人理を重んじた英雄の限界

 声がした。まるで神の宣告のような心にまで染み渡るかのような響きが伝わる。


 その声は脳に直接響く様に空間を伝播した。

 ロアのネオスとしての能力が確かに捉える。

 自分に向けられる圧倒的なプレッシャー、存在感、敵意にすら思える。

 すると、上空の空間が歪み、巨大な何が空中に姿を見せた。

 それは中央に直方体を鏃のように配置し、その左右上下に長方形のブロックにそのブロックの前方に直角三角形型のブロックで構成された蒼を基調とした黄金のラインが奔るシンプルな作りをした艦。

 地球の科学力ではあり得ない代物だった。




「馬鹿な……戦艦が……」


「浮いている……」




 地球の技術では空を飛ぶ技術はあっても浮遊させる技術は無い。

 ネクシルを除いた殆どのAPは戦闘機の様に翼を付け飛べるが、浮遊する事は出来ない。

 彼らにとって戦艦と言う巨体が空を飛ぶなど考えられなかった。

 すると、空中戦艦の前に突如、1機の機体が浮遊して現れた。


 エレバン隊はその機体を認識した。

 蒼いガンメタリックな装甲の輝き、流線型のボディはまるで1本の剣出来た様な鋭敏さを放ち、バイザーに隠れたツインアイが静かに此方を見つめる。




「突然、姿を現しただと……」


「並々ならぬ敵か」


「それが分かるなら撤退して下さい」




 アリシアは静かに告げた。

 無駄だと分かっているが、交戦しなくて良いならそれに越した事はない。

 ただ、相手は十中八九貪欲に負けるだろう。




「撤退?愚かな……どんな手品か知らんがこちらもお前と戦う為に相応の準備をしているんだよ」


「量子回路オルタですか?」




 2人はギクリと成った。

 機密事項が完全に漏れているからだ。

 アカシックレコードにはその事実はブロックされている。

 だが、知れない訳ではない。

 アカシックレコードから分からないなら地上で探せばいい。

 TSの情報網を駆使し戦艦開発中に手隙になった天使達を動員して地球で諜報活動させれば、断片情報くらい分かる。

 点と点を繋ぎ合わせれば、ある程度の事実くらいは簡単に分かる。

 例えば、アクセル社にいたユウキ博士がエレバンと関係のあるファザーと呼ばれる存在と結託したとかだ。




「確かにわたしに対抗するなら必要なものですね。でも、あなた達みたいな欲に塗れた正義の味方には使い熟せない」


「何だと?」


「俺達が欲に囚われていると言うのか!」


「見下している者から反感を持たれると人は逆上し怒りを抱く。自分達が正義と疑わないからこそ出る高慢ですね」


「お前が言えた事か!世界を混沌に陥れたお前が言えた事か!」


「あなたがわたしに関して何を聴いたか知っている。でも、その真偽はどうでも良い。あなたはただ、信じたい者を信じた。自分の犯した事に責任が負えないから逃げた。ただ、1人の軍人として任務を言い訳に責任を捨てた。それが事実です」




 ロアは心に刺さる感覚に襲われた。

 何を聴いても耳が痛い。

 まるで耳元で雷が鳴っているような耳障りな音に聞こえる。

 その雷鳴から自然と耳が遠ざかる。




「それにあなただって自らの行いで戦乱を拡大させていますよね?」


「それはいつか来る未来の為に……」


「あなたは軍人ですらない正義の味方のなり損ないです。責任を負えない人間が「平和とか人類の未来に向かう力とか人の温もりを伝えなければならないとか」よく言えますね。真剣に考えた事も無い癖に……」




 ロアの心に更に楔が打たれる。

「違うそんな事はない!」と声を大にして反駁出来ない。

 自らのもどかしさに歯茎を軋ませる。




「ハッキリ言って、私は正義の味方が嫌いです「平和の為に自分を礎にすれば良い、悪党倒せば良い」みたいな、あなたみたいな愚者が正義を語る事に反吐が出ます」



 そして、アリシアは最後に告げた。



「だから、言ったはずです。悔い改めなさいと。でも、それでも尚、わたしが悪だと言うなら挑みなさい。神と言われたわたしに勝てるなら、わたしに間違いがあるなら人の意志の力とやらでわたしを倒しなさい!今ここで!」




