだ。
森に棲む魔物が近づいて来たが大抵の魔物は巨大なローラーの前に逃げるか踏みつけられた。
それでも処理できない魔物はリバインが”魔術”で吹き飛ばした。
それからもう10回メニューを熟して1日の訓練を終えた。
◇◇◇
翌日、流石に肉体疲労を加味してなのか午前中の訓練の後、午後は”魔術”の授業だった。
アリシアは”魔術”の類が使えるので別に必要ないのではないかとも思ったが、実はそうではなかった。
なんでも亜神が使う”神代魔術”と人間でも使える”現代魔術”には大きな差があるらしい。
“神代魔術”は亜神が単体で魔物のように”魔術”が使えるのに対して”現代魔術”とは、”魔術”が使えない人間が亜神の”神代魔術”を技術的に模倣したものであり、世に広く知られているのは”現代魔術”だ。
もし、人間の世界で活動するなら”現代魔術”を使った方が良いようだ。
なんでも”神代魔術”を使うと目立つ上に何かと妬まれるようだ。
余計な争いを生まない為にも”現代魔術”を学んだ方が良いと説明を受けた。
“現代魔術”と”神代魔術”が明確な違いとして”触媒石”を使うか使わないかの差がある。
“触媒石”は大気中の“神素”と呼ばれるモノを外部からの”神力”の刺激により、取り込み、それの刺激を基に”神素”を”神力”に変換、”触媒石”を伝い広がった”スクリプト”と呼ばれる幾何学的認識事象再現回路と呼べる物を通して”魔術”を発動させる。
魔物などは体が”スクリプト”になっており、それに”触媒石”が合わさる事で”魔術”を行使している。
“現代魔術”の開発は魔物の体を分析、解体する事で”スクリプト”を転写、応用して使用するモノが大半で一から魔術を作る事も可能だが、非常に高度な技術を必要とするとされている。
“現代魔術”は”神代魔術”と違い魔術は小型ではなく……道具を使う為に”神代魔術”を使う亜神ほど戦闘に多様性はないが、逆に道具である為、魔術補助の道具としての有用性や”神代魔術”以上に開発が容易なところ等が利点に上げられる。
「では、まずは試しにこのスクリプトを描いてみるか?」
アリシアはスクリプト辞典と言うモノと照らし合わせながら、そのスクリプトの構成を見る。
“スクリプト”を見れば、何をどのようにするのか目に見て分かる。
このスクリプトの場合、“直進”“球形”“炎”と言う構成になっている。
辞典で定義するところの“ファイアボール”と言う下級魔術のようだ。
アリシアはリバインから”スクリプトインク”と言うミスリルの原液で出来たインクで回路を作る。
辞典を見つめ、見真似で気の板の上に”スクリプト”を書き記す。
黒いインクを奔らせる度に銀色の金属線に変わり、回路らしき図面が出来た。
「ふん、まぁ初めてにしては悪くないな。今後の課題はもう少しスクリプトを小さく書く事だな。出ないと高度な術式を書く時スペースが足りなくなるからな」
「分かりました」
課題が明確なのは嬉しい。
最初からうまく出来るとは思っていない。
寧ろ、未熟なアリシアはまだ、成長できる。
そう考えると少し嬉しいと思えた。
その後、外に出てアリシアが書いた”スクリプト”の上からE級程度と思われる”触媒石”を置きアリシアの神力を少しだけ流してみた。
本当に少しのつもりだった。
だが、上に向かって放たれた”ファイアボール”は蹴魂轟音を立てながら空を飛行していたC級の魔物ワイバーンの群れを壊滅させ、ワイバーンの群れが頭から降り注いできた。
描いた”スクリプト”は完全に焼き切れていた。
リバインは冷静に状況を分析する。
「ふん。神力が多すぎるのと質が良すぎたんだろうな。お嬢ちゃんはワシの予想よりも多すぎだな」
「すいません……」
「なに気にするな。元々、神力が多いのだ。なら、少しの加減が違うのは自明だよ。その辺、ワシの見込みが甘かったのだ。お嬢ちゃんのせいではない。が、しかしだ」
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