陰の決闘1
舞台は市街地戦。
真音土が最も得意として、アリシアが最も不得意とする戦場だ。
ネクシルなら市街地上空でも陣取れば良いが、アリシアが使うのは極一般的なAPだ。
どの道、市街地で戦闘せねばならないが、アリシアの得意とする高機動戦闘は建物が邪魔で活かし切れない。
アリシアが唯一の優位点は真音土以上に高い身体能力からなる運動性だけだ。
アリシアが選んだのは反応性に定評があり、運動性の高いT3系列のオラシオシリーズのオラシオMkⅡだ。
この短時間でアリシア好みのチューンを設定した蒼いオラシオMkⅡアリシアカスタムとも言える仕様になっている。
これならある程度、重くはない上アリシアの動きにもついていける。
だが、真音土は運動性以外の全ての優位を保っている。
データによれば彼の現実での機体は組織名と同じブレイバーというT4系列の機体だ。
天空寺コンツェルンが独占している機体だ。
機体は小回りと重装甲と高火力を重視した機体だ。
市街地戦では小回りが重視される。
加えるなら敵が死角から襲う事も十分にあり得る為、全身が重装甲に覆われ、遠近両方で死角から現れた敵を一撃必殺で仕留める事に長けた高火力兵器で統一されている。
流石に学校のシュミレーターはカイロ武装局が許可しない機体をシュミレーターには登録出来ない。
シュミレーターのデータクラウドは各企業を通じて全部カイロ武装局が管理している。
シュミレーターに載ると言う事は他者が機体の技術を閲覧する事に等しい。
大戦の教訓から一組織が過度に機密兵器を所有する事は戦争再発防止法に抵触する為、シュミレーターで公開される。
そうすれば、世界全体で平等な技術均衡が図れる為だ。
アリシアもネクシルのデータをカイロ武装局に登録しているが、機密に関わると言う理由からシュミレーターには登録していない。
ちなみにカイロ武装局に登録しているのはアクセル社作成の”旧ネクシルタイプ”であり、シオン計画で改良した”Zネクシルタイプ”は登録していない。
あくまでZタイプは旧タイプの改良機と言う扱いで言い訳する予定だ。
だが、シュミレーターに登録していないのはブレイバーも同じだ。
ブレイバー隊の機密となる機体だ。
データは登録しているだろうが、シュミレーターとして使える程の開示レベルでは無い。
恐らく、真音土はブレイバーに近いコンセプトの機体をブレイバーに近づけて使ってくるだろう。
シュミレーターが開始されてから敵を見つけるまでそんな打算をしていた。
市街地では周囲の鉄筋コンクリートがレーダーの電磁波を静電遮断され、レーダー機能が落ちる。
アリシアは周囲から聞こえる音と気配で敵の動きを注意深く探る。
すると、スラスターを噴かせる音が聞き取れた。
「距離1200。11時。天空寺真音土は一撃必殺を主眼とする。一瞬の隙をついての攻撃。市街地戦での小回りの効いた戦闘で死角から現れた敵を一撃で仕留めるのに長けている。つまり……」
APに登録されたマップには11時方向に大きな道路があった。
「ここを陣取れば彼は近くを通る。わたしがここに入れば彼は必ず来る」
根拠は無い。
普通に考えれば、そんな分かり易い誘いに乗るわけがないのだ。
だが、人間とは時に何をするか分からないほど不合理だ。
特に正義の味方に固執した者は正々堂々と敵を叩き潰さないと気が済まないのだ。
どんなに思考を働かせても都合の良いように固執側に解釈する。それが人間だ。
その逆の考え方が天使側の考え方だ。
だから、彼は確実に来る。
アリシアは11時方向の大通りに向かう。
「少しでもこちらに有利な方が良い。時間が経てば経つほど有利になるのは私だもん」
◇◇◇
少し後
レーダーに反応を捉えた。
場所は5時方向距離500の大通りだ。
真音土はレーダーの様子を観察する。
アリシア・アイは一歩もそこから動こうとしない。
レーダーに反応があってから動こうとしない。
彼女はこちらが気づくよりも早く此方の位置情報を掴んでいたと分かる。
大通りには罠が仕掛けられている可能性がある。
バビ解体戦争時には彼女は最小の戦力と時に罠を駆使して、国家軍の侵攻を大きく鈍らせ、市民のいる市街地に一切敵の部隊を入れずに壊滅させたと言われている。
真音土の分析では彼女は真っ向勝負を得意とする傾向がある。
それは世間の周知でもあるが、だからと言って脳筋では無い。
かなり緻密な頭脳プレイも相まっての結果だ。
彼女に関するデータは少ない物の人の心の機敏さを熟知し、心理戦に持ち込む事にも非常に長けているとブレイバー隊の分析チームの見解でもある。
間違いなく誘われている。
罠も間違いなくあるだろう。
しかし、勝機が無いわけではない。
「持久戦に持ち込めれば勝てる」
真音土は確信していた。
分析チームによるとアリシア・アイの戦闘はどれも短時間で決戦が終わっている。
どんなに長くも3日。
ずっと休まず、戦うのは不可能。
それでもなお、短期で戦争を終わらせるところから分析チームはアリシア・アイは真音土と同じ持続火力よりも瞬間火力に秀でた戦闘スタイルと推移された。
つまり、ある程度時間が経てば彼女の機体火力は低下、主武装の刀だけになると言うのが、この2時間で何億通りのコンピュータシュミレートにより出された結果だ。
恐らく、時間稼ぎが主眼では無く、仕留める罠を主眼で敷いているだろう。
だが、彼女が動かない以上こちらも仕掛ける事は出来ない。
「例え 罠であろうと!全てを破り正義を貫く!」
彼はそう意気込み大通りに向かう。
◇◇◇
アリシアは敵を待ち受ける。
罠は貼れるだけ貼った。
シュミレーター上このルールではAPの使える火器は全て事前に装備した物と相手から奪う物だけだ。
罠もその中に含まれる。
アリシアの機体は刀を基軸にライフルを振り回すスタイルだ。
データ上総火力は低いが、アリシアはそれを剣術で補って戦っている。
その分、他の機体とは違い積載量に空きがある。
アリシアはその分、今回罠の為の装備を十全に入れてきた。
罠さえ事前に仕掛けてしまえば、積載量は元に戻り機動力や運動性に何の支障もない。
そして、真音土は正義に固執する為、必ず罠にかかりに来る。
例え 罠であろうと!全てを破り正義を貫く!
などと脳筋思考で突っ込んで来ると予測していた。
予測通りレーダーに11時方向の路地から迫る機影を確認した。
「来ましたね」
アリシアはオラシオに装備したG3SG-1を構えた。
路地裏から現れた瞬間にメインカメラを潰す。
アリシアはライフルをセミオートに切り替えた。
アリシアの動体視力と射撃技術があれば、メインカメラだけを破壊するなど造作もない。
伊達に人を殺さない訓練をして来た訳ではない。
リテラには劣るが、2km先の固定されたフットボール撃ち抜くくらいの技量はある。
動いている物に関してもリテラには劣るが、500m先の激しく動くテロリストの蟀谷を撃ち抜くくらいは出来る。
アリシアは全体を見ながら一点を見つめ、力を抜き、その時を待つ。
レーダーが刻々と接近を知らせる。
あと3秒で現れる。
アリシアは集中した。
そして、曲がり角にそれは現れた。
アリシアはその姿に微かに驚きを浮かべる。
だが、動揺はしない。心は乱さない。
そのままメインカメラ目掛け4発の銃弾を左右の目に放った。
幸い、敵は気付かないまま弾丸は真っすぐメインカメラに命中した。
だが、弾かれた。
「!!」
アリシアは咄嗟に距離を取った。
不意打ちに失敗したなら、逃げるなりするのがセオリーだ。
真音土はその時になり、ようやく自分が先制攻撃を喰らった事に気付く。
その事実に震撼する。
「危なかった……アレが実戦なら死んでいたかも知れない……」
真音土機のレーダーにもアリシアのオラシオは捉えていた。
真音土も曲がり角を曲がった所で先制攻撃を仕掛けるつもりだった。
だが、自分が全く反応する出来ぬままに先に先制攻撃されていた。
アリシアは距離を取りその機体と対峙した。
アリシアは少し驚く。
そこにある機体はこの空間にあるはずの無い機体。
ただの偽物でも真似物でもない正真正銘の本物。
ブレイバー隊の象徴とも言える緑を基調とした球面的な丸みのある全身装甲が特徴的なブレイバーそのものだったからだ。
「天空寺真音土。あなたはそれほどまでして……」
アリシアは逆にその熱意に敬意すら覚えた。
そして、この最初のアプローチを見た観客は……
「うおーーすげーぞあの子!あの距離からメインカメラに4発当てやがった!」
「いや、でも惜しかったな。直撃だと思ったのにカメラは健在だ。当たり所が悪かったな!」
「そこは天空寺側の対策なんじゃないか?」
と賛否が分かれていた。
だが、ネクシレイターは全く別の視点で見ていた。
「見たよね?」
「見たよ」
「見えたね」
「何となく見えた」
正輝と千鶴にはこの4人の意図が読めなかった。
「どういう事だ?」
「何か気になるの?」
リテラ達は迷った。
千鶴ならともかく正輝にこの話をして良いのか分からない。
ネクシレイターが見た正輝は天使側の人間なのか、悪魔側の人間なのか、曖昧な按配でアリシアに確認してないがどちら側とも言えない。
下手に話すとこちらの情報が漏れたり新しい魂であるオリジンや繭香への誹謗中傷され悪魔の惑わしや誘いに惑わされるリスクを避けたかったからだ。
だから、正樹がいる前で今の現象をどのように話すか、5人の中で意識を”情報共有”して「それとなく話す」と言う事で可決した。
「繭香はアレをどう見たの?」
リテラが繭香に尋ねる。
下手に意見を押し付けるような意見を言うよりは屈託のない意見を言えるであろう繭香に敢えて言わせる事がリスクを避けられる最適解だと考えたからだ。
「そうですね。アレは明らかに直撃でした。本来ならカメラが破損くらいしても可笑しくないくらい……」
「そうね。凄くそう思うわ。でも、真音土そう言う運強いのよ。決め手が何故か決め手に成らなかったりするのよ」
「本当にそうかな?」
オリジンが口を開いた。
ここで無邪気なオリジンに敢えて発言させておけば、リテラ達が喋るよりは当たり触りがなく子供の言う事なら良くも悪くも正樹辺りは受け流すだろう。真面に取り合わず、怒りなども抱かないだろうと考え、その発言にリテラ達がフォローに回れば良いと考えての発言だ。
無邪気な笑みを浮かべながら千鶴の方に振り向いた。
「どういう事かな?君?」
「僕には明らかに書き換えた様に見えたけど」
彼らの周りにいた千鶴と正輝は「えぇ?」と口を空けて硬直した。
”書き換えた”その単語が意味する事はプログラムを書き換えたと言う意味に他ならないからだ。
「えぇ?ちょっと待って!あなたの根拠は……まぁ、聞かないでおくわ。つまり、あなたは真音土が不正をしているって言いたいわけ?」
「根拠と言うより証拠ならあるよ。ほら」
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