吉火のケジメ

 黒い機体は紅い機体の加勢を受け、第1次防衛ラインを速やかに突破した。

 特に黒い機体はまるで戦場の微かな変化すら見逃さず、攻撃を受ける前に先制攻撃を仕掛けているようだ。

 攻撃の隙すら与えない。

 黒い機体はハンドガンで防衛設備を破壊していく。

 それに続き、紅いネクシルタイプ率いる部隊が後方から支援する。




「良し。順調だ。このまま敵基地を殲滅する」


「グスタフ大佐。未だ敵のネクシルタイプを確認していません。不気味ではありませんか?」


「情報通りなら奴等はこれから軍の所有するADを破壊していく。その為に戦力を温存しているのだろう」


「それだけは阻止ないとならない。ここでADが破壊されれば宇宙対する抑止力が消え戦乱が起きてしまう」




 グスタフの言っている事は嘘ではない。

 アリシアは確かにADを破壊しに行くのだから、それによる地球側の抑止力低下の危惧も間違ってはいない。

 だから、ロアは目先の事だけを捉えてアリシア アイを悪と決めつける。

 グスタフもアリシアの事を悪だと思っているので作戦に特に疑問には思っていない。




「正義の味方気取りですか?全く直情型は扱い易い馬鹿なんですね。あなたは……」




 その声と共にロアは気配を感じた。

 すぐさま、部隊に回避を取る様に進言する。

 しかし、敵が見えず、気配を察知できない彼等はその命令に困惑する。

 すると、レーダーに2つの反応が現れた。

 ロアの率いる部隊の真横から砲撃が行われた。

 不意を突かれた事で大隊36機中4機が撃墜された。




「来たか!」




 ロアは敵を視認した。

 そこには白を基調とした赤いラインの走る機体が映っていた。

 吉火の水連だ。

 ライフルを構え、こちらに狙いを定めている。

 その銃口はロアに向いていた。




「アレが指揮官機か。あのカラーリング。それにあの微かな挙動……乗っているのは……」




 吉火は半分憎悪を覗かせながら、引き金に指をかけた。

 吉火はフィオナ達からツーベルト マキシモフの事を聴いていた。

 彼とはサランスクで戦った。

 そして、アリシアの仇である事も始めから知っていた。

 それをアリシアに言わなかったのは彼が善良だと思ったからだ。


 善良な男だからこそ、アリシアが知れば怒りのやり場を失う可能性があった。

 アリシアのメンタルケアの為に今まで彼の事を伏せていた。

 だが、アリシアと触れていくうちに吉火は気づいた。


 ツーベルトを買い被っていた。

 どんな理由で戦い出したかは知らない。

 彼には正義感があり、自分と同じと何処か感じていた。

 だが、実際の彼は世の在り方を深く考えず、他人の正義に同調している。

 戦いたくて戦っている訳ではないのだろう。

 だが、最終的に人を殺したのは彼だ。


 人には少なくとも間違いを犯さない心掛ける事ができる道を選べる権利がある。

 だが、彼はエレバンの正義に同調して考える事をやめ、殺した責任を取ろうとしない。

 彼の腕なら先日の衛星落としの際に敵を200人殺す必要も無かった。

 ただ、無力化すれば良かったのだ。

 彼は無意識に正義の名の下に殺す必要が無いのに殺している。


 かつての自分を吉火は見た。

 WW4で宇宙軍と戦って自分を正義の為と人を殺した。

 だが、今なら思う。


 殺す必要があったのか?


