第100代目当主
数日後
リカルド・ラインアイから新当主となる者の就任式に招待された多くのエレバン関係者がそこに連ねる。
特に軍事企業の関係者が多い。
エレバンが戦争をコントロールしている以上、武器とも多く関わる。
その他、兵員や発生する軍事サービス等も決まる。
その大半はエレバンの本来の使命よりも金や権力に固執する者もいる。
差し詰め、金が経済の血液だから金を回すのが正義だと行いを正当化する俗物が多いだろう。
彼等は今後の経済について話し合っていた。
何せ、新当主の方針一つで世界の戦争事情が大きく変わるのだ。
エシュロンファザーの立てた作戦を基に支援者からの資金を管理、独自の技術開発や戦争の根回しをして、社会的な情報統制など戦争の方針を決めるのが代表となるのだ。
その代表は代々、複数の家系の世襲制だったが、その裁定は厳しくかなり有能な人材しかなれない。
各家系では当主になる資格ある者に本来の名を証される。
家系に連ねる者でも自分の本来の姓を知らぬまま一緒を終える者もいる。
ラインアイ家の場合はアイの姓を名乗り当主になる者がラインアイの名を世襲する。
今回はラインアイ家から立て続けに世襲する者が現れたらしい。
ラインアイ家には次の当主がいないと囁かれていたが数日前突然、当主を出すとリカルド・ラインアイから通達が来た。
しかも、その当主候補者の能力値はファザーが作り上げた問題に全て的確に答え、全問正解して見せる程の者だった。
前当主ですらそこまでの能力値は無かった事からその秀才ぷりは顕著だ。
皆が今か今かとその時を待つ。
すると、部屋の扉が開き1人の女性が姿を現した。
その姿を見て一部の者が驚く。
その者はある意味この場に相応しくない出で立ちをしているからだ。
その身は蒼い礼服に身を包み背筋を伸ばし、堂々と歩く姿のこの場にいる誰よりも力強い。
彼女は当主の座る席に何事も無かったかのように座った。
そして、宣言した。
「わたしが第100代目当主 アリシア・ラインアイです」
皆が騒然とする。
当主になる者のあまりの若さと彼女がこの場にいる事の驚きだ。
「ちょっと君、一体何の冗談だい?」
1人の男が彼女に話しかけてきた。
アリシアは彼を見つめる。
「君の様な子。わたしの一族で見た事がない。ラインアイの名前を語らないで貰おうか!?」
「嘘は語っていません。わたしはキャサリン・アイの娘です。ラインアイの姓を名乗る資格はあると思いますが?」
「馬鹿な……姉さんは死んだはず……」
「生きていますよ。それにDNA鑑定でもわたしがラインアイの血筋である事は間違いありませんよ。そう言う事です。叔父さん」
アリシアは優しく彼に微笑み返した。
彼のその淑徳と慈愛に満ちたあまりに美しい顔に思わず、息を呑んだ。
「……一応、当主の証を見せて貰おうか?」
「あぁ、この特注の十字架でしたか?」
アリシアは左手から紐に付けられた十字架のネックレスを取り出した。
叔父は専用の機械を懐から取り出した。
「では、失礼して」
叔父はアリシアに近づきネックレスを確認、機械でスキャンした。
ネックレスのデザインや埋め込まれたIDを確認して、それが本物である事を確認した。
「うん。たしかに本物の様だな」
「ご確認頂けましたか?」
「俄かには信じられないがな……」
「では、これはもう必要ありませんね」
そう言ってアリシアは左手の握力で十字架をへし折った。
周りは騒然とした。
彼女は自らの手で当主の証をへし折った。
それは当主の責務を放棄する宣言とも取れる暴挙に等しかった。
だが、これがアリシアの今後の方針そのものだった。
「な、何をしているんだ!君は!」
「穢れた偶像を壊しただけですが?」
「何を言っている十字架は神聖な……」
「神を処刑した処刑道具を神聖と言いません」
アリシアは握り潰した十字架を後ろに放り、投げ捨てた。
十字架を神聖化したのは、AD325年のローマ帝国主催のニカイア公会議が始まりとされる。
ただ、それはローマ皇帝の意思統一のツールとされ、更にそれを通して、人類を堕落させ、“悔いる”事から遠ざけ、SWN粒子を増産化させる為の計画に過ぎない。
本来、ただの処刑道具で神聖なモノでもなんでもない。
人間が勝手に神聖化しただけに過ぎず、そのように思い込んでいるだけだ。
そもそも、十字架を神聖化する要因とされる聖人の死だが、普通の常識的な良心で考えれば、自分の父親もしくは兄を殺した処刑道具を見て、それを神聖化する様な精神が常人の精神だろうか?
