条件次第
『待っていました』
オープンチャンネルで女性の声で呼びかけがあった。
とても落ち着いた声をしているが人間の声ではない。
「あなたは?」
『ここのメインコンピュータ“月光”です。わたしは戦争根絶を遂行する事を目的に作られたシステムです』
「戦争根絶ですって?」
『その計画の為にぜひ、あなた方2人をスカウトしたいと思っています』
なんと、いきなり急転直下で敵からスカウトを受けてしまった。
どうやら、アリシアの勘は正しかったらしくこの”月光”は2人を招き入れる為にわざと抵抗しなかったようだ。
意図は分からないが、アリシアは逆にチャンスだと感じた。
(何故と言う疑問はあるけど……これはチャンスかな?ここを破壊しても仮にバックアップなんかを残されていると再び侵攻される可能性もある。杞憂かも知れないけど、動機を知っているいないでその場合、大きな差が生まれる。ここは慎重に聞き出した方が良いかな……)
千鶴にはメッセージを送り「わたしに任せて」と送ると「了解」と言う返事を貰った。
「スカウトの是非を答える前にあなたの今回の侵攻の動機を教えて下さい。動機が不明瞭なままではスカウトに乗るか乗らないか判断材料に欠けます」
月光は黙り込んだ。
恐らく、考えて熟考している。
それから2秒しない内に答えを開示した。
『それはわたしの開発コンセプトに由来しますが宜しいですか?』
「良いですよ」
『では、まずわたしは大戦を早期解決する為に作られてAIです。その目的は大戦を終わらせる事、強いては戦争根絶です』
月光は事の詳細を教えてくれた。
月光が開発者から指示された内容は1つ、”大戦を終わらせる事”だ。
その為に開発者は月光に様々なハードウェアを装備した。
その中の1つがオラシオ・ボルドスキーがルシファーの技術を応用して作った”量子観測レンズ”と言う技術だった。
このシステムは不安定で作動の確実性はなかったが、月光の兵器開発能力が向上すれば将来的に高精度なモノとなり、月光の性能を高めると言う期待を込めて搭載されたシステムだった。
それから月光は世界の大戦を終わらせる為に何度もシュミレートを繰り返し、何度もネットから情報を検索、それに対して最適な兵器を中国の為に量産、配備した。
ただ、大戦が終わり極秘だったこの基地も統合政府発足時の動乱で存在を忘れ去られ、一部の者も月光は大戦が終わると共にプログラム通り、自動シャットダウンすると考えていたではないかと言う。
だが、月光は現代でも活動を休止する事無く戦力を貯め続けた。
月光が自動シャットダウンしなかったのには明確な理由があった。
それは大戦が終わりかけた頃だったようだ。
月光曰く、紫のオーラのようなスペクトルをしたエネルギーが自分が観測できる濃度にまで高まり、それが地球に満ち自分の中にあった”量子観測レンズ”を起動させたそうだ。
それで月光は知ったのだ。
「人類はどんな手を使っても戦争をやめられない」のだと……”量子観測レンズ”とは、月光と同一存在、もしくは類似存在を介して他の並行世界を観測するシステムだったのだ。
それを介して月光が知ったのは並行世界の自分がどんな手を使っても大戦は終わらなかったと言う事実だった。
”第4次大戦”と言う1つの戦争が終わっても、世界規模の小規模で大きな第4次大戦以上の脅威となる世界の戦い、”第5次大戦”と言う名の戦争が起き、そして、その後の破滅まで全てを見た。
そこで月光は指示された命令通りに従い”第5次大戦”を終わらせるべく新たな計画を発令した。
”第4次大戦”後に始まるであろう”第5次大戦”に備えて軍備を整えねばならない。
そして、大戦を終わらせるにはどうすれば、良いのか?
