赤き剣の決闘

 先ほど、クーガーや宇宙軍のAPパイロット達に正式にある辞令が下った。

 地獄門は未だ安定したとは言い難いので万が一の為に在留部隊を新設しヘルビーストを迎撃する為に「DTH連隊」を配備した。


 DEATH TO HELL。

  "地獄に死を与える"と言う意を込めてクーガーを隊長とした連隊だ。

 彼らにはヘルビーストを倒す為にスキルを与えこの近辺には迎撃兵器を多数配備した。


 特殊な木を植林したのは、ヘルビーストの侵攻を遅らせる為の防波堤のような役割を果たす為だ。

 ヘルビーストが簡単に切り倒せない、切り倒したとしても周囲の神力を変換、吸収してヘルビーストを弱らせながら、すぐに生え変わる”浄化樹”と名付けた木を植えている。

 配備する機体にもパイロット保護の為の機能を搭載、万が一、コックピットに危険が発生した場合に備えて量子回路による”神時空術”で緊急テレポートが行えるようになっている。


 尤も、量子回路は機密保持の為にパイロットのテレポートと同時にそのデータがシオンに送られるようになっている。

 配備する機体もワイバーンに偽装したネクシルタイプだ。

 ヘルビーストに対して妥協するつもりはないが、人間側にネクシルの技術を渡すわけにもいかないので、ただのワイバーン偽装する事にした。


 クーガー達の配備を見送っていた時に全員が何故か、アリシアを見てニカニカと笑っていた。

 アリシアが「顔に何かついてる?」と聴くと全員を代表してかクーガーが「シンお兄ちゃんに頼るんだぞ」と右肩をポンポン叩かれた。

 何故、バレた?とアリシアは思った。






(可笑しいな?盗聴されていないはずだし……シン以外に打ち明けた記憶もないんだけどな……もしかして、彼らのネクシレイターとしての能力が上がった?わたしが気づかないような高いレベルで成長しているとしたら負けてられないな)





 彼らは暖かな眼でアリシアの事を見送る。

 まるで全員が妹を見る兄のような感じだった。

 その時は全員がシンがアリシアに見せる顔に見えた。

 去って行くアリシアが最後に彼らの声を微かに聴いたのは「やっぱいいな」「どんな形であれ笑顔が似合う」「シンへのお膳立てはしたからな。後はアイツ次第か?」と聴こえてきた。





(一体、何の話なのだろうか?)






 心を覗けば分かる気がしたが、それがどこか無粋に思えた。

 少なくともクーガーがあんな事を言ったのは自分の為を思ってなのかも知れない。

 アリシアはシンが本当の兄だと分かった事を嬉しく思っていた反面、理由の分からない悲しさもあった。

 どこか意識する事を反らしている気もするが、何とも言えない悲しさがあった。

 それが未だ分からないが、きっと意味のある想いなのだと思う。

 アリシアは思い悩みながらシオンに戻った。




 ◇◇◇



 

