クリスマスとサタンの契約
「アリシア」
アリシアと話しかけるタイミングを伺っていたようにカエスト閣下が話しかける。
「なんですか?」
「君は……永遠の命を与えられるのか……」
そこに喰いつくと言う事は彼はその命が欲しいと言う事なのだろうと想像するのは容易かった。閣下は賢い。
何事も感情論ではなく合理性で物事を考え、それが如何に非現実的だろうと受け入れる素直さが彼にはあった。
それが彼を優秀な指揮官たらしめていた。
ロキがアリシアを神と証して少なからず、バビの世情を知っているならアリシアが何をしたのか知っているはずだ。
その上で世の中の神聖ファリとは違うと言うくらいは理解出来ているはずだ。
人は数こそ正義にしたがるが残念ながら「数が多い」=「正しい」と言うのはただの慣習だ。
そこに物事の正当性はない。
そもそも、後世において、真に正しいと思われた人間はその時代において、狭い門を通る。
かつて、神がそんな記述を残したぐらいだ。
その狭い門を見た人は狭い門に入る者を“異端”と蔑む。
自分達の慣習に合わないから無条件によく考えもせず“異端”と決めて大衆的な広い道ばかりに行きたがる。
逆にこうは考えない。
唯一無二の異端である事を唯一正しい答えだと合理的に考えないのが人間だ。
あの文献に書かれてもいないクリスマスと言う慣習もサタンの敷いた罠だったりする。
あの文献のどこを読んでもクリスマスを行う事を明記した記述はない。
クリスマスは太陽神ミトラの誕生日と言う全く関係のない祭りだ。
太陽神ミトラ=偽神であり偽神とはサタンとも読む。
つまり、クリスマスを行うと言う事実は毎年サタンと契約したと言う事実になってしまう。
だから、今の人間のほとんどが邪神の僕と言うカテゴリーに当てはめられる。
マリナはその中でもクリスマスと言う者を信じていない変わり者だった事で中立者となっていた。
仏教徒でも12月24や25日になると寺の中にクリスマスツリーを置いてしまうほどの強大な魔力を持っている。
だから、悪魔と契約した人間は悪魔の常識に縛られ、永遠の命を得ようとしてもその道を取りこぼす。
永遠の命とは意外と身近にあるが、誰も尋ね求めようとしないモノなのだ。
それに類する記述もあの文献には書いている。
その中でカエスト閣下は求めてきたのだ。
ならば、後は彼の心次第だ。
「命が欲しいなら幾らでも差し上げましょう。あなたがわたしを神と信じられるなら」
「わたしには難しい事は分からんさ。わたしには君が何を考えているか皆目見当もつかん。ただ、これだけは聴かせてほしい。君が望むのは平和か?戦いか?」
「わたし自身は平和である事を願っています。ただ、人がそれをどう思うかは責任が取りかねる事ではあります」
「……分かった。契約に応じよう」
彼なりにアリシアの行動は判断した。
彼女は常に平和の為に行動し、人類に貢献してきた。
誰がどんな事をしても言い掛かりを付けようと思えば、幾らでも付けられる。
彼女の言う通り人がどう思うかの責任は誰も取れない。
なら、彼女が行った
その業は戦いだけではない。
子育てをして養育したり、自分の資産を使って孤児院や災害地への食料支援の寄付をしていた事も情報として掴んでいる。
寧ろ、悪い噂など見つける方が皆無だ。
揚げ足を取って少しの事に不平不満を述べる事も出来るだろう、そう言った輩もいた。
だが、実際、良いところの方が遥かに多く、悪い評価をわざわざ、見つけて苦言を呈するのは最早、言い掛かりのレベルだ。
誰が見てもアリシア アイと言う人間を悪と据えるよりは善良と見る方が自然である。
(そんな彼女がやる事だ。命を与えられるのならそれが事実なのだろう。そもそも、人間とは一線介した存在だ。わたしの常識で縛るなどできるはずがない。彼女の事は分からないが、彼女の行った業が彼女の心と誠意と行いに真実味を持たせている)
そのように考えたからこそ、カエスト閣下は客観的に考えて今日、彼女の右人差し指から流れる契約の血を啜った。
啜り終わると彼は一瞬、驚いたような素振りを見せた。
多分、新たな景色を見たからだろう。
だが、教えてもいないのにすぐにそれを制御してみせた。
弾丸により行う過越とアリシアの血自身で行う過越は同じ効果があるが少しだけ違う。
前者は一般の人間の場合に用いたり多くの人間に施し場合、後者は緊急性が求められる時や特別な教徒にするための施しだ。
後者の場合、多次元を観測し未来を観る目“千里眼”を与えられる。
主に戦闘に深く関係する人間に与えるエクストラスキルだ。
急いでいる場合には一般教徒にも血は与えるが、能力付与はしない。
それにあの文献的に本来、生きている人間の血を与えるのはアウトゾーンと言うよりブラックなのだ。
ただ、この世界は神が退廃しているからこそ、アリシアの事が噂になった時にある程度、恣意的で”奇跡”的な装いで極端なやり方でないと信じてくれないかも知れないと言う判断でやっているに過ぎない。
別にどこかの自称神様を捕まえて肉と血を裂いて食べれば、永遠に生きると言う意味ではない。
それに用いる”過越”の儀式の比喩だっただけだ。
古代エジプトの時は羊とヤギの血だったり、約2300年前はパンとぶどう酒だった。
300年前も分かり易いようにパンとぶどう酒を持ってきたが、気づいてくれた者が少ないとアステリスは嘆いていた。
人はそれで永遠の命と罪の赦しを得られるのに、誰も得ようとしないと本当に嘆いていた。
永遠の命を得ると言うのは完璧な命となり、罪を働かない存在になると意味もあり、完璧な命にする為に今までの罪を無くす作用が過越にはあるのに人間がそれを求めたがらないと本当に激しく嘆いていた。