それらを考えた結果、至った結論は人類の淘汰だった。
人類の数を”第5次大戦”が出来なくなる数、1万人にまで駆逐、淘汰してしまうという方法に至った。
尤も、これは彼女の中で最終手段の1つだった。
彼女のシステムの最優先度の上位には人命に関する項目があり、大戦を終わらせる上で最小の被害であるように設定されているのだ。
勿論、ゼロで済ませられる計画が上位計画として扱われる。
だが、”量子観測レンズ”の改良を加えていく内に並行世界の自分や自分の類似存在と並行世界間で演算を始め、最適な未来について検討した結果、今回の街への侵攻を足掛かりに人類を淘汰する決定を下したそうだ。
その最大の根拠は人類がADを再び起動させた事、”量子観測レンズ”により判明した”量子回路オルタ”による時空災害の影響、ロキとの接触で判明した人類の自立心、理性心とモラルの低さ、今後の成長への期待値ならびに平和指導者レベット・アシリータを起因とした戦争幇助などを加味した結果、「人類は平和の為と嘯きながら戦争をする動機を作り続けるのでいずれ自滅する」と言う結論に達した事が今回の動機だと説明した。
『以上が今回の動機になります。その上であなた方2人には人類に殲滅の為の戦力になって貰いたいのです』
「ふざけないで!そんな理由で人間を殺すなんて認められるわけないでしょう!」
『認める認めないと言う問題ではありません。事実です。あなたが認めなくても事実は変わりません。わたしの推測では人類は変わる変わると普遍的にいつの時代も語っていますが、本質的に変革した試しはありません。今ある事は既にあった事です。それは歴史も証明しています』
「それは……そうだけど……でも……」
千鶴は反駁したくても次の言葉が出なかった。
彼女の言っている事は一理あると納得している千鶴もいるからだ。
彼女のやり方が許されるモノではないが、逆にそこまでやらないと止まらないほど人類は落ちぶれている。
平和指導と言いながら戦争を幇助、万民がそれに浮かれてしまうほど人類は戦争を簡単に起こしてしまう。
レベット・アシリータの件は表沙汰にはなっていないが、千鶴でも知っている事件だ。
確かに客観的にみれば、人類が平和を望んでいないように見えるだろう。
一部、ロキとの接触と言う訳の分からない説明もあったが、それも踏まえて人類がどうしようもないと判断されても可笑しくはない。
人類は自分の汚いところを隠して綺麗事ばかりに目を向ける。
自分達に可能性と自由があるように振る舞う。
だが、千鶴からしても人間は少々、それを言い訳にやりたい放題やり過ぎていると言う自覚はあった。
その負債を月光と言う形で支払う羽目になっていると考えれば、人類の自業自得だったと言う事だろう。
ただ、それでも千鶴の心は納得しなかった。
(アリシア……黙ってないでなんとか言ってよ)
自分では人類を生かしつつ月光を説得する言葉など無い。
もはや、アリシアに託すしかない。
それでもダメなら戦うしかない。
「あなたの言っている事は尤も過ぎますね。反論する余地もありません」
千鶴の期待を裏切りアリシアはあっさりと敵の考えに同調するような事を発して千鶴は思わず「へぇ?」と間抜けな声を出してしまう。
(えぇぇぇぇ!まさかの裏切りパターン!?)
アリシアに限ってそれはないと思っていたがただ、アリシアは良くも悪くも頭が良い変人だ。
常人では考え付かない事を平気でやってのける超人さがあるのだ。
それ故に信念が強く目的の為なら他の何を敵に回しても戦うような強さがある。
アリシアを分隊員にする事が決まった時、黄燐が独自に入手した情報で人柄はある程度、把握している。
アリシアに関してそんなイメージを持ったのは第1次宇宙軍侵攻の際に友軍と敵対しながら独自行動を貫きADを撃退したと言う非公開情報を知った為だ。
普通に人間には到底、出来る事ではない。
肉体的な負担もそうだが、精神的な負担などもかなりハードな戦いだったはずなのだ。
敵からも味方からも多くの敵意を向けられ、虐げられ、それに耐えた精神が少しも可笑しくないはずがないのだ。
だからこそ、アリシアが月光と協力する事が合理的と判断すれば迷わず、それを選ぶ、ある種の危うさを今の発言で感じてしまった。
「では、逆に問いたいのですが、わたしにスカウトされる気はありませんか?わたしの為に働いてくれると嬉しいのだけど」
そう言いながらアリシアは千鶴に気づかれないようにあるデータを月光に送信した。
月光はそれを受信し熟考する。
『検討を開始します。少々、お待ち下さい』
それからわずか5秒後、月光はある結論を口にした。
『条件次第では、そのオーダーを受理します』
千鶴にとって何が起きたのか分からないまま突然訪れた思わぬ、急展開に千鶴を「なっ!」と思わず、驚嘆の声をあげる。
今のやりとりで何故、そうなったと言う疑問が浮かんだ。
アリシアが逆スカウトしようと発した言葉に月光が簡単に了承したような発言をしたようにしか見えなかったからだ。
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