 もはや、語る余地は無い。

 前回に続き、ロアを悟した。

 グスタフすらも悟した。

 ただ……彼らは耳を傾けないだろう。

 彼らは自らの意志を露わにしエレバン隊は一斉に彼女の銃口を向けた。

 アリシアはその決断を静かに見る。




「言葉は不要ですか」




 なら、慈悲はない。

 アリシアは刀を抜刀した。

 そして、敵が発射する事をわざわざ、確認する様に待った。

 敵の銃に引き金が引かれ、弾丸が飛び出た瞬間、彼女は動いた。

 大量の弾丸が一斉に放たれた。

 だが、次の瞬間にはネクシレウスは消えており、後方に控える戦艦に弾丸が注がれた。

 戦艦のバリアに弾丸が注がれ接触した瞬間、全ての弾丸が反転する様に撃って来た本人達に向かって飛翔した。

 思い掛けない攻撃に反応が遅れたエレバンの大隊は3分の1の戦力を失った。




「攻撃を反射するバリアだと!」


「余所見している暇があるの?」




 散開した敵に前に突如現れたアリシアは右脚で鋭い蹴りを入れた。

 蹴りはまるで鋭い刃に斬られた様に上半身と下半身が真っ二つになった。




「馬鹿な……ただの蹴りでAPを斬った!」




 兵士達はアリシアのあまりの絶技に戦慄する。




「怯むな!撃て!撃て!」




 ロアは兵士が怯まないように鼓舞する。

 生き残っているエレバン隊はアリシアに弾丸を注ぐ。

 だが、アリシアはまるで瞬間移動したかの様な加速をかけ、別の敵に接敵。

 敵はあまりの恐怖にライフルで反撃しようとするが、戦闘距離的にライフルの小回りが利かない。


 アリシアはライフルを右手手刀でライフルを弾き飛ばした。

 そのまま次の反撃を与えず、サマーソルトで蹴りを入れる。

 腰の重心変化装置を破壊しながらコックピットへ直撃する。

 敵はライフルでアリシアを狙う。

 だが、アリシアは体を宙返りさせた反動を利用して脚部にスラスターを細かく動かし後方宙返りして距離を取った。


 アリシアは右背中のマウントハンガーからライフルを取り出した。

 上空にいるアリシアに向け、銃弾が放たれる。

 アリシアは各部スラスターで僅かに位置をズラしながら射線から避ける。

 細かく避ける度にセミオートで1発ずつ放つ。


 アリシアの放った弾丸はコックピットだけを的確に撃ち抜く。

 撃ち抜かれた敵は次々と力なく地面に伏せる。

 グスタフとロアは焦った。

 こちらはフルオートで弾を連射している。


 だが、敵に致命的なダメージは一切与えていない。

 反対に敵であるアリシアは展開しながら動いているエレバン隊のAPを1発の弾丸で沈めている。

 どんなに見積もっても1秒間に1発のペースで友軍を撃墜している。

 戦闘効率が明らかに違い過ぎる。

 大隊36機もいた自軍が僅か1分も経たない内にほぼ全滅している。

 1分間に36機を撃墜するのは最早、人外と言うのが妥当だ。


  少なくともグスタフにもロアにも出来ない事だ。

  気づけば残っているのはグスタフとロアの2人だけだった。

  それを見下ろす様に蒼い機体は悠然と空中に静止する。

  アリシアは誰にも聞こえない声で呟いた。




「堕落している。これで戦争のつもりなんて……」




  アリシアにとって3次元的な戦争とは、人間が無意識に決めた台本のある戦争の様なモノだ。

  人間の意志と同意の元で行われ、誰が生き残るか?誰が死ぬのか?そして、どんな結果が未来に待つのか?全て台本に書かれている。

  それらは現在と言うWNの累積により決定する。

  未来とは、累積したWNの延長線状にある事象だ。


  神や天使は現在のWNの累積と延長線を測る事で未来を見ている。

  加えて、アリシアと言う存在はその台本に書き加えをする存在だ。

  当然だが、台本を勝手に書き加える彼女は人間基準に考えると独善的な悪に見えてしまう。


  神が迫害されるのはそう言った由縁だ。

  アリシアが定義する戦争とは台本の無い戦い。

  真剣な命の奪い合いを指す。

  台本は所詮、芝居でしか無い。

  アリシア基準に見れば人間の戦争は熱情に欠ける。




「次はあなた達だよ。あなた達も確実に……殺す」




 それはアリシアからの死刑宣告だった。

 彼等の罪は到底許されない。

