研究と試行錯誤2

 神域の戦神工場 アリシア部屋。


 綺麗に整った本棚、毛玉ひとつない赤いマットに漆を塗った木の机、その上にパソコンを置き、お茶を楽しみながらプログラムを打つアリシアがいた。

 パソコンと言っても実際にキーボードで打っているわけではない。

 あくまでプログラミングすると言う彼女のイメージがパソコンと言う形で現れているだけだ。


 彼女はお茶を飲みながら、画面をチラリと眺めると画面には凄い勢いでプログラムが書き込まれていく。

 のんびりお茶を飲んでいるように見えて、アリシアは頭の中で人間には行使出来ない程の速度でプログラムを書いている。


 その量は並の容量を超えており、戦艦の制御プログラムに莫大なバイト分のOSを作っている。


 それもそうだ。

 3次元世界の戦艦とは違いアリシアが創ろうとするシオンは原子レベルでの制御を求める戦艦だ。

 制御数は並の戦艦の比ではない。

 原子の数だけの制御が必要なのだ。


 それを実行するハードウェアとなる量子コンピューターは通常の量子コンピューターと違い0と1と0+1ではなく。

 0と1と0+1、0+0.9、0+0.8……と計算手法が従来のモノを遥かに凌ぎほど高く、その分量子ビット数が多くなる。

 これだけの処理となるとハードウェアの緻密さと近似した電磁の干渉による誤作動の多さから150年前には基礎設計は出来ていたが、人類の現代技術では作成不可能とされた空想の産物だ。