 ただの職業軍人として真っ当するなら別に殺しても問題はなかったかも知れない。

 ただ、吉火は自分を正義と思い込み、正義と言う大義を掲げ、自分の独善に沿って殺生行為を行った。


 正義の名の下に目が曇り、正義の名で自分の行いを全て正当化した。

 もし、あの時の吉火がアリシアのように自分の正義を証していたなら、吉火は正義と言う誘惑に負けず、目が眩む事はなかっただろう。


 そうしておけば、あの停戦信号を聴き入れて、正義と言う貪欲を満たす為によく考えもせず、剣を振るわなかっただろう。

 そうして、おけば1人の少女を不幸にする事もなかったのだ。

 あの時の自分なら少女の父親の機体を無力化する事も十分出来た。

 よくよく、考えれば無用に殺す必要などなかったのだ。

 戦場なら手加減していれば死ぬ。

 慈悲など与えるべきではない。

 ただ、それが許されるのは正義と言う独善を持たない忠実に任務に仕える一介の兵士に許された特権だ。

 正義の為と口にした自分には到底、許されない。


 シンの言う通り自分は正義と言う美しい言葉と記憶に縋って“死神の鎌”の教えを蔑ろにしていた。

 自分が言った事なのに自分が一番行いが伴わない行動をしていたと言う事だ。


 行いが伴わない事と言い、考えなしに人を殺したり正義と言う貪欲を満たそうと振る舞った自分は獣以外のなんだと言うのだ。





(アリシアに化け物と言ってしまったが彼女と比べたらわたしの方が化け物だな……本当に悪い事を言ってしまった。考えなしに化け物なんて口にするわたしではどう逆立ちしてもアリシアには勝てないな……あなたは本当に凄いよ……わたしが育てたとは思えないほどに……いや、わたしが育てたと言うのも烏滸がましいか……)




 そして、吉火は今もなお、追い切れない罪を負ったのだ。

「俺は只のパイロットだ。そんな責任知った事ではない」そう言い逃れするのは簡単だ。

 だったら、余計な正義思想を抱える事無く軍人を真っ当すれば良かったのだ。

 少なくとも思想を持って手にかけたのは他でもない吉火だ。

 自分の意志で殺したなら、それは吉火の責任であり、それにより恨まれるならそれも吉火の責任なのだから。


 アリシアは本当の意味での英雄、吉火が憧れたヒーローになっていた。

 慈愛を持って、行いを証し堂々と正義を行使するその姿に年甲斐もなく憧れてしまう。

 吉火は自分の中にあった疑問の答えを得た。

 アリシアと触れ合って、それを悟る事ができた。


 だからこそ、目の前のツーベルトは容認出来ない。

 目の前にいるツーベルトは過去の吉火だ。

 正義に貪欲で己の行いを顧みず、罪から目を背け背負おうとしない無責任なヒーローごっこをしているだけの矮小の正義を掲げ、周りを不幸にする悪だ。

 吉火は過去の自分を見て憎しみを抱く反面、哀れに思えた。




「もう同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。ツーベルト マキシモフ。お前と言う間違いはわたしが正す!」




