かつての主従
アリシア自宅 道場 模擬戦の翌日
シオンにいる混成隊とリテラ達との模擬戦を繰り返しながら、ネクストを最適化を行う合間にアリシアは子供達と自宅に併設した道場で遊んでいた。
約束通り武術の基本的な事を教えていた。
最初はゲームと称して鬼に見立てたロボットを使った鬼ごっこをしていた。
アリシアは戦術として移動用の罠を使う事にも長けている。
両手のコントローラを駆使しながら本気で子供達を追い詰め回した。
手加減をしていたが、子供達の脚が速くなるに連れ、挟み撃ちや急加速による切迫感等で意地悪をしてみた。
だが、子供の思いがけない行動を目の当たりにしてアリシアもいつかし本気で追い回し遊んでいた。
特にユリアに至っては小型のタイヤで動くロボットの床とタイヤとの隙間に脚を突っ込み、ロボットアームの手でタッチしようとするロボットの手を巧みに躱し、仲間を逃亡させてから離れるなど子供とは思えない大胆さに驚嘆したほどだ。
彼等の脚が徐々に速くなるに連れ、脚に重りを付け、走らせた事もあったが、彼等はそれを苦とも思わず、力一杯走り回る。
その甲斐あってその歳で同い年の子供よりも脚が速くなっていた。
そして、アリシアは彼等と約束をしていた。
アリシアの出す課題をちゃんと熟せたら自分の知る武術を教えてあげる。
いわば、ご褒美だ。
彼等に戦う力を与える訳にはいかないが、護身術くらい教えても損は無い。
それに彼等はただでさえ、大人から酷い目に遭っている。
彼等からしたらシオンやGG団体にいる大人以外は全員敵と言う価値観がある以上、武術を習う基準が高い。
周知として「子供でも大人を倒す」くらいの事を期待している。
ここで焦らすように護身術を教えても彼等にはストレスしかない。
だから、アリシアは考えた。
殺すより相手を無力化させ、かつ歯応えがあり、彼等が満足する基本的でアリシアが教えられる技。
「じゃあ、今日は約束通り実戦的で強い技を教えるね」
護身術も立派な実戦的技だが、今の彼等に護身術と伝えても生温く感じてやる気を出さない為、実戦的と言い含める。
「今日わたしが教えるのは”骨砕き“と言う技だよ」
「「骨砕き?」」
「実際見せた方が早いかな。ギザスさん」
すると、後方に下がっていたギザスがアリシアに横に布がかかった台車と共につけた。
「頼まれた物はこちらに……」
ギザスは台車の布を外した。
その中には赤レンガがあり、その中の1つを取りアリシアに差し出す。
「御苦労様。下がって良いです」
「いえ、わたしも見学させてもらいます」
「あら、なぜ?」
「わたしも”骨砕き”と言う技を見てみたいのです。わたしが知る限り、あなたが”骨砕き”を教えるのは初めてのはず……ならばわたしもその特別な技を学びたいのです」
アリシアとギザスは打ち合わせ通りに台詞を吐いた。
実際、この技を誰かに教えた事は無いのだが……だからこそ、子供達にこれから「特別で強い技を教わる」と思い込ませる事で彼等の不安を払拭する計らいだ。
その為にギザスにはこの技が恰も特別なように演技をして貰った。
子供達の反応は良く、食い入る様にアリシアを見つめる。
「えーと、じゃあ実演するね」
アリシアは用意していた新聞紙の上にレンガを置いた。
「”骨砕き”は、物体の弱い箇所を見極め、弱い箇所を砕いて、新たに出来た弱い箇所を見極め続け様に砕いていく技だ」
アリシアはそう言ってレンガに親指を押し当てた。
目を閉じ、深く呼吸を整える。
そして、力強く目を見開き、親指に力を込め、小刻みに動かす。
すると、レンガに亀裂が入り、まるでチーズが裂けるように割れた。
子供達は「凄い!」と感嘆の声を漏らす。
その目は憧れと羨望の眼差しでアリシアを目を輝かせ見つめる。
誰もが憧れ、焦がれるこの技を会得しようと熱情を燃やす。
「今のは力一杯は加えてないよ。ちゃんと見切ればあなた達でも簡単に壊せる」
ギザスは子供達の前にレンガを並べた。
「じゃあ、やってみようか」
その後、アリシアは子供達に”骨砕き”を教えた。
子供達に寄り添いながら一緒に手を重ねながら、レンガを砕いていく。
子供達は苦闘しながら、必死でレンガと目を合わせ、食い入るように見つめる。
次第に集中し過ぎて疲れて眠ってしまうまでアリシアは彼等に付き添った。
すると、ギザスとアリシアは道場の入り口で立って、手を振っている女性に気づいた。
レベッカ・ヨークだ。
アリシアが出向こうとしたが、ギザスは「わたしが行きます」と言い、アリシアに子供達の面倒を見させる。
