聖母気取りの女の愚かさ

 インドネシア群島 戦域の端




 AIが演算した仮想戦闘区域と非戦闘区域の境界で戦いは起きていた。

 そこに丁度、ネクシレウスと上空から降りてきたネクシル・シュッツヘルが交戦中の”ウリエル・フテラ”と合流した。




「お待たせしました。これより加勢します」




 アリシアは明瞭快活な声で答えた。

 もうすぐ、福音が終わると思い、もうひと踏ん張りと言う気持ちが発露、高揚しているのが誰の目から見ても見て取れた。

 だが、ウィーダルは彼女の人となりを知っている故に確認したい事があった。




「連戦続きなのだろう?無理せず休んだらどうだ?」




 それに対してアリシアは軽く不敵に微笑んだ。




「そう、思うなら速く片付けましょうよ」


「うぬ、中々、皮肉が上手くなったではないか。ならば、そうするとしよう」




 ウィーダルは具申こそするが、最終的にはアリシアの決定に従う。

 仮に彼女の体調を思った事だとしてもアリシアが「やる」と言えば、それに従う。

 寧ろ、気遣うくらいなら速く敵を倒す方が良いと彼女は言っていると悟れる。

 その方が効率的と判断しての事なのだろう。




「それでだ。今はどう言う状況なんだ?ウリエル・フテラでも倒せない敵なんて、なんか訳があるんだろう?」




 正樹はタイミングを見計らって今置かれている状況の説明をウィーダルに求めた。

 正樹はウィーダルの指揮で動いている以上、自分が居なかった間の事を知っておきたかった。

 通信を交わしながら、ウィーダルは”ウリエル・フテラ”の戦闘機動を取りながら、敵の巨大兵器に前方左右の神光術式レーザーカノン”カテルキュシ”を撃って見せた。

 神光術式レーザーカノン”カテルキュシ”はシオン系のレーザー兵器の中でもかなり高い破壊力がある。

 APにも装備可能だが、やはり高威力化に伴い神術の変換効率を上げている影響で重量があり、APの機動性と運動性を損なうとしてAP部隊では誰も装備していない。


 そんな傾向があり現状戦闘特化型の”ウリエル・フテラ”にしか装備されていない。

 ただ、威力に関してはやはり高く神光術式レーザーカノン”カテルキュシ”1門だけで太陽系を終わらせるだけの総火力に匹敵するレーザーを出せる。

 それが2門装備されている。

 計算上、劣悪な条件下でもケルビムシリーズのバリアを局所的に穴に開けるだけの負荷をかける事が出来る。

 だが、巨大兵器に放たれた一撃はまるで力を失うように一気に減衰、そのまま敵のバリアに直撃、大した威力を出さず、バリアに防がれた。




「分かって貰えたかな?さっきからこんな感じだ」




 ウィーダルは現状を簡潔に伝えた。

 それを元にアリシアが意識を集中させるように目を瞑る。

 すると、簡単には分からなかったが、巨大兵器を中心に力場が形成されている事に気づいた。

 更に深く入り込むとその内部に何があるかも分かってきた。




「なるほど、ルーの報告は強ち間違いでは無かったと言う事ですか?」


「えっ?」




 主の意図が読めない言葉にルーは一瞬、困惑した。

 アリシアは訂正を入れる。




「違うよ。ルーは悪くない。ただ、敵側にネクシレイター気配を感じると言ったでしょう。その意味が分かっただけだよ」


「ふむ、何かわかったのか?」




 ウィーダルは今、最も必要と思われる情報を求めた。




「そうですね。あれば、いわば擬似ネクシレイターとでも言えば良いんですかね?」




 すると、まるでこちらを盗聴し話すタイミングを計っていたかのようにオープンチャンネルから聞き覚えるある声が聞こえた。




「そうね、流石と言うべきかしら?」


「どうやら、こちらの通信を傍受するくらいの技術はあるようですね。ユウキ博士」




 相手側の声は忘れもしない。

 ……契約者を介して会った経験は彼女も共有している。

 基本どうな並行世界の同一人物でも生い立ちにより、食べ物の好みなどに多少の差異はあれど、本質的なところは同じなのだ。

