正義の味方のエゴと闇
シュミレーター終了後アリシアは突然、真音土に掴みかかられた。
そこには今までの紳士的な彼ではなく怒りの形相を浮かべた彼がいた。
あまりの憤りから理性を失った獣の様にアリシアに吠えたける。
「貴様!俺に何をした?!俺の攻撃があんな風になる筈がない!きっとお前がシュミレーターに何か細工したんだ!なぁ!そうだろう!そこまで俺を侮辱したいのか、卑怯者!お前に誇りや恥は無いのか!えぇ!」
アリシアは憐れみの目を向けながら彼を黙って見つめる。
今の彼に何を語っても無駄だからだ。
彼は正義に固執し、自分の聴きたい事だけを聴く。
だから、救いの報せすら聴けないから憐れでならない。
その彼女の憐れんだ目が彼を逆撫でする。
「貴様ぁぁぁぁ!どこまで馬鹿にすれば、気が済む!」
彼はアリシアに殴りかかろうとした。
だが、その拳は後ろから来た女子生徒に止められた。
女子生徒は拳を反転させ、真音土の身体を反転、真音土はその姿を捉えた。
「君は!」
だが、その女子生徒は無言で彼の左頬を殴りつけた。
彼はあまりの勢いにそのまま後方の壁面に叩きつけられる。
そして、女子生徒は彼を見下ろす。
「た、橘君!何をする!?」
だが、千鶴は答えない。
無言で彼に冷ややかな目を向け、まるで汚物でも見るかのような目線に彼の背筋が凍る。
言わなくても分かる。
彼女は物凄く怒っている。
だが、彼には彼女を怒らせた記憶が無く何故、そんな目線を向けられるのか、まるで心当たりがなく困惑する。
そして、千鶴は静かに呟いた。
「くたばれ……下種野郎」
真音土は何がなんだか分からない。
なんで自分が彼女からそんな誹謗を受けなければならないのかさっぱりだ。
丁度、そこにシュミレータールームに黒いスーツ姿の人間が複数人、入って来た。
真音土は何とか立ち上がりその人達に向かい合った。
そして、彼等に続いて何かの機材を持った人間が入って来た。
真音土はその服装に見覚えがあった。
アレは科捜研だ。
つまり、彼等は警察だ。
しかも、万高を拠点とする万高警察だ。
何故、警察がここにいるのかは分からない。
真音土には何が起きているのかさっぱり分からない益々、混迷する。
「全員その場を動くな。動けば公務執行妨害と見做す!」
警察官の要請によりアリシアや千鶴、真音土はその場で動きを止めた。
科捜研はアリシアが使ったシュミレーターと真音土が使ったシュミレーターを調べ始めた。
それから10分ほど何も話せない沈黙が続いた後、科捜研の2人が代表の警察官の前で報告した。
まず、アリシアのシュミレーターを見た者は口元で「白」と発音したように見えた。
一方、真音土のシュミレーターを見た者は口元で「黒」と発音したように見えた。
すると、警察官が真音土の前に立ち告げた。
「天空寺真音土。名誉毀損、ハッキング及びハッキングよる軍事物資の私的流用、傷害未遂の容疑で逮捕する」
「な!!」
思わぬ宣告に思わず、呆気に取られた声が漏れる。
何が何だから益々分からない。
何故、アリシア・アイと試合をしただけで逮捕されねばならないのか?と思い思わず怒り気味な声色で警察官に聞き返した。
「これは一体どう言う事だ!オレが何をしたと言うんだ!」
「あくまでシラを切るのか?これだけの事をしておいて、まぁ良いだろう」
代表の警察官はこれまでの経緯を説明した。
きっかけは
部隊長が天空寺コンツェルンのCEOと口論となり相手側が誹謗中傷とも取れる事を言ってきた。
そこで万高のシュミレーターで決闘をしているようだが、CEOの方が本来禁止されている軍事シュミレーターへのハッキングを行いながら決闘をしている。
ハッキングで一方的な勝負をしかけて置いて勝利宣言と言う名の揶揄をしている。
つまり、勝利を揶揄の材料に使っている。
これは軍事ハッキングの私的流用だ。
軍として万高に起きている問題の調査を依頼する。
万高の問題は我々の管轄では無い。
全てそちらに一任する。
こちらも全面的に協力し調べたハッキングの証拠(オリジンがシンに送ったデータ)は開示する。
よろしくお願いします。
「我々はその後、証拠を科捜研に解析させ、それが事実である事を確認した。そして、試合を観戦し観戦客から事実確認を行い、君達の通信記録も確認させて貰った。更にシュミレーターの履歴を閲覧、君のシュミレーターにハッキングの痕跡を確認した。無論、外部からのハッキングは使用中物理的に不可能だ。明らかに内部からのハッキングだ」
「待て!何の話だ!オレはハッキングなんて!」
「言い訳は無用だ。既にこちらでも物的証拠を押さえている。見ろ」
すると、警察官はタブレットPCの映像を見せた。
それはブレイバーが203式ライフルを2丁持ちで上空のオラシオを撃っている時だ。
オラシオからG3SG-1による左膝への徹甲弾10発による同箇所攻撃の戦闘シュミレートだ。
その結果は単純明解。
複数回に及ぶシュミレートによって精度が上がった結果、最低でも2発の弾丸の直撃により左膝は99.9999999999999%破壊されると言う結果だ。
その瞬間、シュミレーターのプログラムの確率に関する挙動が明らかに不調を来し、改竄の痕跡が見受けられる事もそこには表示されていた。
そして、傍から見ればこのような天文学的な確率はもはや、0%と言って良い物であり……つまり、100%に限りなく近い可能性を0%に書き換えたと言う証拠だ。
それが偶々、1回起きたならあり得たが、他にも複数の場面の複数の不正の証拠を見せており改竄は明白となっていた。
「馬鹿な!オレはそんな卑怯な事はしていない!オレは嵌められたんだ!そこの女に!その女は神なんだ!神の力でオレに濡れ衣を着せているんだ!」
そんな事を言っても誰も信じない。
況して、この期に及んでアリシアと言う神を信じると言いながら彼女が語った事を信じないのは支離滅裂だ。
警察官は呆れから溜息を漏らし真音土の頭の可笑しくなった狂人でも見るかのような蔑みの目線を向けながら「連れて行け」と告げた。
真音土は警察官に手錠をかけられ連行された。
「離せぇぇぇ!俺は無実だ。その女!その女が悪いんだ!許さない絶対に!正義を侮辱したお前を俺は絶対に復讐したやるからな!地獄のそこまでお前を呪ってやるからなぁぁぁぁぁぁ!」
彼は吠え猛る獅子の様に吠えるだけ吠えた。
その顔には正義から堕ちた男が見せる絶望と殺意、怒りを露わにした顔があった。
その眼差しは真っ直ぐとアリシアを見つめる。
そして、アリシアも黙って見つめる。
まるで全てを覚悟しているかの様にその太々しい物腰は逆に彼の心を逆撫でする。
彼女は自分の事を全く微塵も恐れていない。
その態度そのものが自分に対する侮辱にも思えた。
彼の声はだんだん遠退いていく。
シュミレータールームの扉が閉まり彼の声は聞こえなくなった。
そのモニター越しに見た繭香は呟く。
「哀れね。真音土。正義の仮面を失ったあなたは醜い本性だけが残された。あなたは証を怠った。本当の正義の味方は自ら名乗る事はしない。それはただの見栄であり、慢心を生む。本物は口を制して英知を生むの。あなたには正義の味方の称号は重過ぎた。分不相応が身を滅ぼしたの。周りを巻き込んでね」
彼の悪魔としての正義の味方の在り方が彼に惑わされた者達をも巻き込み今後、悪影響を及ぼすだろう。
そして、これは報いだ。
プロは自分をプロとは言わない。
これは3流正義の味方のせいで人生を狂わされた者達からの当然の報いだ。
3流はその事実に気づかず、認めないだろうが認めないのは感情論だ。
物事の正当性とは別問題だ。
真音土は自分とは違う。
繭香は自分の聡を受け入れ固執を捨てた。
だが、真音土は自分の考えに固執し、悪魔である事を認めなかった、悪魔である事をやめなかった。
固執を捨て悪魔である事を認め悔い改めていれば彼も救われただろう。
今の繭香には彼が持っていた地位も名声も金も取るに足りない。
そんなモノが無くても正義は貫けるしそんなモノで正義は決定しない。
それほどの事なのだ。
神からの救いとは……。
「さようなら、真音土。仮に次に会う時はわたしとあなたは敵だよ」
繭香は近くに自販機からオレンジジュースを買いに部屋を出た。
◇◇◇
その日の夜この事件は速報で伝えられた。
とある夜のニュース
速報が入りました。ブレイバー隊の創設者であり天空寺コンツェルンのCEO天空寺真音土氏が人権侵害、ハッキング及び軍事物資の私的流用、傷害未遂などの容疑で逮捕されました。
調べによると天空寺氏は学校の女子生徒と口論となり、軍事シュミレーターで決闘を挑みました。しかし、負ける事を恐れてシュミレーターをハッキング。女子生徒を敗北寸前まで追い詰め、誹謗中傷を浴びせ「正義に屈服しろ」など隷属を促す発言をしたようです。
その後、女子生徒が勝利すると激情して自分が負けた理由を女子生徒のせいにして「そこまで俺を侮辱したいのか卑怯者!お前に誇りや恥は無いのか!」などと暴言を吐いた挙句暴行を及ぼうとし駆けつけた警察官に取り押さえられました。
今も取り調べは続いており「あいつは神だ。俺は神に嵌められたんだ!」などと意味不明の供述をしており容疑を否認しております。
なお、今回の件で天空寺コンツェルンの株価は低迷し各企業に大きな影響を与えています。既に一部企業では買収の動きもあり……
などとニュースではこの話題で持ちきりだ。
プライバシーの関係上アリシアの名前はニュースには出ていないが、ネットニュースでは既にその正体が露見している。
動画が公開されてから1時間ほどで再生回数は10万を超えた。
何せ正義の味方の敗北は良い意味で反響がある。
特に正々堂々敗れたのでは無くチートコード使って敗北している事で失笑するような草文字が絶えない。
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