女神の救済

「なんだ、医師マリナ」


「わたし達は何をすればいいの?」


「流石にわたしは24時間手術出来るほどタフじゃないの。だから、手術中はわたしの整理や生命維持を安定させる為に神術で補正して欲しいのよ。結構デリケートな手術だから私自身のコンディション維持に力を回せないから」




 2人はマリナが何をしたいか納得した。

 寧ろ、自分達に出来る事があってよかったと思えた。




「なら、始めるわよ。全員、私の後ろに……」




 ダビと天音そして、2人の天使がマリナの後ろに回る。

 マリナは一度深く深呼吸をする。

 自分のネクシレイターとしての官能が確かなものかどうか両手を何度も握ってみて確かめる。

 数回感触を確かめて「よし」と声を出す。




「それじゃ、術式開始!」




 こうして、手術が始まった。

 それから24時間、防音で出来た部屋にアリシアの叫び声が木霊する。

 猛烈な痛みがアリシアの体を蝕むように蹂躙する。

 猛烈な痛みで彼女は身を捩り、悶えていた。

 体を拘束しておいた事で手術には影響なかったが、体中から血管が浮き出ており、痛々しかった。

 暴れる度に概念で拘束された鎖が軋みを挙げ、床に刺さった杭が抜けそうにもなった。

 本来、そんな事はあり得ない。

 どれだけ力を出そうと”世界の理”同然で固定されたモノを力で押し退けるのは不可能に近い。


 予想外のアクシデントに鎖を維持していた天使達も汗を垂らしながら、必死で鎖を維持しようとしていたほどだ。

 その分、天使達による生命維持や生理維持で出来なくなり、マリナも大変だったが、そこはダビと天音が補った。

 皆の奮戦のおかげでアリシアの呪詛を取り除く事は出来た。

 24時間の奮戦でベッドはアリシアの汗で濡れていた。

 体力も奪われ、衰弱している。


 普通なら半日は起きられないのだが、彼女は10分くらい仮眠を取り再び立ち上がり、ダイレクトスーツを着込んでその上から新品の蒼い軍服を着込む。

 ダイレクトスーツを着るのはいつでも出撃出来るようにする為だ。

 他人に対する身だしなみに気を使い、襟等をしっかり整える。




「ダビ。全軍に知らせなさい。これより我が民の救出作戦を執り行う」




 アリシアは力強い眼差しで民の救出作戦を行う事を宣言する。

 その瞳は鋭くさっきまで無かったような力強さがあった。

 ダビは「承知しました」と右手を胸に当てお辞儀する。

 こうして、”オメガノア”前の最後の作戦が開始する事となった。




 ◇◇◇




 アリシアはその場で作戦を説明した。

 まず、”過越”を受けている人間が少ない地域の民から救出する事。

 そして、召喚した最寄りのポータルから民をアリシアは事前に作った空間に避難させると言うモノだった。


 サタンの影響が強く、民を1人1人その空間に入れる事が出来ず、天使達の協力無しには成し得ない。

 加えて、”過越”の少ない地域には優先的にヘルビーストが襲う可能性もあり、切迫している。

 今のところ、誰もヘルビーストの被害を受けていないが、それも時間の問題だ。

 アリシアはすぐさま天使達に指示を出す。




 ◇◇◇




 ある街


 都心からほど近いベッドタウンに天使達を降り立っていた。

 今は緊迫した状態という事で家での自粛が呼びかけられている。

 だが、エロヒムの民は何よりアリシアの言い付けを守ろうとする。

“過越”を受けた家庭はすぐさま身支度を整え、外に出て”過越”を受けていない親が受けた子を引き止めるが、子はそれを押し切り外に出る。

 天使達は”過越”を受けた者達の元に駆けていき、すぐに最寄りもポータルに向かうように促し、案内を始めた。


“過越”を受けた者にしか見えないが、ベッドタウンには多くの天使が行き交う。

 巡回中の軍や警察官に悟られぬように回り道をしながら、ポータルに案内する。

 彼等は大人しくそれに付き従う。

 天使達が警察や軍人を避けるのは仮に遭遇すると彼等に促され民が家に帰る可能性があるためだ。


 悪霊に付き従う者はなんの根拠も証もなく、ただの憶測と経験則から相対的に自分の意見こそ正しいと正義の味方を気取る。

 そうやって言葉巧みに騙す事に長けている。

 天使にとってはそれが人間と言う名の悪魔の特性だとよく知っている。


 この街だけで100人の民が存在する。

 その100人が終わるまで天使達の仕事は終わらない。

 だが、同時に危険も孕んでいる。

 ポータルに入ると言うことはその地帯から”過越”の加護を受けた者が減るという事だ。

 その分、人数が減るに連れ、ある懸念が生まれる。


 街の外れに空間の歪みを起きた事を天使達が勘付く。

 すると、突如空間が目で見て分かるほど歪み始め、そこから雪崩のようにヘルビーストが押し寄せる。

 民達は異形の怪物を見て慌てふためき、一斉に遠くへ逃げようとして、一気にパニック寸前になり、天使達も収拾がつかなかった。


 だが、すぐに頭上から1機のAPが着陸、スラスターの風圧が民達を煽る。

 それは彼等も知るネクシルタイプの機体だった。

 そのコックピットハッチが開き、1人の女性が現れ、構えていた左手の上に乗った。

 その姿を民が忘れるはずがない。

 自分達を導いたアリシア・アイ、その人だ。

 アリシアは凛とした眼差しで彼らに聞こえる声量で力強く、民に語りかける。




「聴きなさい!我が民達よ!慌ててはなりません!落ち着いて天使達と共に安息の地に逃れなさい。わたしがあなた達に付き従いあなた方の盾となり矛となろう。だから、迷わず安息の地に行くのです!」




 民達のアリシアの言葉に当てられ、落ち着きを取り戻した。

 アリシアの言葉には落ち着きがあり、説得力があった。

 諭された彼等は再び天使達の誘導に従い、ポータルを目指す。

 そして、アリシアは宣言した以上、必ず完遂する。

 完遂する為、自分を完全な戦闘マシンへと切り替え、昇華させる。


 アリシアは目的を果たす為なら一切の躊躇いを捨てる。

 自分を犠牲にして徹底的に尽くす。

 自分の体の事等、この場合、度外視にして、敵を殲滅にかかる狂戦士と化す。

 況して、今回頼れる友軍もなく、いつもの相棒もいない。


 あるのは己の鍛え上げた体と魂、技術……そして、疑似TSしか入っていない量産試作機ネクシル・レイだけだ。

 呪詛は取り除けたが、それでも影響は残っているようで強力な神術の使用は医師に止められている。

 今、使うと塞がった傷を抉る事になるらしい。

 流石に大きな決戦が起き得る中で神術を使う訳にもいかない。

 尤も、今の世界では神術の発動に大きな制約がかかっているが、目の前には無数の敵が迫っており、それが契約者を殺すなら神術を使う事も辞さないつもりだ。

 既に過越を受けていない契約者以外の人間を食い殺しにかかっている。

 アリシアは静かにそれを見つめる。

 助けたいと言う気持ちと哀れに思う気持ちはある。

 だが、だからこそ甘やかす訳にはいかない。

 これは彼等が選んだ道なのだ。


 ある者はSNSの秘匿性を利用して学校の同級生を差別して、悪い噂を立て、迫害した。

 俗に言うイジメだ。

 例え、子供であろうとアリシアは容赦しない。

 アリシアは子供が好きだが、高慢と悪逆を繰り返す子供はその限りではない。

 裁く時は対等に裁く。


 そして、ある者は職場の部下に暴言を吐き、パワーハラスメントを繰り返した者だ。

 自らの権力を誇示して、全て事を正当化、権力を傘に自らの欲望を満たした高慢な者をアリシアは酷く嫌う。

 例え、他の場所の良い顔をしても無駄だ。

 そのような者は高慢を出している時は和合と連合を砕き、平和の敵だからだ。


 また、「子供の為」と偽り、自分達の世間的や社会的地位を優先する者や世の中の財を保持する事を正当化する為に「子供の為」と称して子供の意向や特性をよく判断せず、「後継教育」を施す無知で、思慮深くない者もアリシアは嫌う。

 そう言った者は子供がテストで悪い点を取ってきた程度で”叱る”と称して自分の不平不満悪口を”怒り”のままに子供に当たり散らす。

 そんなモノはただの感情でなんの意味もない。


 大人が子供のように駄々を捏ねるように吠え猛る獅子のように怒るのは醜い事この上ない。

 そんな心の醜さをアリシアは憎む。


 忍耐が足りない者は平和を愛してなどいないと扱える。

 どれだけ「平和主義」「戦争反対」と言葉を並べようとその心の裏は争いを求めている。

 その言葉の責任は間違いなく彼等が負う。

 全ての人間が多かれ少なかれ、これらの事をしているのだから、誰もその責から逃れられない。

 だからこそ、彼等今、彼等の責任で彼等の望み通りヘルビーストに食べられている。

 これらの事は彼等の責任だ。


 アリシアは食い殺される1人1人を知っている。

 ネクシレイターを介して知っており、自分が直接会った者もいる。

 だが、彼等は自分達の警告を無視して、さっきの例えの様な悪の道から離れなかった。


 その惨状はまさに地獄絵図だ。

 いや、地獄と言える。

 完全な弱肉強食の世界……そこに人間の矮小な思想、価値観、意志など介在しない。


 そんな者を抱いた者から食い殺される。

 求められるのはただ、純粋な意志のみ……己の心を体を奮い立たせ、心を鋼にした者が勝つだけだ。

 簡単でシンプルだが、これが人には難しい。

 何故なら、高慢や正義、貪欲……それらを抱える者には到底生き抜けないからだ。

 忍耐して罪を背負い、節制した者が勝者となる。


 アリシアはそんな孤独な戦場に再び立った。

 この地獄の様な状態が皮肉にも彼女の気持ちをやる気にさせる。

 彼女の目は普段では決して見られないほど鋭く、重く……そして、澄んでいた。

 純粋な意志だけが瞳に宿る。

 彼女も目的はただ1つ。




 民の脱出が終わるまで戦い続ける。




 この戦場地獄はいつもとは、1つ違うところがあった。

 彼女は一度、目を瞑る。

 そこには確かに存在する。

 自分を信じて迷わず、ポータルを目指す彼等の姿。

 その心はアリシアの安否を気遣っていた。

 アリシアはその想いを糧として、いつになく力を湧き立たせ、自分の後ろには護るべき者達の命があると言うところが、いつもとは違った。

 アリシアは意志は励起、覚悟が滲み出る。

 アリシアは目を見開き、敵陣に向け、スラスターを噴かせ、迫る無数の獣達に鬼神が迫る。


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