だが、歴史上その直後に神の大罪が起きた都合上、この理に気づいても可笑しくないのだが、潜在的に裏切られた過去のある理である為、人間が気づかない可能性も十分あるのでアリシアは極端で分かり易い実例を行っていると言う訳だ。
流石に指を切断して食べさせると警察沙汰になるのでやらないが、だからこそ、前置きに「わたしのヘモグロビンが血、血中のタンパク質が肉」と前置きしておいているので嘘は言っていない。
何度も言うが神の大罪後だから、この方法が許されるだけで本当は完全にアウトだ。
ただ、その甲斐もあってかカエスト マーカスと言う男を導けただけアリシアとしては良好だった。
すると、閣下が何かを思い出したように口を開く。
「中々、驚かされたな。とっ、そう言えば、君の部下。ネクシル2と名乗る者から伝言を預かっているぞ」
「ネクシル2……ですか」
(そう言えば、解体戦争の事後処理などですっかり連絡するのを忘れてた。まぁ、あっちはわたしが生きている事に気づいてるよね。アストの力をちょくちょく使ったりしたからTS同士のネットワークを使っていただろうから、その時点で連絡を入れれば良かったかも知れない)
「君に連絡しても繋がらなかった様でわたしのところに連絡があった。内容は単純明快だ。“さっさと戻って来い”との事だ」
そう言えば、どこから嗅ぎつけたのか、アリシアの電話番号を仕入れたマスコミから取材オファーの電話ばかり来るから電源切ったままだった。
アストにもアカシックレコードへの検索に全リソースを割いてと頼んだのだ。
テレパシーと言う手も無くはなかっただろうが、サタンの妨害で地球上の長距離交信は基本的に出来ない。
それでは、連絡しようがないのは納得だ。
「そうですね。一度戻って……」
その時、アリシアはある幻視を見た。
アリシアの本能が未来の危険性を捉え、目で近くする。
そこに映るはニジェールの空を飛ぶ巨大な円盤、四足歩行の巨大な鉄の蜘蛛が攻撃を放つ瞬間、互いが互いに牽制するようにレーザーを照射し大地が抉れ、砂塵が大きく舞いきのこ雲が大きく映る。
以前、テリスが言っていた預言の未来であると確信した。
それがもうすぐ来ると言う確信もあった。
そこにはその場にはシンやリテラ達もいた。
急がねばならないと即座に判断した。
「閣下。ニジェール周辺の警戒レベルを上げて下さい。加えて、ニジェールにいる市民がいるなら速やかな避難指示を……」
「何か起こるのか?」
カエスト閣下も何となくは感じているようだ。
千里眼の効果があれば、慣れない内であってもそれとなく未来がどうなるか感じる事はできる。
カエスト閣下自身はある種の戦場的な直感でアリシアが何かを感じ、何か危機感を抱き、自分自身の危機を感じていた。
「AD同士の戦闘が想定されます。恐らく、5時間もしない内に起きます」
カエスト閣下は言葉には出来なかった。その違和感とも言える危機感をその言葉で理解したように得心して項垂れ「5時間か……」とそのあまりに短い時間を噛み締める。
友軍を逃がすにしても市民を逃がすにしても時間が少ない。
況して、戦略兵器同士の対決となると威力が計り知れず、甚大な被害が出るのは目に見えている。
5時間と言うのはADに備えるにしてはあまりに足りない時間に思えた。
「そう落胆しないで下さい。まだ、5時間あるんです。何も出来ない訳ではないでしょう?5時間あれば100倍強くなる事もできる」
5時間で100倍強くなる兵士の話など聞いた事はないが、アリシアが嘘を言っているようには思えない。
寧ろ、目は真剣そのものだった。
この状況でも絶望的な事を言わず、前向きで常に逆境を跳ね除けようとする意志の力は彼女の胆力と生き残ろうとする強い意志と地力が為せる事なのかも知れないとカエスト閣下は心底思った。
「わかった。勧告とバビで避難民を受け入れよう準備をしよう。君は行きなさい。やるべき事があるはずだ」
アリシアは敬礼した。
「そうさせてもらいます。どうやら、色々入り用なようなので……」
アリシアは「失礼しました」と軽く挨拶してからすぐに踵を返してロキと共に部屋を出て行った。
カエスト閣下は静まった部屋で1人呟いた。
「中々、危うい娘だと思ったが心根はしっかりしているようだな」
カエスト閣下は安堵した。
底知れぬ光と共に闇も抱えている彼女の若さ故の過ちなどを恐れていた。
彼女は良くも悪くも無垢で純粋だ。
この世の穢れと言うモノとは無縁の位置にいると言っていい。
それ故にこの世の悪と言うモノに彼女のような人間は憎悪し易いとも思ったが話してみて分かった。
「若さ故に力を振り回されその身を滅ぼす人間は多い。だが、力に振り回されない意志の強さがある。アレならバビに余計な戦乱を起さず、平定出来るわけだ」
カエスト閣下はアリシアの得体の知れなさに危機感を今も抱いている。
だが、その力は決して間違った方向には使われていない。
彼女には確かな行いと伴う強い意志と利他的な想いがある。
力など彼女にとってはただのオプション程度にしか思っていないだろう。
力を振るって何かを為そうとする人間よりはよほど安全だ。
「アレはもう子供とは呼べないな……アレだけ立派な意志が有れば、並みの大人が子供に思えるほどだ」
カエスト閣下は窓から戦闘機形態で飛び立つネクシレウスを眺めた。
ネクシレウスは徐々に加速し姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます