綾の想い

 

「一応、確認しますけど、あなたはわたしと喧嘩がしたくてあんな事を言ったんですか?」


「ち、違うわ」


「……分かりました。こちらこそ、すいません。脅すような事をして」




 彼女は自分の対応に落ち度があると思っているようで深々と頭を下げた。

 本当に悪いのは綾の方だ。

 彼女の活動をよく理解せず利己的に否定して剰え、醜くも証すらしないまま言いたい放題言ってしまった。





(やはり、彼女は良い)





 綾の中でアリシアに対する評価が上がる。

 責任感、合理性、理性、熱情、誠実さ全てが良い。

 しかも、謙虚で礼儀も正しい。

 悪いモノを悪いとハッキリ言える度胸もある。

 あの話を振ってみるだけ振ってみるのも悪くないかも知れない。

 綾は決心を固め前々から抱いていた想いを口にした。




「ねぇアリシアさん。良ければだけど、わたしの養子にならない?」


「……ふぇ?」




 思いがけない申し出に困惑してしまう。

 何がどのようにどうしてその話を振られたのか、流石のアリシアも困惑して分からなかった。




「養子って……あの養子ですか?」


「あの養子よ」


「ちなみになんで?」


「う~ん。打算かな?あなたはGG隊を捨てられない。わたしも今の話を聴けば無理に捨てさせようとは思わない。でも、GG団体の評判の良さをこちらに取り込めれば尚の事良いしあなたがわたしの養子になってくれればこちらもGG団体を支援できる。そう方が幸せになる手だと思ったからよ」


「ふぇ?それが理由?」


「まぁ、それは後付けですね。わたしは純粋にあなたみたいな娘が欲しいなとも思いましたよ」


「む、娘……ですか?」


「後は他の名家への牽制かな?」


「牽制?」


「名家の中には偶に人間の屑みたいな奴がいるのよ。自分は社会的に地位があるから平民がなんでも言う事を聴くのが当たり前と考える奴が偶にいる。”間藤家”なんてその代表格ね。だから、あなたのGG隊の活動を保護する意味で親子と言う既成事実を作ってしまうのも手かなって考えたの?」




 確かに金や権力と言うモノに拘り過ぎると貪欲さや物欲が増し高慢になり易い。

 あの文献にも金持ちは良い例えられ方はされない。

 世界中の金持ち全員とは言わないが。聴いた限りその”間藤家”と言うのは典型的な金持ちと言う印象を受ける。

 それを考えるなら確かに綾のお誘いは極めて合理的ではあった。

 それは頭では理解できる。

 ただ、心で納得いくかは別問題だ。

 アリシアの中には“家族”と言う言葉にシコリがあった。




「無論、断わっても良いですよ。断っても兄さんやあなたには危害は加えません。それにあなたにも親御さんがいるでしょうから強要はしないわ」


「そ、それは……」




 今のアリシアに親はいない。

 先日捨てられたばかりで気にする必要はない。

 申し出としては有難い気がする。

 だが、それ以上にアリシアは怖かった。


 また、親と言う者に裏切られるのではないか?


 関係を構築したらまた信頼と愛を崩されるのではないか?


 肉体的な両親はわたしの才を妬みいずれ捨てるのではないか?


 もう、あんな目に会いたくはない。




 愛されていたという信頼を崩された時ほど応えるモノはない。

 だったら最初から肉体的な親子関係など構築しなければ良い。

 肉体的な親子関係なんて脆い。

 いつか、裏切られるなら最初から関わらない。

 それに何より恐ろしくて成らない。

 アリシアの微かな表情の変化を綾は見逃さなかった。





(何か不味いことを言った様ですね。部隊の長をやっていても繊細で歳頃の女の子なのね)




 寧ろ、それに安心感を覚える。

 彼女の活躍は聴いている。

 どんな困難な任務でも必ず遂行する天才。

 ルシファー事変を単機で解決、第1次宇宙軍侵攻戦役の際は部隊を指揮して最終的に小隊戦力でADを撃墜、宇宙神の討伐、バビ解体戦争では3日でかつ単機で無血で内戦を終わらせた。


 そして、先日第2次宇宙軍侵攻戦役でもいち早く現場に駆けつけ、戦艦と小隊規模の戦力で2機のADを葬り去り、尚且つ異形の存在との連戦と世界を覆った雲を取り去り巨大な池まで作って見せた。

