ファイナルラストカード(本当の最後の福音)
「このように……彼、ロア・ムーイ……元の名はガイアフォースから脱走したツーベルト・マキシモフはわたしがファザー騙されていると諭しても受け入れませんでした。彼は自分の犯した罪をわたしが濡れ衣を着せたと思い込み、ファザーに傾倒しています。それにファザーとの関係を彼は否定していない。そして、決定的なのが、この後です」
そう言ってアリシアは続きを再生した。
そこには倒れたネクシル ヴァイカフリが倒れていた。
だが、次の瞬間、機体が呻りを上げ、変形、ルビの様な赤紫の装甲に竜を彷彿とさせる翼に竜を思わせる頭部に変わり、その額には金の杯のエンブレムが刻まれている。
視聴者達はその異形な姿に呆気に取られる。
「この後が注目すべき点です」
すると、紅い機体と蒼い機体の戦闘が始まった。
両者ともあまりの戦闘の速さに目では追いつけない。
「蒼い機体がわたしです。わたしは高速移動で紅い機体を追っている形です。何故、追っているのかはスローで確認すれば分かります」
アリシアはスロー再生を始めた。
蒼い機体はゆっくりと動いているのに対して、紅い機体はその場から動いていない。
だが、次の瞬間紅い機体はその場から消え、別の地点に現れた。
軍事企業の関係者はこの事実に驚く。
一体どんな理屈で成り立つのか頭が追いつかない。
アリシアが加速の延長として高速戦闘をしているのは分かる。
それが出来るだけある種超人ではあった。
だが、紅い機体の動きは変だ。
移動していないにもかかわらず移動している。
これではまるで……
「瞬間移動ですよ」
アリシアは答えを明示した。
その事に会場の人間は瞠目し畏怖して、顔が強張っている。
「これは空間転移を応用した瞬間移動戦術です」
強張って事実を呑み込まずにいる者達に2度重要な文章を強調して、辺りで騒めきが生まれる。
言うまでも無いが瞬間転移戦術など兵器会社の誰も実現していない。
今の言葉はまさに寝耳に水の様な言葉だった。
それが既に実用化されているとなれば震撼せざるを得ない。
アリシアは更に叩きかける様に言葉を繋げる。
「さて、ここで整理をしましょう。先の会話でロアはファザーとの関係を否定せず、諭しても受け入れませんでした。これは彼がファザーの計画に賛同していると言う証です。ここでGG隊の量子コンピューターがシミュレートした結果をご覧下さい」
そこにはファザーが事前に示した作戦指示「アセアンを壊滅させよ」と言う指示があった。
今までの作戦行動のデータを累積した結果が出でいた。
結果は1年以内に地球人口が0という悲惨な結果だった。
「この結果を疑うならそのデータを基に自社のコンピューターにでも演算させてくれて構いません。ですが、結論だけを申します。ロア・ムーイはファザーの考えに傾倒しており、それを肯定している。それに加え、空間転移戦術を用いる。これはファザーの計画に従わない者に向けられる刃です。その刃は当然、あなた達にも向けられる。既に彼等は何度も計画を阻もうとした我々を攻撃して来た。その結果、何度も暗殺を実行され、衛星攻撃も仕掛けられました。彼等は自分達の計画を止める気がないと見えます……その上で問います-----死にたいですか?」
その迫真に迫るような言葉に皆が息を呑む。
当然、普通は死にたくはないだろう。
戦争賛成ではあるが、自分が死んでは元も子もない。
しかも、AIの演算もあながち嘘とも言えない精確さがある。
彼等は欲深い。
自分の富や権威をより求めたがる。
だが、何よりもその地位が自分達から離れる事を何よりも恐れている。
失わない為に最善の策を取りたがる。
その場合の選択肢は大きく2つだ。
ここからアリシアによる選別が行われる。
「今からあなた方にこちらで確認した”ファザーファミリー2の主要メンバーのリストを与えます。このわたしに付き従うならその者達の事を警戒しておく事です」
アリシアはリストのデータを全員に配布した。
そこには宇喜多・元成やユウキ・ユズ・ココ、ツーベルト ・キシモフ、間藤・ダレ、天空寺・真音土……その他メンバーの名が刻まれていた。
(さて、これで本当に最後のカードは配った。この対応次第で人類がどうなるか決まるね……)
アリシアにとってこの行為は人類に残された最後の通告だった。
本来はほぼ全ての世界中の人間に福音を伝え徹底的に取り零しが起こらない状態を作った上に必要ないとも言える念押しをして、3均衡に世界の命運を判断させた事で人類の未来がほぼ決定していたも同然だったが、自分がエレバンの当主となり、人類の”総意志”である人の上に立つ者となった事で一度考えを改めたのだ。