 だが、高次元に座するこの次元では3次元以上の自由度であらゆるモノを緻密に作れる。

 この量子コンピューターを大人しく地上で作っていたら太陽が寿命を迎えるほど待たないとならない。

 流石にそこまで待っていられない。

 だから、天使達に作らせている。

 天使達に作らせておけば、地上の設計以上のモノが出来る。


 彼らがハードウェアを完成させる前にはソフトウェアを完成させたい。

 アリシアはプログラムを作り終えると点検を開始した。

 基礎設計とOSにどれだけの互換性があるか確かめる。


 チェックが始まった。

 一番上から順に左横に緑の丸が表示されていく。

 丸は凄い勢いで流れる様に表示されていく。

 アリシアは黙ってそれを眺めた。

 すると、突如勢いが止まった。

 赤いバツが表示されていた。

 アリシアは画面を見てプログラムを確認する。




「あーここか。ここを変えるとあの部分を変えないと……そうすると更にあの部分も……はぁ……」




 アリシアは深く溜息をついた。





「デスマ確定だ……」




 デスマとはSEに於ける過度な重労働の事を「デスマーチ」の略である。

 特に納期が近いと過労寸前まで働かされる事を指す。

 アリシアは椅子の上で背筋を伸ばした。

 体の関節が長時間の鎮座でグキグキと鳴る。

 そして、自分の頬を両手で叩く。




「やるしかないか!」




 アリシアは気を引き締めて再び作業にかかる。





 ◇◇◇




 神域の戦神工場 試作試験場


 シン達はバリア機能と並行しながら他の機能拡張設計をしていた。

 バリア作りが行き詰まりを見せて来たので、気分を変えて別の試作品を作り始めた。

 色んな情報を精査する過程で作って見たいと言う気持ちが芽生えていた彼等は率先して色々作って見た。




「シン。念の為に確認だけどアリシアの許可は取ったよね?」


「問題ない。そもそも、機能拡張設計に関する事は全て一任されてるから止める理由もないだと」


「じゃ、基本何してもオッケーって事?」


「余程の事がない限りは大丈夫だろう。そうなれば、あいつが止めに来る筈だしな。まぁ、今回ぐらいの事なら大丈夫だろう」




 そう言ってシンは試作砲を固定座に固定するスイッチを押した。シンは試作砲に軽く触れた。




「よし。概念照準器に異常は無いな」


「これ、地球で出したら世界が震撼するよね……」


「それを技師でも無いわたし達が作ったなんて信じないだろうね」




 2人は自分達が作った物に半分呆れながら感心していた。

 概念照準器とは、概念そのもの”存在”そのものにロックオンする装置だ。

 対象物の概念をWNで観測、銃と連動し対象物に対してのみダメージを与える。

 つまり、APに搭乗したパイロットがいる時、APにのみロックオンすれば弾丸はAPだけ破壊しパイロットを無傷で攻撃出来る。

 これをシオンや自軍のAPに装備すれば、誰も殺さず兵器だけを破壊する事が出来る。




「成功すれば誰も殺さず戦えるが……」


「上手くいくかな?」




 流石にこれを作るのも並の事では無かった。

 正直、失敗したら心が挫けそうだ。

 彼等もここ最近はデスマを経験している。




「結局、撃ってみなきゃ分からないじゃ。さっさと撃ってハッキリさせようよ」




 フィオナの言い分は最もだ。2人は「そうだな」「そうね」と頷いた。




「それじゃ試験を始める」




 シンは右手に握られた手持ちのボタンを構えた。

 すると、銃口の先に複数の金属板が一列に並んだ。

 それぞれが様々な色合いを持った金属板だ。

 鉄、青銅、チタン、コバルト、タングステン、金、銀、錫、合金も含めて様々な金属が100枚100種類一列に並んだ。

 目標は最後尾にある100枚目のジュラルミンに当てる事だ。

 万が一にも特定の物質にだけ概念照準器が効果を示さない可能性がある為、100種類の金属を用意した。


 ちなみに地球総額で言えば1000億円分の金属の塊が銃の的に成っている。

 その分、1枚1枚の金属板の厚みは軽く5cmを超える。

 恐らく、世界一贅沢な射撃の的に違いない。


 もし、設計通りなら概念照準器に連動した銃の弾丸は全ての金属をすり抜けジュラルミンにだけ命中する。

 シン達は緊張した様子で固唾を呑む。

 正直、これ以上のデスマは勘弁して欲しいと言う気持ちが非常に強い。




「いくぞ」


「「うん」」




 シンは3、2、1とカウントを始めた。

 そして、0と呟いたと同時にボタンを押した。

 弾丸の薬莢が炸裂し弾丸が放たれた。

 弾丸は真っ直ぐと金属板に5.56mの弾丸が向かっていく。

 普通なら貫く事すら出来ずに弾丸は5cmの厚い壁に阻まれるだろう。

 だが、概念照準器の力を受けた弾丸は蒼い輝きを放つ。

 すると、弾丸がまるで霞の様に蒼い光の粒子の塊になり、すり抜ける様に金属板を通り抜けた。


 1枚2枚3枚とすり抜けて行く。

 弾丸はまるで質量すらも消えた様に落下運動も殆ど起こさず、勢いすら衰えず、次々と金属板を通り抜けて行く。

 そして、最後のジュラルミンの金属板まで到達した。


 粒子となった弾丸はジュラルミンの金属板に触れた。

 その時、まるで生き返った様に弾丸が実体を持った金属に戻った。

 その直後、弾丸が弾き返る音をシン達は観測した。


 3人は唖然としながらそれを眺めた。

 事実を受け止めるまで少しの余韻があった。

 そして、シンが「や‥‥」と声を漏らす。

 すると、2人が声を張り上げ「「やった!!!」」と喜びの声を挙げた。

 シンも心労が一気に解けた様に「ははは、やったぜ」と失笑した。


 言い知れぬ達成感があった。

 何かを始めてやり遂げた達成感があった。

 シンは「フー」と息を漏らしフィオナとリテラは自然と涙を零す。

 これで目標の1つが達成できた。

 後はバリア機能さえ完成されれば、自分達の役目は終わる。

 1つの問題が解消されて肩の荷が少し取れた様だ。

 だが、ちょっとした事件がこの後、起きる。




 その口火を切ったのが……。




「ねえねえ。折角だからあれも試してみない?」




 リテラが口火を切った。

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