蒼い女神は地獄でストレスを晴らす

 地獄




「はぁ……はぁっ……」




 アリシアは1人地獄でトレーニングに励んでいた。

 地獄にあるドロドロした澱んだ海。

 そこには大型の貨物船がゆっくりと航行していた。

 その動力部にアリシアがいた。


 彼女は”肉体強化計画1”と言うオブジェクトを使い、黒いダイレクトスーツを着込んで前のめりになりながら、必死に自転車を漕いでいた。

 自転車を漕ぎ重い歯車を回転させながら、スクリューを回し澱んだ海がスクリューを絡め取り鈍く回る。

 アリシアが地獄で訓練する為だけに作ったトレーニング器具としての船であり、黒いダイレクトスーツの負荷に加え、船からも膨大な負荷を受けておりノルマを果たすまで決して逃げられないように自らに呪いを施し、肉体を極限まで酷使する為に拷問的な電気刺激装置までも搭載されている。

 かなり重い負荷に設定され、並みの人間がゴミのように殺せてしまうほどの負荷が体にかかり、加えてアリシアの様な神霊は地獄での影響が大きく身体は3次元の時よりも重い。

 だが、そんな中でも死に狂いでとにかく、ペダルを漕いだ。


 自分の限界を超えるほど挑みながら地獄で使うのも難しい”限界突破”と言うスキルや”狂化”を駆使して肉体を虐めに虐めに虐め抜く。

 本来、1日1回使っただけでも肉体に相当の負荷がかかる”限界突破”を10秒に1回のペースで発動し肉体がボロボロになり血反吐を吐いていたが、それでも漕ぐのをやめなかった。

 タンカーをモータボートの3倍の速度で航行させ、太平洋の3倍の距離がある海が横断した。


 一切、速度を落とす事すら許さず、一度でも落とせば全てやり直し自分の体に鞭を打つ。

 全身の血管がダイレクトスーツ越しに浮かび上がり、首筋や顔の血管まで浮き上がる。

 苦悶の表情を浮かべながら泣き叫びながら、ただひたすらに自分の体を痛めつける。


 だが、どれだけ痛かろうとアリシアはそんな事は関係ないと言わんばかりに汗だくになりながら、自転車を漕ぎ続ける。

 脚は既にパンパンに膨れ上がり、莫大な負荷に心臓をフル稼働し体からは軽く血管が浮き出ている。

 体を蝕む痛みも尋常ではない。


 常人ならあまりの痛みに何十回も死んでしまう程だが、体の痛みを忘れる程に心が痛い。

 忘れようと思ったこの世界の両親の事が心に残る。

 あの時の感情が痛い。

 心を抉られた様な痛みだ。

 一番信じていたとも言える存在に簡単に裏切られた。



 くたばれ!クソ野郎!


 気安く呼ぶな!化け物!



 その時の言葉を綾との会話で思い出してしまった。

 その痛みを忘れる為にアリシアは無心になり、ペダルを漕ぎ続ける。

 ただ、忘れたくて徹底的に体を痛め続ける。

 徹底的に感情を殺しにかかる。



 

(わたしはただの物、わたしはただ動力、機械は痛みを感じない。わたしは機械。徹底した機械になる。機械以上の機械になる)




 

 そう自分に言い聞かせ徹底的に自分を無にする。


 だが、その度に拮抗する様にあの時の光景が頭に過ぎる。

 母と父に罵られたあの時の光景が頭に過ぎる。

 アリシアは歯を軋ませながら、食い縛る様に更に自分を追い込む。

 あまりの体への負荷に何度も倒れ何度も吐血、何度も全身が悶える様な痛みに耐えた。

 全身と辺りが真っ赤に染まるがそれでも尚、彼女は止まらない。

 体の痛み以上に心の痛みが遥かに痛い。


 その痛みから解放される為に徹底的に苛め抜く。

 その為に莫大な時間を費やす。

 体も精神も更に逞しさを帯び、肥大化していく。

 だが、結局どれだけ強くなろうと心の傷は癒えない。

 どれだけ体と心を鍛えても絶対に傷つかない魂だけはアリシアでも作れなかった。

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