サンディスタールの顕現

 距離的に素手では届かない距離に見え、左ストレートは空振りの様に見えた。

 だが、ロアはその間にすぐに移動する。

 敵は仮にも神を僭称せんしょうする存在。


 今のモーションに何の意味も無い訳がない。

 自分に対する攻撃と受けるべきだと咄嗟に判断、ロアは距離を取ろうとした。




「ただ、無駄話した訳じゃないよ」




 アリシアは手持ちのコントローラーを操作する。

 ロアは気づかない砂漠の中で蠢く物体を操作した。

 ロアは欲深く自分の意見を述べている間、アリシアは片手でコントローラーを操作していた。

 ロアの逃げる予測地点に罠を置く為に……。




「わたしは言い争いが嫌いです。意味も無く言い争いなんかしない」




 アリシアは読んでいたのだ。

 自分の正義を特別な物と思い上がったロアは口論になれば、熱くなって冷静さを失う事に……。


 天の元では特別な者は一切無い。

 人類の進化種と人間が定義する存在の大半が特殊のスキルを保持しているから、そのように見えるだけで実際は進化すらしていない。

 それを弁えない人類は進化という希望に自惚れる。


 正義こそ崇高、正義は絶対、そう信じる事こそが争いの素であり悪だ。

 特別で無い物は決して悪では無い。

 だが、特別にしてしまえば高慢となり、悪を生むのだ。

 正義とは生まれた瞬間から悪という高慢を撒き散らすのだ。


 自惚れに囚われ、欲深く自論を語ったロアはアリシアの罠に嵌った。

 足元から突如、ワイヤーネットが四方からロアを絡め取る。




「くそ!動かない!」




 だが、すぐに彼の頭上からドスリと重い一撃が命中した。

 「拳を放つ」と言う明確な意志の基で認識が強化された”神力放出”と言う神力を一方向に放出するだけの単純なスキルにより具現化された拳がアリシアの圧倒的な神力の前に重厚な”障壁”の拳としてロアの上に衝撃が圧し掛かる。

 その拳はアリシアの人生の重さとも言えるほど、とても重い一撃だった。

 あまりの反動がコックピットを揺らし、彼の臓器をぐらりと揺らす。

 血流が急激に変わり彼は目眩を起こし気が遠くなる。




「まさか……オレの移動先を予測して……」




 気の遠くなる中で彼は悟る。


 勝てない


 完全に手の平の上で踊らされている。

 まるで赤子の手を捻る様に捩伏せられている。

 自分の攻撃は彼女には届かず、彼女は遥かな高みから自分に攻撃を与える。


 まるで天罰でも与えられている様だ。

 心の何処かでは認めるしかなかった。

 彼女は神であり自分に裁きを下す為に降りてきたのだと……。




「もう勝てない……」



(いや、違う)




 その時、ロアの中に別の声がした。まるで自分の中にいる自分であって、自分ではない誰かが語りかけて来るかのようだった。




 奴は神では無い。


 人類の永遠の未来を作ろうとしない者は神に非ず。


 神とは人を愛し人の未来を信じる者、かつてこの地にいたオリュンポスの神のそのような者であった。


 人を信じぬ者が何故、神足り得るのか?


 罪の無いお前を罪人の様に扱う者が神足り得るのか?




「そうだ。俺は負けられない……でも、力が……」




 我が力を貸す。思い描け人類の救う未来を。人理を守る光の使者。優しく、人類の希望の光を照らし人類の歩む未来を照らす存在となるのだ!




「そうだ。俺は負けられない……負けられるかぁぁぁぁぁぁ!」


「!」




 アリシアの眉が微かに動いた。

 彼と悪魔との契約がより強くなり、それがアリシアのZWNと干渉し合う。

 力と力が拮抗し互いに互いの力を減衰し合う。

 それがアリシアへの苦痛として反映され、アリシアの顔が微かに苦悶な表情に変わる。




「来るのは分かっていたけど……これは……」




 アリシアは未来を見る事が出来る。

 今の地球では近未来を見るのが限界だが、ロアが自分の一撃でも死なない事、サタンの誘惑で力を使う”触媒”となる事、そして……ロアを基にこれから何かが顕現する事等、全て見えていた。