 だから、ユウキに会うのは実質2度目とも言え、3度目とも言え、それ以上でもある。




「随分、余裕ですね。わざわざ、通信を入れるなんて、勝利宣言でもするつもり?」


「勝利と敗北の境界は神が決めるんじゃないわ」


「確かに今の時代はそうなんでしょうね。でも、あなたが受け取るのは敗北よ」


「それは失敗した出来損ないのわたしの事かしら?残念ね。わたしはそんな欠陥品とは違うわ」




 だが、アリシアはそれを聴いてまるで可笑しな者を見たかのように「ふふふ」と笑った。

 ユウキはその態度に怪訝な態度を取り、眉を顰める。




「何が可笑しいの?」


「あなたは変わったと言いながら何も変わっていない。よもや、勝つ気がないのに勝った気でいる。その事を少し可笑しいだけです」


「なんですって?」




 ユウキは不愉快な者でも見たように顔が険しくなる。




「あなたは勝利したい割に勝利にする為の証を何も示していない。その為に努力すらしていない。ただ、自分の研究を愛してやりたい事をやってそれを努力と偽り正当化しているだけよ」




 ユウキは激昂こそしなかったが勘に触る言い方をされ、殊更、不機嫌になり顔が無表情になっていく。



 

「そんな高慢を抱えている者は必ず隙を突かれる。どれだけ知能が高かろうと知能の高さを誇り奢る者はそれに囚われる。人間相手ならそれで良いかも知れないけど、神わたし相手にはあなたは操り易い道化でしかない」




 アリシアは辛辣に事実を述べた。

 実際、そうだ。

 高慢なモノはどれだけ理性を働かせてもそれに囚われる。

 ”利益””物欲””貪欲”それらに囚われ、それらを目の前にぶら下げれば、簡単に騙されてしまう道化だ。

 ユウキの場合になら人類存続のファクターに成り得る有益な情報を因果律を操作して流し、思考を読まれないようにダミーの情報を送りつつここにいるユウキが他世界のユウキを因果的に観測していると分かっているので、その因果律を含め、偽装して尤もらしい話を撒いておけば……まず、騙せる。


 多少、不審に思っても高慢で貪欲なので最終的に利益に目線が行く。

 ”高慢”=”理性の欠如”なので餌を落とせば、獣のように理性無しで喰らう……それがユウキ博士の限界だ。

 その事実はどこかユウキの心に突き刺さり、耳に雷が奔るような不快感を抱かせる。




「そもそも、あなたが勝利宣言なんてモノをしなければ、わたしに時間的猶予を与える事も無かった」




 その時、ユウキは目を見開く。

 彼女の戦闘スタイルを分析していたはずなのに今の今まで完全に失認していた。

 そこがユウキの弱点になるとアリシアは知っていた。

 ユウキはアリシアがこう言う時、確実に罠を敷くと思い出した。

 すると、”アマテラス弐型”の下方部から爆発が起きる。

 アリシアが設置した移動式神火炎術ルーン機雷による爆破だ。

 爆発は立て続けに起き、下方部に直撃する。

 だが、バリアを破る事が出来ず爆風により、アマテラスが後方に下がっただけだった。




「なんだ、大口叩いた割にこの程度?」




 ユウキは一瞬、冷や汗を滲ませたが、アリシアの取るに足りない攻撃に彼女を不敵な笑みを浮かべて嘲笑した。

 だが、アリシアはユウキの煽りには乗らず、ただ黙って「戦闘開始」と部下に告げ通信を切断した。

 ユウキは再度、通信を傍受しようとしたが、アリシアには傍受できたカラクリを気づかれたようで通信のアルゴリズムの変更されており、傍受出来なかった。

 ユウキは後々、少し冷静になった事でさっきのアリシアの行動に薄々、勘付いた。




(彼女は何かを狙って水中機雷を爆破させた?……あの行為には必ず意味がある……でも、一体なに?)




 だが、彼女はその意味をまるで見出せなかった。

 やった事と言えば、「アマテラスに無意味な攻撃をしただけ」としか彼女は見出せなかった。

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