新たな福音

「あの戦いで全ての世界にアリシアの想いと神の意向が伝わっている。人間が滅ぼされないとならないのか伝わった。アレは言い換えれば、不可抗力だったけど、世界規模の福音になったわけよ。なら、必ず歴史にも変動が現れるはずよね」




 千鶴のその言葉に意図を理解したソロと美香が相槌を打つ。

「確かにそれは道理だ」「言われてみればそうとも言えるわ」と互いの考えを呟く。

 この世界の宇宙……”原本世界”と呼ばれる世界の人間の人生とは、人間の意志の塊である”潜在集合無意識”によりWNを介して過去、現在、未来の相互関係により既に決定している。

 これは到底、人間業では変えられない程、強力な間力が働いており、これを覆すには惑星規模のエネルギーを全て利用できない人類が地球への落下コースに既に入った直径7kmの隕石を押し返す”奇跡”を起こすエネルギーの約20倍近いエネルギーを以てして初めて歴史改変レベルの事が起こせる。(ただし、本来、死んでしまった人間の蘇生は不可能)


 自分の運命と言う奴を変えたいなら少なくともルシファー事変時のアリシア並の力がないと到底、出来ない。

 全人類の力を集めた程度で届く数値ではない。

 人間レベルで分かり易く言うならネオ・ツァーリ・ボンバ核弾頭のエネルギーを完全に支配して未来を覆す事に全て還元する事に等しい。

 尤も、地球でそれを行えば、地球の壊滅まで一直線の話ではある。


 或いは世界中全ての人間が1人残らず、全員が悔い改めれば、”潜在集合無意識”の力を振り切り、世界を変える事もできるが、その過程で”潜在集合無意識”が抵抗もあり得るので、それ以前に1人残らず、悔い改めると言うのは非常に難しい。

 1人でも書ければ、そこから決壊するように出来ており、その隙を”潜在集合無意識”やサタンの眷属などが見逃さないからだ。


 だが、ネクシレイターはWNを制御できる都合上、定まった未来を変更する事も可能であり、ネクシレイターのWNの強さによっては伝えた人間にネクシレイターの影響が強く残る為、その瞬間だけは人間でも未来変更が可能なのだ。

 尤も、人間が想像する過去改変と違う場合もあり、潜在的な過去改変の場合もあるが、そこは割愛だ。


 未来が変更されれば、現在が変更され、過去も変更される。

 ネクシレイターの干渉は時間も空間も超え、様々な媒体を通し伝わり、伝わった瞬間、全ての人類に伝播される。

 全人類に伝えたと言う認識なら過去や未来の世界人口など関係なく全人類に伝わる。


 アリシアの世界ではアリシアの民になる者が人類全体の1%にも満たなかった為に歴史改変レベルの事象は起きていなかったが、個人単位では大まかな歴史に変化はなかったが、多少なり過去の記憶の受け取り方に変化が起きた程度に歴史改変が起きていた。

 これは潜在的歴史改変とも呼ぶ。


 アリシアの世界は“存在”の胎動による破滅までの時間が残されていなかった為に大きな未来改変を見る事が出来なかったが、理論的に言えば、アリシアやネクシレイターの福音だけで人類の運命は変わり、本当に平和な世界を実現する未来を勝ち取る事も十分可能だった。

 そうなれば、人間が認識できない内にその人は平和な世界にいる事になっただろう。


 だが、仮に福音を伝えたとしてもそれが必ず未来改変に繋がるとは限らない。

 上田・美香がいた宇宙……”失楽世界”は少なくとも美香の世界では第2次大戦から数年後に光の巨人アスタルホンが福音を伝えている。

 だが、その約20年後アスタルホンの預言通り、災いが降り注ぎ、カーバイトドールとヘルビーストによる異形戦役が勃発……もし、人類に未来を変えたいと言う意志があれば”異形戦役”は起きていない。