 そのサタンが強大な力を持って現れる事も知っていた。

 だが、見ていた未来よりも顕現する何かの力が遥かに強い事にアリシアは驚きを隠せない。




「これは少し不味いかな……」




 WNの大量放出と干渉は重力波として現れ莫大な重力波が地上で検知される。

 膨大な干渉波が次元と次元が干渉し合い軋みをあげる。

 3次元とそれよりも高次元の空間や低次元な空間などが無理矢理、繋がれる。

 次元は歪み、空間が歪む。

 すると、ロアの紅いネクシルから禍々しい紫色のオーラが包み込む。

 途端にワイヤーネットが軋み出しプツリプツリと切れ始めた。




「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 



 ロアの意志に呼応する様に紅いネクシルは徐々に変質していく。

 装甲は紅紫色となり、宝石の様な輝きを放つ。

 胸には金の杯を象ったエンブレムが浮かび上がる。


 頭部は刺々しくなり、頭部のレーダーアンテナはまるで角を思わせる形に変わる。

 バイザーに隠れたツインアイはバイザーが剥がれ落ち、鋭い切れ目に変わっていく。

 その姿はまるで竜を思わせる仕様になっていく。

 そして、背部からはコウモリの翼の様な4枚の肉厚な翼が生えでる。

 肉厚でいてまるで翼の様にしなやかな堅牢な装甲が生えて来た。

 そして、変質を終えた機体がゆっくりと地に足をつけた。




「力が!力が漲る!オレの中に希望の光が集まる!人類の願いと意志が俺に力を与えている!」




 まるで何かに取り憑かれたようにロアは興奮し始める。

 彼自身の精神構造は正常であり以上だ。

 持っていたエゴが寸法拡大するように巨大化しているのだ。

 彼自身の本質は何も歪められていない。

 アリシアに対する敵意だけが増大している。




「来る!」




 アリシアは明確な強い敵意を感じ取る。

 相手は人類の総意志と言っていい存在。

 つもり、人類そのものだ。

 彼は確かに人類の意志を受けている。

 人の明日を信じる力、希望、未来そう言った願いを背負った存在にロアは成っていた。

 人間とは、怠惰な存在だ。


 ロアの望むような願いを少なからず、人間も抱いている。

 誰もが地球が永遠に続くと思い、そうあるように願いを馳せる。

 神と言う存在は地球の存続に赴きは置いていない。

 人類が高次元に戻り、新たな次元に至る為の仮住まいと捉えている為、地球をいつか終わらせる事を念頭に置いている。

 刑務所と言う名の思い通りにならないこの次元では完全平和と言うモノは完成しえない。

 だからこそ、楽園に連れて行こうとするのだ。


 それが人類からすれば、神が人類に敵対しているように見えるかも知れない。

 そう言う意味ではロアの敵対行動は人類の意志とは言える。

 地球を滅ぼす事を目標にしたら悪としたくなる気持ちは気持ちとしては理解できるからだ。

 ただ、合理的に考えれば、人間が固定概念と貪欲に縛られ過ぎるのも事実だ。

 だから、見す見す“時”すら支配する可能性を手放そうとしているのだ。

 この敵意を持つと言う事の意味はそう言う意味だ。




「ネクシル ヴァイカフリ。ロア ムーイ!敵を殲滅する!」




 ロアはスラスターと化した4枚の翼を唸らせ、一気に迫って来た。

 アリシアも刀を抜刀、スラスターを噴かせて真っ向から挑む。

 両者の翼と剣が激しくぶつかり合う。

 剣と翼の接触はアリシアにとっては有利だ。

 アリシア程の達人なら剣が触れた物ならそこから敵の力の方向、加減、物質の応力部、刀線刃筋すら見抜ける。


 アリシアは接触した左上の翼を見切り刀を上に滑らせ、そのまま斬り捨てる。

 ロアは危険を感じ距離を取る。

 痛みでも感じているような仕草だ。


 TSと繋がっているアリシアは機体を自分の体の様に遅延なく扱えるが反面、アストのきたい=アリシアの体みたいな状態になっている。

 能力が上がった分、その繋がりも強くなり機体のダメージがアリシアにフィードバックされるのだ。


 ただ、それはTS搭載機の話だ。

 しかも、相当繋がりが強くないと起こらないレベルの話だがロアは確かに機体ダメージを感じている。