常人の精神では無い者達が徒党を組んで組織を運営すれば、そんなモノは異常に決まっているのだ。
“異端審問”=教会と考えるだろうが、それは人間が勝手に造ったルールであり、真っ当な人間はそんな事を考えない。
また、教会=聖女=十字架を持って、エクソシストの真似をしている聖職者と思っているだろうが、そんな聖職者が仮に現代でそれを行えば、真っ先にアリシアに殺される。
昔なら、ともかく、第4の時代で十字架を持ち歩き、壊さず、保持すれば、アリシアが密かに抹殺するのだ……何故なら、それは偽神王ミトラの文化であり、SWN粒子の増産行為であり、ラグナロク星間国家のルールに比準しても、明確なテロ行為であり、その行動で教徒が“英雄”等に魂を殺されるリスクが増大化するので、冗談では済まされないからだ。
だからこそ、この場でアリシアが十字架を破壊する行為に意味があり、“認識”を孕み、それが潜在的な最期通告となる。
そもそも、アリシアと言う女神は”偶像”が嫌いだ。
この場の一堂は投げ捨てられた十字架に目を惹かれるが、アリシアはそんな事には歯牙にもかけず、高らかに宣言した。
「このわたし!アリシア・ラインアイは現時点をも以て、ファザーの開示した作戦に一切従わない事を宣言する!」
辺りに動揺が奔る。
全体にとってあまりに予想外だった。
戦争を肯定していた組織のトップがまるで逆方向に向かう様に政策を変更したのだ。
会場にいる者にとって、あまりに予想外な展開だった。
「これは一体どういう事だ!」「なぜ、戦いを放棄する!」という罵声混じりの意見が飛び交う。
アリシアは立てあがり右腕を広げ、静粛するように促し努めて冷静に対応する。
「我々、エレバンの目的は人類の全滅を避ける事です。その為にファザーに作戦を委託していました。ですが、ファザーには異常とも言える判断欠陥がある事が判明しました。このままファザーの作戦を継続すれば皆さんを含めた全人類が死滅すると言う結果が出ました」
アリシアのその宣言にまた辺りが騒然とする。
「全滅だと……」
「馬鹿な。ありえん。ファザーは人類を存続させるAIだ。何故それが人類を殲滅する様な事を……」
「それについては先に述べた思考欠陥に起因します。結論から申しますとファザーは今の人類を殲滅してその後で採取した遺伝子から人間を複製する様です」
この言葉を聞いて何人かが意図を察し目は見開き、驚愕した。
「ま、まさか……」
「そんな解釈があって良いのか!」
「思考欠陥と申しました。つまり、人類を一度死滅させてもファザーが復活させれば、人類の存続はたしかに果たされる。当然、わたしを含めて今の皆さんは死ぬことになります」
無論、嘘は言っていない。
ファザーはサタンもしくはサタンに近い何かなら、今の世界を破壊して、新たな世界で人類を家畜がするのだから、言っているニュアンスは間違いない。
アリシアはあくまで彼等に伝わる様に話しているだけだ。
「証拠はわたしの持つ量子コンピューターの演算結果を後で開示します。ですが、今は重大な問題をもう1つ知らせねばなりません」
「なんだ?まだ何かあるのか!」
「えぇ、既にファザーは人間の味方をつけています。恐らく、この会話も彼等には盗聴されているでしょう。ですが、敢えて言わせてもらいます。その者達はファザーによる人類殲滅後に世界の王として人間を支配する事を確約された者達です」
辺りの騒めきが更に高まる中でアリシアは淡々と話を続ける。
「わたしの事を知っている者いると思いますが、わたしはGG隊の長でもあります。わたしは結成当時からファザーの思考欠陥を見抜き、エレバンと敵対する様な真似をしてきました。今まで敵対していたのはわたしがラインアイの一族に連ねる者とは知らなかったからです。その事はごめんなさい」
アリシアはこれまでの遺恨を残さない様に先に謝罪を入れる。
知らなかったとは言え、エレバンに敵対していたのだから、それに遺恨を残さないように謝罪を入れておいた。
それでも遺恨は残るだろうが謝罪しないよりは幾分か良い。
それに彼らにはこれから重要は決断をして貰うだ。
自分の態度や謝罪で少しでも受け入れ易くなるなら、それに越した事はないのだ。
「わたしが思考欠陥の調査をする過程でエレバンの特にファザーと契約した者達呼称として”ファザーファミリー”とでも名付けましょう。”ファザーファミリー”の妨害を受けました。彼等は人類を殲滅する為にわたしに敵対してきました。無論、わたしは彼等と交渉もしました。あなたはファザーに操られていると言う趣旨を伝えもしました。その映像がこちらです」
すると、アリシアは第2次宇宙軍侵攻戦役の際のロアとの会話と映像を再生した。
「まだ、自分を正義と思っているの?自身の正義を絶対視する者は破滅しますよ」
「それを貴様が言うのか!お前だって自らのエゴと独善で世界の在り方を左右しているだろう!」
「あなたは正義という偶像に惑わされているだけ、ファザーに騙されているだけ。そうやって現実から目を背けるあなたに正義があるの?良いように扱われ、良いように利用されて自分の過去を認めず、正当化しているあなたに正義を語る資格があるのか?」
「黙れ……」
「あなたは結局、自分の正義に酔いしれているだけだ。明日を誇り問題を先送りにして現在を守っているだけ。悔い改めなさいと言ったはずなのに自分の行いを一切、顧みない。そうやって人を助ける正義の味方を演じて貪欲を満たす為に正当化しているだけの愚かな弱者。それがツーベルト マキシモフという人間の本性です」
「黙れよ!」
アリシアは一度動画を静止して解説を続ける。
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