ユウコの継承
「これは幻?それとも夢?」
ミダレは目の前にいる女に尋ねた。
魂レベルで死んだと思われた女が目の前にいるのだ。
流石に自分の目を疑いたくもなる。
「辛うじて、生きて伝えようとしているから現実でしょうね」
ユウキは簡潔に答えを示す。
そう言えば、地獄とは火の池の中で飼い殺しにするような世界と聞いた覚えがある。
飼い殺しなら、確かにその表現が妥当だとミダレは思った。
「ミダレ、あなたにお願いがあるの」
ユウキはいつも通り、太々しく傲岸不遜さがあるが、どこか慇懃さを感じさせる。
「会って早々何かと思えば、珍しいじゃない。命令じゃなくてお願いだなんて?熱でもあるの?」
「そうね。地獄の火に当てられてたしかに気が狂ってるかもね」
ユウキはどこか憔悴したような力なく抑揚のない返事をしていた。
ミダレの記憶が正しいなら、ユウキは自分がいつか地獄に落ちる事を豪語する女だった。
だが、実際の地獄とは高慢さのあったユウキすら黙らせる程のところらしい。
「それでお願いって……なんなのよ?」
ミダレは腕を組みユウキを見つめる。
「もし、他のわたしに出会う事があれば、その時、そのわたしの処理を頼みたいの」
「処理って……始末しろって事?」
「その辺はあなたに任せる。ただ、わたしは区切りをつけないとならない。他の世界のわたしがどうなろうと知った事じゃないけど、わたしの身勝手で人類全てをあそこに送る訳にはいかないわ」
「意外ね。あなたは人の損害なんて御構い無しに救済計画を遂行する。その上で地獄に落ちる事を豪語していたじゃない」
「そうね。かつてはそうだった。でも、自分が地獄に落ちてよく理解した。わたしの高慢が争いを生み、わたしの意志1つで多くの人間はあそこに追いやった。それが世界への脅威を高めた。到底、許される事じゃない。ミダレ、わたしの事をお願い。多分、自分の高慢な意志が世界に争いを生んだ事すら気づかない天才の真似をした愚かな女だと思う。だからこそ、こう言って欲しいの。”己の不遜で溺死しろ“こう言っておいてくれるかしら?」
ミダレは腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべ、太々しい態度で答える。
「分かったわ。アンタには大きな借りもあるから引き受けてあげる。ついでに2、3発殴るかも知れないけど、確かに伝えておくわ」
ユウキは深く溜息をついて「誰に似たのかしら」と漏らすと「自分の顔を鏡で見たら?」とミダレは不敵に笑いながら答える。
すると、ユウキの体が徐々に消えていく。
「どうやら、時間ね」
「もう、消えるのね」
「えぇ、地獄は神々の戦いでそこにいた亡者達を殲滅、救われし魂は神々により救われた。でも、わたしは当然だけど救われなかった」
ミダレはユウキを見つめる。
確かに彼女のしたことは許された事ではない。
”総意志”としての彼女の振る舞い1つで世界の命運を左右する立場にあったのだ。
その分、好き勝手に物事を進め、自分に有利な因果を引き寄せ、他世界を観測、有利な選択を選ぶ力も得ていた。
そして、人の意志が因果や物理法則に干渉すると彼女は知っていながら、自分の高慢と聖母願望を優先したが為に多くの者を不幸にした。
それはここにいるユウキだけではない……他の世界にまだいるであろう多くのユウキにも同じ事が言える。
その誰もがユウキと同じ志を持ち、同じ罪を持ち、同じ過ちを繰り返す。
世界を救ったとしてもそれすら破滅への布石にするのだ。
だが、人類を存続させようとしたのは本当だ。
ただ、その想いを叶えるにはユウキは弱過ぎただけなのだ。
自分の高慢にすら打ち勝てない女に世界は救えない。
だからこそ、この願いはユウキの意地なのだ。
せめて、言った事への責務を果たす彼女なりの責任なのだ。
そう言うところは相変わらずでミダレはそう言った考え方は嫌いではない。
そして、ユウキの体が徐々に消え、もう上半身しか残っていない。
「時間ね」
「そうみたいね。ほら、さっさと消滅しなさい。もう地獄の苦しみを味わう必要はないんだから」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
ユウキはまるで今までの苦肉から解かれたような安らかな微笑みを浮かべていた。
それにミダレも自然と笑みで返していた。
ミダレもユウキは最後まで皮肉を交えたような笑顔で互いに見送る。
この2人は元々、素直ではない。
だから、これで伝えたい事は十分伝えたのだ。
「じゃあね。ユウキ」
「ユウコよ」
「えぇ?」
「わたしの本当の名前は
ミダレはどこか嬉しそうに微笑み、それでいて皮肉一杯に答えた。
「今さら過ぎるわよ、バーカ」
ユウコは微笑した。
「そうね、わたしは馬鹿ね」
「でも、馬鹿なアンタは1つだけ救えた者があった。それは誇って良いわ。それを誇りにさっさと消えなさい」
ミダレは人差し指でユウコを指差し、ミダレは今まで見せたことも無い恥ずかしがる様に笑顔を見せる。
ユウコはミダレの思いがけない褒め言葉とも取れる言動と笑みに思わず、眉が動き口を開ける。
自分が本当の名前を打ち明けたように彼女も本当の自分をこの時、最初で最後に自分に見せたと思えた。
(お互い素直じゃないわね……)
その事に呆れていた。
でも、何故か自分達らしいと言えば、それが微笑ましくもあった。
ユウコも最後に微かに微笑んで返した。
「さようなら、
「さようなら、
2人の最後は素っ気なくそれでいて皮肉一杯に本来の名前を呼びあった。
だが、この2人はこれで通じ合い素直ではないからストレートに褒めても伝わらない。
だからこれで最大限、伝えたい事は伝え想いを馳せ、想いを残した。
こうして、世界は眩い光に包まれたと共に視界が真っ白になる。
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