 聴けば聴くほど完璧超人で性格も非の打ち所がないと言える。

 それ故に高嶺の花の様な存在でとっつきにくいのだ。


 だから、彼女にも普通の少女らしい一面がある事は逆に関わり易い。

 彼女の弱点を探るようで申し訳ない気はするが、彼女は大人びているが子供である事は変わりない。

 やはり、大人には頼って欲しいし頼って良い年頃だ。

 一切、誰の肩にも持たれずこれだけのモノを背負ったら、いつか崩れてしまうのでないかと言う不安があった。


 だから、彼女の返答次第だが、“親子”と言う選択肢も取って良いのではないかと思えた。

 命罪流の権益もあるが綾個人として彼女の様な娘が欲しいと思っている。

 だが、それ以上に彼女には恩義があった。


 ミランダ フェレット。


 ある神父に殺された綾の戦友の看護兵だ。

 彼女は既に退役していたが綾は彼女と交友があり、カーリーの事も知っていた。

 ミランダは大変慈愛の溢れる良い女だった。

 戦闘能力はそこまで高くなかったが、彼女の心の在り方や強さは綾の憧れだった。

 ただ、彼女は突如、行方不明になった。

 そして、カーリーが神父が母親を殺したと騒ぎ立てるのを聴いたのだ。


 警察は取り合わなかったが綾はそれが気になり調べようとしたが、神聖ファリのガードがきつくて調べる事も出来なかった。

 しかも、綾にも社会的な柵があり思う様には動けなかった。

 ただ、綾は1つだけ突き止めていていたのだ。


 犯行時間と目された時間の防犯カメラ映像が消えていた。

 神父が持ち出したとしたら持ち出す時間は無かった。

 その限られた時間の中で永久に隠せるとしたら改装中の十字架の中だけだと見当を付けていた。


 だが、綾も流石に「十字架の中を切断させて調べさせて」とは頼めなかった。

 犯罪の証拠があるとは言え、世間の目を気にしたのだ。

 自分の社会的な地位などに保守的になりカーリーを守るとしなかった。

 自分を犠牲にしてまで守ろうとは思えなかった。

 だから、自分に言い聞かせたのだ。

 カーリーは自分の子供ではないから自分が出来ないのは仕方がないんだ。

 そこまでできなくて当然なんだ。

 ただ、それと引き換えにカーリーからかつての笑みが消え、綾は激しい後悔を抱えながら最近まで生きて来た。


 ただ、それを叩き壊したのは他でもないアリシアだった。

 彼女は名誉貴族となり社会的な立場や柵がある中でなんの躊躇いもなく十字架をマスコミの目の前で大胆に切断してみせた。

 一歩間違えれば、アリシアが社会的な立場を追われる可能性すらあったのだ。

 綾はその事であまりに衝撃過ぎた。


 自分がやろうとした事を彼女があまりに大胆に行うので思わず夢想した「アレが自分だったら」と何度も思った。

 その結果、神父は断罪され、偶々仕事の都合で再会したカーリーは元の笑顔に取り戻しわたしは長年のシコリを取り除く事が出来た。

 あの時、自分は「カーリーはわたしの子供ではないからわたしが出来ないのは仕方がないんだ。そこまでできなくて当然なんだ」と言い訳したが本当に言い訳だった。


 アリシアさんはカーリーとは何の関係も無かった。

 血の繋がった家族でもなかった。

 社会的な柵もあった。

 なのに自分を傷つく事を恐れず、自分を犠牲にしてカーリーを救った。

 綾は今になってあの時、アリシアと同じ事をしていれば良かったと思え、悔しくて自分が惨めでならなかった。


 あの時、綾が勇気を出していれば、カーリーをもっと早く救えたかも知れないのだ。

 何より自分が後悔を抱く事もこんな惨めな気持ちを抱く苦悩を味わう事もなかった。

 綾はその事をカーリーに頭を下げて謝った。

 自分が今後できる事ならなんでもすると約束までしたら彼女はこう言ったのだ。




「アリシアさんを助けてあげて」




 彼女は自分の権利をアリシアに施すように促したのだ。

 彼女はミランダと似て慈しみの心があった。

 自分の幸福よりも誰かの幸福を優先するような女だった。


 綾はカーリーとミランダの心に促され、アリシアさんを助ける事を色々、考えた。

 カルトみたいな行いを自制するように促したのも彼女の今後を思っての事だったが……どうやら、それを正当化して自分の欲を満たそうとした辺り、綾はミランダほど強くないと心底思った。


 でも、それでも自分は足掻かねばならない。

 足掻かず、後悔した自分を悔いて改めて自分を犠牲にしてカーリーの想いに応えてアリシアを助けると決めたのだ。

 彼女がGG隊を率いると言うなら自分に出来る事をするつもりだ。

 無理強いはしないけど、その為なら彼女を養子に引き取り育てるのは本当だ。


 これでもやんちゃな息子を育てた母だ。

 娘が1人増えた程度ならなんとかなる。

 ただ、本当にアリシアさんのよう娘が自分の子供になってくれたら嬉しいと言う自欲はあるけど、今は置いておこうと内心思っていた。




「結論を急いたりはしません。ゆっくり考えて下さい。今日はただの顔見せみたいなモノですから」


「そうさせて……貰います。ごめんなさい」


「いえ、こちらこそごめんなさいね。こんな話急にされても困るわよね。今日はもう帰りなさい。明日、入学式でしょ?早く寝ないと。会計はわたしが出しておくから」


「それじゃお言葉に甘えさせて貰います」




 アリシアは立ち上がり軽く会釈して「今日は楽しかったです」それだけを告げて部屋の前の正樹にも軽く会釈してアリシアは店を後にした。




「さて、わたしもそろそろ帰ろうかしら。さて、会計と」

 



 綾はモニターの会計ボタンを押した。

 後になり気づいたが皿の数は既に200皿を超えており総額は2万円を超えていた。




「……次は多めに持って来ないとダメね」




 綾は使い捨てのカードでは無く自前のクレジットカードで決済した。

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