 吉火は引き金を引いた。

 かつての自分の矮小で醜い罪せいぎでこれ以上、他者を不幸にしない為に最後の正義を行使する。

 どんな結果に終わろうとこれが滝川 吉火、最後の正義の執行だ。

 最後の執行だからこそ、矮小な正義の中でも少しはマシな正義を持ち、それが勢いを与える。




「なんだ。この感覚は……俺への憎悪!?」




 吉火から伝わる憎悪に近い感情にロアは怯んだ。

 この男が例え、刺し違えても自分を殺そうとしているほど自分に憎悪し死を覚悟して殺しにかかる。

 ネオスとなったロアの鋭い感性が吉火の気迫と憎悪を敏感に感じ取り、勢いに押され、怯み回避が疎かになり左肩に弾丸が被弾した。




「今のを避けるか!」


「当てきた!心を読んだはずなのに!だが、驚いただけだ。次は!」




 ロアも吉火に向け反撃した。

 吉火も敵意を読み取り、予測して放った。

 だが、吉火もいつまでも殺気を出し続けるほど冷静さは欠けていない。

 回避に殺気が消えたロアの狙いが僅かにズレる。

 水連の右側頭部に弾丸が掠める。




「今のを避けただと!」


「この!」




 吉火はライフルで追撃した。

 だが、そこに黒い影が一気に間合いを詰めて来た。

 黒い影は上空から4本の触手とナイフで迫って来る。

 吉火は咄嗟に回避するが、伸縮性のある触手が伸び、回避する吉火を追撃する。

 避け切れない。


 だが、その間に割り込むように赤い一閃が奔った。

 ギザスの投擲した大剣が精確な狙いで触手を纏めて吹き飛ばした。

 更に空いた左手からナイフを空中から迫る黒い機体に投擲する。

 黒い機体は空中でスラスターを噴かし、距離を取り、ロアの右横につける。

 ギザスも投擲した大剣を回収して吉火の右横につける。




「邪魔をするか!赤い悪党!」




 グスタフはギザスに対して憤慨する。




「俺が悪党ならお前らは悪魔だろうがカスが!」




 ギザスは相手の態度に辟易しているのか、悪態を吐く。

 自分が正義の味方だと思い込んでいる奴も見るとどうも腹立たしい。

 ロアもまた、ギザスの言葉に怪訝な態度を取る。




「俺達が悪魔だと言うのか!?」


「当然だろう。統合軍の紅い悪魔。人類の未来の為に戦っている奴なんて信用出来る訳がない」


「何だと!お前は人の未来が信用出来ないのか?」


「出来んな」




 ギザスは即答した。

 そう言う戯言なら10数年前に捨てた国の王から腐るほど聴いた。

 この男のその部類だ。

 聴くだけ耳障りで仕方がない。




「人間は何かと理由をつけて戦争を続けたがる。そんな奴が平和を語って信じる方が馬鹿馬鹿しい」


「人はいつか戦争を無くせる。例え、今がどれだけ辛くても、苦しくても、いつかきっとみんなを笑顔にできると俺は信じている。そんな希望があるとオレは信じている!」


「幻想だな。お前、それでも大人か?その歳で厨二病臭い幻想ばかり、見て現実から目を背けるんじゃねーよ」


「オレはお前ほど人類の絶望しちゃいない!」


「そりゃ、大衆に流されて思い込んでいるだけだな。オレが言っている事が間違っているとでも言うのか?」


「間違いしかない!それにお前達は自分のエゴでADを沈めようとしている!誰もそんな事を望んじゃいない!」


「お前は希望を抱いているんじゃない。ただ、現実から目を背けたいだけだ。俺には分かるぜ。そんな猶予は世界には無い。テメーみたいなクソガキがありもしない希望を抱かせるから人間が怠惰になっていく。お前は人理主義を言い訳に悪を正義にしているだけだ。そりゃ、そうだよな。世の中に欲求に答えた正義をすれば、楽で責任も追わないからな。ガキみたいな矮小な正義の味方にはお似合いだろうさ。大衆的な正義の味方を気取ってヒーローごっこしていれば楽しいだろうしな。お前は戦争して遊びたいだけだろう?」


「オレが遊び半分で戦争していると言うのか!」


「口先でならなんとでも言える。お前の言動、行い、品格その全てがお前の戦いを矮小なモノにしている。なあ、お前もそう思うだろう?女神様よ」




 すると、まるでギザスのその言葉を合図にでもしたように辺りの空間が揺れる。

 異常な重力波が辺りで観測され重力波が突如、ベナン基地周辺を揺るがす。




「なんだ!何が起きている!」


「何が起ころうとしている!」


「知りたきゃ教えてやるよ。神が降臨するんだよ」


「神だと?アリシア アイの事か?」


「他に誰がいる?」


「嘘だ!あんな女が神であるはずが無い!あの女は只の小娘だ。世界を混沌としようとしている悪だ」


「この世に神などいない。世界の統治するのは我らエレバンだ。断じてあんな無学な戦争難民の小娘では無い」




 直情型であるロアはギザスの言葉が認められる反駁しグスタフも怒りのあまりに口が滑って自分達の正体を明かしたがそんな事は今のギザス達にはどうでも良い事だ。




「好きに喚け。幾ら喚こうと事実は変わらん」


「そう。幾ら喚こうと事実は変わらない」

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