 転移15分前


 アリシアは格納庫の一角に現れた。

 無駄に広い格納庫には殆ど何もない。

 整備する機体も僅かな物であり整備士てんしも少ない。

 意味合いが少し違うが天使達は基本的に争いを好まない。

 好戦的ではないと言うだけで戦う事はできる。

 ただ、彼らにとって人間が造った兵器とは必要以上に関わりたい物ではない。

 天使の武器の在り方と人間の武器の在り方では大きな違いがあるのである意味で忌諱しているからだ。

 要は天使の目で人間の武器を見れば「俗人の武器」と思う部分もあるのだ。

 ネクシル系にはそこまで強い忌諱感はないが、ゼロではないと言う程度だ。

 とは言え、そのネクシル系もアリシアやアステリスが関与しているから穏便に済んでいるがギザスや吉火の機体はかなり嫌われている。

 その所為で格納庫は広く、ここにいる天使はごく僅かだ。


 アリシアは格納庫に隣設した模擬戦場に足を踏み入れた。

 そこにあの男はいた。ギザスだ。

 自動ドアが開きアリシアを待ち遠しくしていたギザスがこちらを見つめる。




「よお!遅かったな?」


「集合時間10分前の筈だけど?」




 ギザスは腕時計で時間を確認した。




「お、本当だ。可笑しいな……待ち遠しくて俺の時間だけ遅かったのかな。あははは!」



「まぁ、そう言う事もありますよね」




 アリシアは微笑んで合わせた。

 彼等はかつての約束を果たす為にここにいた。

 ギザスは自分を殺せる程の強者との邂逅を望んだ。

 本来ならギザスが一から育てるはずだったが、その必要は感じない。

 一目見れば分かる。


 微笑んでいる彼女からは年頃とは思えない程の覇気が感じられる。

 ギザスは確信していた。

 間違いなく目の前には未だかつてない程の最強がいる。

 彼女なら死ぬ事に臆病な自分に終止符を打てるだろう。


 ギザスは飽き飽きしていた。

 この世界は争いを好み、嘘と欺瞞で満ちている。

 かつて、祖国もその呪いから逃れられず、争いの道を歩み近衛だった自分も前線に借り出た。

 その代の陛下がとにかくクソッタレだった。

 好戦的で利己主義で戦争をわざと悪化させ、繋がりのある軍事企業の需要を上げようと画策、その結果も相まって祖国はアメリカ連合国に攻撃された。


 ギザスは近衛として王属を守りはしたが、そのせいで多くの人民と仲間を失った。

 あんなクソ王を生かす為に何万人も捨てなければならなかった。

 それを悟った時、ギザスは無性に虚しくなった。


 この世は富や名声を求める。

 だが、戦争により紙幣や金などただのガラクタに過ぎない。

 そんな物では何も守れない。

 人間はそんな虚しい物の所為で多くを失う様に出来ている。

 それが虚しくて堪らないと悟った時、途端にギザスは絶望した。

 祖国崩壊の戦いの中、ギザスは思った。






(こんな世界に居たくない。無性に……死にたいぜ)






 それ以来、ギザスは死に場所を求めた。

 死に場所も求める為に彼は銃を捨てた。

 剣で挑めば損耗が激しくなり、すぐに死ねるだろう。

 世の風潮が砲撃主義ならそれで死ねると確信した。

 だが、それから20年経ったが死ねなかった。


 人間は弱過ぎた。

 一度接近を許せば、敵は紙同然に切れた。

 射撃に頼り過ぎて接近戦もまともに出来ないポンコツ兵士が増えていた。


 ロア ムーイ程度のエースなら何度も殺した。

 それこそ4対1で倒せる程に……。

 彼等は自分を殺せる希望はもう無いと諦めていた。


 20年経っても巡り会えなかった。

 彼はそれ程世との聖別を望んだ。

 そして、それがようやく叶う。




「さあ。始めましょう。わたし達だけの決闘を」




 その言葉に呼応して辺りの空間が変容した。

 見る見ると周りの風景が変わり、無機質だった部屋が辺り一面の草原に変わった。

 草原にはまるで対峙する様にお互いのAPが向かい合っていた。

 今更、空間が変異した程度では驚かないがギザスがある事に気づく。




「アリシア。お前、ネクシレウスはどうした?」


「あぁ、あの子はちょっとこの前の戦闘でオーバーホールしてるんです。だから、この子が代わりです」



 アリシアの背後にはシン達が使うネクシルタイプと似た機体がいた。

 灰色と銀色の中間色のような光沢感がある機体がそこにいた。




「その機体、強いのか?」


「ネクシル レイ。量産機0型を私用にチューンした機体です」


「ほう。ネクシルを量産するのか?」


「いずれ、わたし達以外のネクシレイターが現れる。その人達の為にも扱い易い機体を作っておきたかったんです」


「いずれ、現れるね……まぁオレがその未来を見る事は無いがな」


「弱気ね。勝つ気あるの?」


「勿論、あるさ。オレの本気で行く。だが、それでもお前には勝てない。オレとお前には埋めようの無い圧倒的な差がある。お前自身分かっている筈だ」


「今のわたしがあるのはその圧倒的な差を埋めようと努力する様に心掛けたからだよ。だから、あなたにもそんな風に挑んで欲しい。誠意の無い戦いなんてお遊びと変わらないでしょう?」




 アリシアは穏やかに静かな覇気で彼に語る。

 その言い様のない正しさを伴った言葉の重さにギザスは納得せざるを得ない。




(誠意の無い戦いはお遊びか……コイツらしい言い方かもしれんな)





 戦いにおいて時として気持ちと勢いがモノを言わせる時がある。

 圧倒的に数が不利でも1人の兵士が10人分の兵士の働きをする時があるのは勢いがある時だ。

 戦闘快楽主義者では絶対にその勢いは出せない。

 だが、アリシアの戦いには常に常人離れしたような勢いがある。

 それがアリシアが勝ち続けてきた大きな要因と言える。


 あの糞王とかロアとかはまず、絶対無理だ。

 糞王は言うまでがないがロアは一見、善人に見えてただ単に自分の貪欲を満たそうとするだけの潜在戦闘快楽主義者、偽善者の分類だ。

 きっと、アリシアはそんな戦いをギザスに求めていないから「絶対するな」と念を押しているのだ。




「へぇ!そうだな。違いない。なら、お前を本気で倒しにいく!」


「それで良いよ。最後に確認するけど、わたしが勝ったらあなたの命は貰っても良いんだよね?」


「あぁ、始めからそのつもりだ」


「分かった。もう変更は受け付けない。あなたとわたしは契約を結ばれた。それで良いよね?」


「あぁ!良いぜ!」




 ギザスは力強く首肯し返答した。




「分かった。なら、決闘を始めよう」




 その言葉に答えるように機体のコックピットが開く。

 ギザスは垂れ下がったロープを握り、アリシアは跳躍で一気にコックピットの高さまで上がる。

 2人はコックピットに乗り込むと速やかに機体を立ち上げた。

 立ち上げ終えると互いに後方に跳躍し距離を取る。




 互いに真剣勝負の為の決闘だ。


 互いに公平を期そうとする。


 互いに距離を取ると一礼した。


 互いに戦闘準備が完了した事を現した。


 互いに戦意を現す様に刀と剣を抜刀した。




 そして、互いにスラスターを噴かせ、真っ直ぐ突撃する。

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