アリシアも要件次第で動くと判断して一旦、ギザスに向かわせた。
ギザスとレベッカが対面するとレベッカはギザスを仰ぐように見つめる。
まるで懐古に浸るように感慨に耽っていた。
「お久しぶりですね。ギザスさん」
「ご無沙汰しています。レベッカ様」
ギザスはアリシア以外には早々、見せない慇懃な態度でレベッカに接する。
無理もない。
かつて、先先代イギリス女王陛下の近衛隊長だったギザスと子供だったレベッカはまるで親子のように遊んでいた間柄だったのだから……。
「元気そうですね」
「生きている程度には元気です」
「あら、それだけ充実しているのかしら?」
「そうとも言います。ところで今日はどのような?」
「そうですね。アリシアさんに領主関連の書類のサインを頂きたいと思ったのとGG団体会長への顔見せですかね?」
レベッカは既にGG団体に所属している。
バビから派遣された宣教師に導かれる形で所属する事になったのだ。
「GG団体のサーバーであなたの名前を見た時、驚いたわ。あなたはもう死んだのではないかと思っていたから」
「あの後、色んな戦場を渡り歩いて死に場所を求めたが結局、ここに行き着きました」
レベッカはまるで哀れむように潤ませた瞳でギザスに訴えかける。
そう言う目で見つめられるとどうにも無視できない否応無い雰囲気に押されてしまうのか、ギザスは自分の事をつい喋ってしまった。
それに対して、レベットが応える。
「やはり、兄のせい?」
「えぇ、まぁ……」
「そう……そうよね。それが正しかったわ。あなたは優しいから気にかけ過ぎてしまうところもあった。わたしが気にしてもいないのにわたしに悪い言葉を発したと思ってわざわざ、頭を下げて謝ったり、あなたはそう言う誠実で思いやりのある良い人です。だから、思い詰めてしまう。だから、寛大で粗暴そうに振る舞うところもあった。だから、あなたがわたし達の元から離れた事は責めたりしない。寧ろ、こうして戻って来た事が、わたしは嬉しい」
レベッカは徐にギザスの両手を力強く握る。
潤んだ瞳には迫真が混ざり、ギザスに迫るモノを感じさせ、思わず息を呑む。
レベッカが心からギザスを心配していたのは心の底からよく伝わる。
それが眩しすぎて、直視し切れず、思わず、何度も目を逸らした。
(全く、本当に女王陛下に似て来たな……)
ギザスの彼女の面影にかつての主人が重なる。
女王陛下も何か、切実に頼む時はこんな目をしていた。
どうもそれを聴くと命令云々、以前に頼みを聴きたくなってしまう不思議な力があったのが、懐古感傷として心に沁みるモノを感じさせる。
「ねぇ……これだけは聴かせて。あなたは幸せなの?」
そのように聴かれたからには素直に答えねばならないとギザスは心に固く決めた。
それがかつての主人の最後の願いのように思えた。
「幸せです。良い主に巡り会えた。それに娘もできた。少し気弱で人見知りですが、わたしに似たところもある良い娘だ」
ギザスの顔が微笑んだように見えた。
彼がこんな顔をするのは珍しい。
きっと、本当に良い人達に巡り会えたのだとレベッカも確信できた。
「そうですか。ならば、良いです。書類はこちらになるので期限内に郵送してくれれば、良いと伝えて下さい」
そう言い残しリベッカはその場を後にする。
去り際に彼女はこんな事を呟いた。
もう、悩まないでね
そう言い残し彼女は去っていた。
その背中は肩の荷が降りたように軽い足取りになっているように思えた。
きっと、「最後の言葉はもう悩んで大切な人の側から離れず、良い主人がいるなら彼女を頼って」と言っているように感じられた。
ギザスは彼女に向かってこう言った。
「仰せのとおりに、我が愛しのラスト・プリンセス」
それが彼なりのかつての主人達への最後の忠義の現れだった。
レベッカもそれが聞こえたのか、こちらを一瞬、振り返り微笑んだように見えた。
◇◇◇
それから何事もなく道場に戻り、”骨砕き”を練習したが結局、誰もレンガを割る事は出来なかった。
アリシアとギザスはその後、散らかったレンガを片付け、子供達を背負いながら部屋で寝かせた。
その後、アリシアはギザスと別れ、寝室に向かう。
「流石にちょっと疲れたな。今日はゆっくり寝よう」
子供と遊ぶと疲れると言うのをある意味、実感する日だった。
子供達の無限の如き元気さに押されてばかりで疲れてしまう。
子育てとは、大変だと実感した。
合間を縫って教えていたアリシアも疲れが溜まり、深く熟睡した。
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