アリシアが本当に最後の通告として、しかも3均衡に出した条件よりも内容を緩くして人類の意志決定を推し量っていた。
この通告で現れる選択肢は2つ。
サタンに着くかアリシアに着くかだ。
無論、聖書の概念拘束通りに働くなら例え、ネクシレイターが因果干渉してもアリシアに付き従う者は多くは現れない。
だが、1人がアリシアに味方するだけで数百万の人間を救える。
アリシアが救いを伝えた今なら聖書の影響は受けない。
この会場にいる者はアリシアの言葉を聞いた時点で無意識にアリシアが神である事とその責の重大さを自覚する。
無論、今が運命変更可能な分岐点である事も知る。
つまり、これが神の通告である事を彼等は知っている。
例え、これを聞いたのが赤子であっても赤子ですら神の存在を認識する様に設計されている。
赤子ですら生き残る事を望む者はアリシアの元に現れる様に聖書の概念拘束で定義されている。
本気で救われたい人は手をクロスして組み「助けて下さい、助けて下さい!」と自分の身を低くして謙り、懇願する様な想いを抱く。
そう言う者には世界が終わる前に優先的に救いが知らされるが、チャンスが来ても固執を持って拒めば、救いは別の者に渡る様な定義だ。
神の立場としては固執がなく高慢もない平和を望む因子を持った者を集め易い上、そのような人材を集めたい。
聖書も一部機能が不全だが、この機能は健全な事は確認済みだ。
子供であろうと大人であろうとこの判決に言い訳は出来ない。
この通告はそれ程重要な意味を持っていた。
「皆さん。中々、重い事実を突きつけられてお疲れでしょう。今日は帰ってくれて大丈夫です。ですが、事は重大です。48時間の猶予を与えます。この事実を知った上で今後もエレバンに協力してくれるなら記載されたメールアドレスにお知らせ下さい。皆さん、どうぞお帰り下さって結構です。重要な判断の前です。十分休む事をお勧めします。僭越ながら外までお見送りさても貰いましょう」
こうしてアリシアはお客を誘導して、最後の1人になるまで笑顔で見送った。
◇◇◇
客人達が立ち去った後、ラインアイに仕えるメイドと共に片付けを行った。
そこにメイドのメイド長が一緒に片付けをするアリシアに声をかけた。
「当主様。何故、あなたのような方が召使いの様に働くのですか?当主様は当主なのですから当主に相応しい振る舞いをして下さい」
それにアリシアは凛とした澄んだ声で面戸長の正眼を据え、メイド長マルタに答えた。
「なんで、その様な事を言うのですか?わたしは当主らしい振る舞いをしているはずです」
マルタは訳が分からなかった。
長年、リカルドやキャサリンを見てきた彼女にとってアリシアの行動、思考が分からない。
明らかに2人とは違った。
そんなアリシアはメイド長の事を遮る様に話を切り替えた。
「ところであなたの方は大丈夫なんのですか?」
アリシアは真っ直ぐとした目でメイド長を見つめる。
あまりの目力にメイド長はたじろぐ。
「な、何がです?」
「お孫さんが不治の病に苦しんでいるはずですよね。そんな心理状況ではわたしの行いが正常に見えないのも頷けます」
マルタの背筋に衝撃が奔った。
誰にも話していないはずなのに彼女は完全に見切っていた。
リカルドにすら気づかれた事はない。
一体この人は何者なのかとマルタは訝しく思った。
「行きましょうか……」
アリシアはマルタに唐突にどこかに行くことを促した。
「行くってどこにですか?」
「あなたのお孫さんの病気を治しにです。このままではあなたは正常な判断が出来ないでしょう?」
アリシアは否応なしにメイド長を連れて行き、軽く準備を整えると屋敷の外に止めてあった電動バイク”エミール”の傍に行く。
マルタにヘルメットを渡し、アリシアは着込んだレーザースーツのファスナーを閉める。
エミールに跨り、後ろにいるメイド長に振り向く。
「早く乗って下さい。飛ばしますから」
しかし、マルタはすぐには乗ろうとはしなかった。
「わたしの孫は不治の病です。治療は確立していません。元当主様からは十分な給金を貰い、今まで命を繋いで来ましたが、それももう叶わないでしょう」
「あなたはわたしがどう言う存在かバビ解体戦争時、祖父から聞いた筈です。それでもわたしが信じられないと?」
「そ、それは……」
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