 エレバンに加担し正義を言い訳に悪行を働いていた他の人間も到底、許されないが彼らはそれ以上だ。

 ロアに至っては贖罪する機会は幾らでもあった。

 それでも罪を認めず、世界を掻き回した英雄と言う因子の大罪。

 神は慈悲深い存在だが、何でも許す訳ではない。

 許す事にも限度はある。


 彼等の場合、他の並行世界込みで数千、数万、数億回にも渡ってチャンスを与えた事になっている。

 アリシアはそれを全て記憶しているからこそ、場合により人を殺すのだ。

 既に越えてはならない一線を越えていた。

 アリシアはWNを奔らせる。

 圧倒的な意志の奔流が空間を包み込む。

 2人はその圧倒的な意志のプレッシャーを感じる。




「何だ。この重さは……気を緩めたら意識が持っていかれる!」


「俺でも分かるぞ。コイツは化け物だ」




 2人は危険性を肌で感じる。

 そこには殺意は無い。

 ただ、圧倒的なプレッシャーが自分達に押し寄せる。

 まるで自分達が急流に呑まれる小石の様に感じた。




「ロア大尉。オルタシステムを使うぞ!」


「了解!」




 2人はオルタ回路を起動させた。

 オルタ回路は唸りをあげて稼働を開始した。

 すると、今まで襲っていたプレッシャーが和らいだ。




「く!余計な事を」




 アリシアの眉が少し動き苦悶の表情を浮かべる。

 2人は何か確信を得た様にオルタシステムを攻撃に転用すべく銃口にレーザーを収束させ始めた。

 グスタフは勝ち誇った笑みを浮かべる。




「はああ。どうやら、気迫はこけ脅しの様だな。見よ!これが我らの力だ!お前は俺に殺されたんだ。死に損ないには大人しく地獄に落ちるがいい!」


「そうね。わたしは地獄に落ちるに相応しいわ。でも、あなた達は2つ勘違いをしている」


「勘違いだと?」


「1つ。それはあなた達の力では無く機体の力です。あなた達自身何の力も無い人間です。APが無ければAPと戦う事すら出来ない。他者の力を自分の力と自惚れている」


「そして、2つ。その程度の力おあそびでわたしに勝ったつもりでいる」




  グスタフは「へえ?」と顔を歪みめる。




「お、お遊びだと……」


「言った筈ですよ。あなた達にはそのシステムは使い熟せないと」




 アリシアは更に意志の奔流を強めた。

 オルタによって守れていた彼等は再び、意志の奔流に晒される。

 互いの神力が干渉し合い削り合う。

 すると、装置の稼働率が低下し始めた。




「装置の稼働率が……」


「どうなっている!?」


「それがヒーローの限界ですよ。機体の力を自分の力と自惚れたお前達の限界だ。本当に力を手にしたいなら自分の機体ぐらい自分の御する事です」




  アリシアは”複合魔術コンバット1”のオブジェクトを稼働させ、ライフルを彼等に向け光が収束させ始めた。

  だが、収束のさせ方が異常だった。

  凄い勢いで光が収束し熱量は一気に彼等の出力を超えた。




「馬鹿な……これ程の……」


「それが人理を重んじた英雄の限界です。当然でしょう」


「ロア大尉!撃つぞ!」


「了解!」




 グスタフは完全にシステムが動かなくなる前に決着をつけようとした。

 グスタフとロアの一撃が放たれた。

 紫の光線が空中を斬り裂き、アリシアに直進していく。

 完全稼働では無いがこの威力ならADを沈めるだけの力がある。

 ただのAPならひとたまりも無い。

 尤も、相手がただのAPだったらの話だ。




「あなた達の因果を世界から殺す!ドラメントォォォ!バスターァァァァァァ!」




 アリシアは引き金を引いた。

 白と蒼と紫の螺旋の槍が放たれた。

 一閃は真っ直ぐと敵の紫の光線に向かっていき激突した。

 互いのWNが干渉し合いぶつかり合う。

 だが、それは一瞬の事。


 紫の光線はまるで力負けする様に螺旋の一閃に一気に押されていった。

 息を吐く、間すら与えない。

 2人は我を疑う様な顔を浮かべる事しか出来なかった。


 螺旋の閃光は2機のAPを包み込む。

 2機のAPは徐々に原型が消え光の中に彼等は呑まれた。

 体と魂が削られる様な思いがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る