 量子回路も使っていけば疑似的なTSとして振る舞う事が出来るが、ロアがその過程に至っているとなるとかなり悪魔との侵食が進んでいると見るべきかも知れない。

 劣化版とも言える疑似TS状態の機体とシンクロしているのだ。

 悪魔と契約している以上、SWNの同調だ。

 彼自身が新たに生まれた悪魔とカテゴリーできるほどの脅威になっている。


 危険を感じたアリシアも深追いはせず、一度距離を取り様子を見る。

 距離を取って直ぐにヴァイカフリの左上の翼がうねりをあげる。

 不気味に薄緑色の太い血管が浮き上がり、隆起し肥大化した筋肉が新たに生え変わり、翼が元通り……いや、更に強靭さを増したように更に有機的になった翼からは脈打つように血管が脈動する。




御業スキルを使った回復能力に加えて、自己強化……いや、”自己進化”ですかね。成る程、アスタルホン様の力を我が物にしているんですね」




 アリシアはヴァイカフリが何なのか気づいていた。

 微かだが、内部にあるZWNの塊をSWNへの変換している流れが見える。

 その塊からスキルを引っ張り出しているのもよく見える。

 ロアに乗り移っている悪魔は恐らく、サンディスタールだ。

 悪魔がZWNを使う事は出来ない。

 そうなれば、ZWNの持った何者かのリソースを使ってSWNを引き出していると見るしかなく、そのZWNはアリシアに近い神である事からこのZWNはアスタルホンのモノである事は間違いない。

 それができる条件に当てはまるとすれば、自ずとサンディスタールと呼ばれるサタン以外にいない。


 そして、サンディスタールは地上にいた時、紅紫の服を身に纏いと金の杯を崇めていた。

 あの文献にはサタンの外見が記入された区節が存在する。

 あの文献は神がサタンに施した一種の概念拘束機「呪い」だ。


 あの文献に書かれた事は必ず成就する様になっている。

 あの文献に記載された外見的な特徴はサタン(その地球で最も上位サタン)にそのまま当て嵌められ、施した神ですら解く事は出来ない。


 それ故にサタンとして顕現する際、あの文献の特徴に沿った形にサタンは現界する。

 サタンの特徴は紅紫の衣を纏い、宝石を身に纏い、金の杯を崇めた竜とされる。

 ヴァイカフリはまさにその特徴に合致する。




「ここで奴を消せれば全て終わる」

 



 アリシアにとっては千載一遇のチャンスだ。

 サンディスタールはアリシアを疎ましく思い、自らの手で殺しに来たのだ。

 取り込んだアスタルホンの力を使えば死が無いとも言えるアリシアを殺せるからだ。

 恐らく、このタイミングで仕掛けた理由は4つ。


 1、アスタルホンの力がサタンに馴染んで来た。


 2、1を満たした為、対処能力が上がりアリシアを排除できると判断した事で早急に排除すれば、邪魔者がいなくなると考えたためだ。


 3、ロアに憑依して彼を使う事でスキルの認識力を最大限上げる事ができるので戦闘能力が上がる。


 4、その状態なら今のアリシアを倒すに足りると十分に判断した為であり、時間が経つほどにアリシアがこの地上で教徒を獲得し認識力を上げ、スキルなどが強化されると手に負えない為に手に負えなくなる前に始末したい。




 アスタルホンに関しては可能なら救うが、アステリスからは万が一の場合、殺しても構わないと許可を貰っている。

 苦渋の選択ではあるが、天の国を失う訳にはいかない。


 アリシアとて父親のような相手を出来れば手にかけたくはないが、アリシアがアスタルホンなら悪魔に隷属されて自分の家族を殺すくらいなら自害を選ぶ。

 恐らく、今は自害すら選べないだろうからアリシアが介錯する。

 神は一度決めたら、必ずその通りに実行する。

 その場合、手加減はしない。

 迷いは結果を鈍らせる。

 アリシアはその事をよく知っている。

 だから、例え父親を殺す事になっても決して躊躇わない。




(ここで決着を着ける)




 アリシアの中で静かに決意が硬く固まり、その決意が発露したように”戦神の蒼剣具”が非実体化モードから実体化モードに移行しネクシレウス アストの全身に纏った。

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