 更に念押しでアリシアが美香を代行者として立て、人類の”総意志”である美香の世界のユウキに伝えたが、その場でユウキに射殺されている。

 そのお陰で美香は一足先にネクシレイターの上位存在的な神になったが、結局、60年経っても未来は変わらず、美香を残して人類は滅んだ。

 結局、美香の世界で救われたのは美香だけしかいなかったのは正直、今でも悲しい事だ。


 逆に言えば種の選り分けはこれで十分可能なのだ。

 アリシアは世界規模で福音を伝えた。

 なら、伝わった世界の歴史変動値を個人単位まで精確に測定、世界規模で変動すれば、世界規模で”過越”を行いネクシレイターにすれば良い。

 個人しか変動しないなら、その個人だけ救えば良いだけの話だ。

 千鶴が言いたい事を纏めるとそう言う事になる。




「そうなるとどこで期限を区切るかだよね」




 フィオナが机に肘をつき、両手を組み、顎を乗せる。

 全員同じ事に悩んでいた。

 人間にすぐに「平和にしろ、」「高慢を捨てろ、」「貪欲を捨てろ」と言ったところで少なくとも直ぐには無理だ。

 それほど、人間はどんな天才であってもそこまで有能ではないので「それらをしろ」と言ってもすぐにはできない。

 だから、あまりに早急に求め過ぎると逆に争いを煽ってしまう。

 それはネクシレイターとして望むところではない。

 だが、長過ぎても人類が怠惰になり過ぎ、害悪を振り撒く可能性もある。


 実際、WNとは量子的な原初粒子の為、ありとあらゆる並行世界を今この瞬間も跨いで活発に動いている。

 つまり、目には見えなくても世界は互いに作用、因果が流入し合っており、1つの世界のSWN濃度が高いならその影響が別の並行世界に波及する。

 あまり長く見積もり過ぎても逆に他世界の戦争感情を煽るだけになる。




「美香さんはどう思いますか?」




 席で姿勢を正したままの繭香がさっきの千鶴の言葉から何か感慨に耽り、呆然と机を見つめていた美香に話を振った。

 思わぬ事に「えぇ、わたし!」と美香は慌てて答える。

 繭香なりに美香が何を思い詰めているか分かっているつもりだ。

 だが、それは悩んでも仕方がない事だと本当は美香も知っている。

 何せ、亡くなったその人達は正真正銘、魂レベルでもうこの世にはいない。

 地獄の獣諸共葬られたのだ。

 神の力を持った美香であれ、繭香であれもう復活は叶わない。


 だから、悩むのはやめてほしかった。

 悩むだけ美香が苦しむと思ったからだ。

 それにこの場合、福音を伝えた後、60年近く世界を見た美香の意見は貴重であり、この問題に対する答えがあるとそれが美香が持っていると思ったからだ。




「美香さんなら自分の想いも含めて良いアドバイスができると思っています」




 繭香はストレートに自分の意志は伝えず、敢えて遠回しに自分の意図を伝える。

「自分の想いも含めて」と言う言い方は今の自分が抱えているモノを含めて答えを出してほしいと言われている気がした。

 美香は目を瞑る。




(もう彼らは戻らない。なら、彼らにどう報いるか考えるべきだ。昔なら、そうしたはずなのに……なんで忘れてたんだろう)




 今の自分と昔の自分を比べると少なくともできる事が多くなり過ぎた。

 それ故に思い煩いも増える。

 万能に近くなった自分なら彼らを復活させられないかと拘っていたのだ。

 その分、割り切る気持ちが緩んだ気がする。

 ネクシレイターになる前に仲間の死に泣いていた時もあったが、それでも割り切らねばならないと思う気持ちも強かったので割り切っていた。

 確かにもう考えても仕方がない事だと美香は割り切った。

 美香は繭香を見つめて「ありがとう」と心の中で呟く。

 それが届いたようで繭香は微笑み返す。




「そうですね。60年では人類は変われない。でも、それ以上長く取っても変わる余地があるとも思えない。異形戦役からの復興を優先した結果遅れたにしても40年の猶予があった。その間、人類は肉的な欲望にばかり囚われて魂の成長は見られなかった。でも、聴くものは必ずいるとは思う。わたしのように……」


「わたしに知恵があるのだが、発言していいか?」




 目を瞑り、腕を組んだソロが口を開き、正樹が発言を許可する。

 彼は知恵の面ではかなり優れた男だ。

 王だった時代も知恵の王と呼ばれたほどだ。

 彼の意見にはそれだけの意味があったので皆が耳を傾ける。




「2020年を基準に100年~300年待つと言う事でどうだろうか?」


「それにどう言う意味があるんだ?」




 シンは皆が抱くであろう疑問を代弁、ソロに投げかけた。

 2020年と言えば、”神の大罪”が為された日として知られている。

 何か意味深な意味が含まれているとは思うが、どんな意図か分からずにいた。




「皆は知らぬ事だろうが本来、美香の世界のような一部例外以外の世界では預言により2020年に火の災いで一斉に滅びる事になっていた。だが、神の大罪の影響で様々な時間軸の概念拘束器に誤作動が起き、2020年以降に災いが決行される事態が発生した。だが、問題はそこではない。2020年とは死刑執行日でもある。故に罪人となった人間の魂が全て天から降っている状態だ。この時期なら全ての人間の選り分けが確実に行える。加えて、それ以降に時代にイリシア神の福音が届いているのなら輪廻転生により、その時代の人間はアステリス様の福音を合わせ、2倍効力を得ている。更に言えば、神の救いの計画は大よそ、100年要したと言われている。本来なら2倍の力があるのなら50年で済ませたいが、美香の話ではアスタルホン様とイリシア神の力を合わせても60年ではあまり意味を為さない可能性がある。何より救える人数は多い方が良い。それに聞き従う者がいるならすぐに聞き従う。なら、100年場合によっては様子見を兼ねて300年が良いだろう。それに300年あれば輪廻転生で3度は人生をやり直せる。それで悔い改めねば最早、言い訳しようもなく”理不尽”は淘汰されるだろう」




 そこでシンが「アステリス様の福音よりも速くアリシアの福音が届いている場合は?」と尋ねた。




「その場合、アステリス様の福音を聞いた後100年~300年を目処とする。尤も、過去のアステリス様やアスタルホン様は未来の自分達がどうなっているかサタンの妨害で知らず、ある意味、隔絶されているからな。今の事態を知れば、戸惑うだろうがその場合、上手く対処するしかない。幸い、ここにいる誰かの説明を聞けば、納得はしてくれるはずだ。後はそうだな……あくまで100年~300年は指標としてだ。場合によって臨機応変に神の判断、世界を滅ぼした方が良いだろう。個人の裁きについても神が執行するかしないかに委ねる事とするのはどうだろうか?」

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